第2話 『真紅の女主人亭』その8

 白い月夜に照らされて、大剣を構えて立つレオナ。

 その立ち姿はまるきり自然体だった。


 両手に持つのはレオナの体躯と比べても、太く厚く長い剣。

 それをだらりと下げた手で握る。

 剣の向きは真正面。剣先は地面を擦っていた。


「……下段……?」


 レオナ程の大剣を奮う冒険者は珍しくは無い。

 だが、その殆どは大剣の重さと長さを活かすために上段か肩に担いで構える。

 それ以外は、大きく振り回すために、身体の後ろに隠れるくらいに振りかぶって横に構える。


 下段は防御的な構えだ。

 動きは小さく、派手さは無い。重量も遠心力も乗せにくい。

 冒険者の気質には合わないし、大剣の特性からも有利な構えとはシオンには思えなかった。


「始めるぞ」


 つい、とレオナは歩み出す。

 剣を構えた送り足ではない。

 普通の歩みだ。

 まるで剣すら持っていないかのような、自然な動きの歩き方だ。


「……え?」


 ひょい、と当たり前のように。大剣が跳ね上がり、降ろされる。


 強く踏み込む事も無い。

 腰を強く回すでもない。

 ただ唐突に。

 そうである事が自然のように。

 時に真上に。時に半円を描き。地面を擦るように。

 巨大な刃が跳ねる、舞う。


 ただ自然体に歩くレオナの周囲を、大剣の姿をした獣が付き従ってじゃれついている。

 そんな風にも見えた。


「ドナやミケラに色々仕込まれたが。アタシの剣はお父様の剣でね。戦争で使う剣だ」


 戦場では敵は逃げる。動く。まともに戦ってくれる事など珍しい。

 歩きながら、走りながら剣を振る。

 槍にも斧にも飛び道具からも身を護り切る。

 剣はそのための道具でしかない。

 戦場の剣は、そのような剣だ。


「例えばこうだ。歩兵が長槍でファランクスを作っているとするだろう?」


 言いながら、レオナはシオンに棒を構えさせる。

 頑丈そうな樫の木の棒だった。

 長さはレオナの大剣よりも長い。


「振り下ろせ!」


 レオナの声に反射的にシオンは従う。

 音を立てて振り下ろされる棒。

 それを、跳ね上がったレオナの大剣が、すぱりと綺麗に切断する。


「突け!」


 シオンの突き。

 半円を描く大剣の切り上げ。樫の木の棒が紙のように切断される。


「もう一撃!」


 通常の長剣ほどの長さになった木の棒を、音を立てて振り下ろす。

 それをレオナは逆手で持ち上げた大剣で受け、振り払う。

 音すら立てずに樫の棒が切断された。


 動く木の棒は、たとえ鋼の刃でも切り裂くのは難しい。

 ましてやレオナのように見事に切れるのは、まさに達人の技だった。


「こんな感じにな。長槍の枝打ちをするんだ。端から端までな。ある程度払った所で騎馬の突撃か、歩兵が詰めて陣を崩す。敵陣破りの単騎駆け。戦場の誉って奴だがね」


 刀身の半ばを素手で握る。

 胸の前に剣を構え、大剣と踊るように身を翻す。


「枝打ちをしていると、腕自慢が陣幕から出てくる。ほとんどがまともな剣を学んだ事も無い、分厚い鎧やでかい盾で防御を固めて、後は馬鹿力でやたらめったら暴れまわる。そんな連中だ。そう言う奴の槍を折り、剣を砕き、引きずり倒してから、鎧の隙間に剣先を突き立てる。そういった技だ」


 見栄えの良い技ではない。

 技の多くは受け手の技で、武器や手足を破壊する事を主眼にしている。

 刀身を握りしめて柄頭や鍔で相手を撲殺する事もある。


「勇者様が使うようなお綺麗な技じゃない。邪剣と呼ぶ者もいる」


 それ故に、学びたがる者は決して多く無い。

 強さを得る事も、生き残る事すらも、見栄えの方を選択する。

 ヒトとはそういうものらしい。


「素晴らしい技だと思います。……いいえ。ボクが必要とする技です」


 だけれども、シオンが欲しいのは強さの方だ。見栄えなどはいらない。

 親友ルークは遥か彼方の場所にいる。

 その横に追いすがるためには、この技は絶対に必要とするものだと。

 シオンにはそう感じられた。


「改めてお願いします。ボクにその技を伝授して下さい。ボクに、親友の横に立つ力を与えて下さい」


 真っ直ぐにシオンは頭を下げた。

 それをレオナは優しく見下ろす。


「お前はアタシ達を信じる事が出来るか?」

「はい。信じます」

「ドナやミケラは相当妙な事を教えるぞ」

「……それは、どんな?」

「綿と皮で巻いた棒で打ち合いの稽古をしたり、地面に広げた縄梯子を踏まないように踊りながら横走りしたり。そうと思えば一日剣も振らずに野山を走り回ったり……」


 はぁ。と、流石にシオンも眉をひそめる。


「踊り、ですか」

「よくは分からんが、身体の使い方の稽古だそうだ。他もあるぞ。身体を作ると言って重しを持ち上げたり、頭の周りで回したり。逆立ちをしたり、片手で枝にぶら下がったり……まあとにかく、永く生きている連中だ。妙ちくりんな稽古には事欠かないらしい」

「それでも、強くなれるなら」

「それは保証する」


 それならば。とシオンは再び姿勢を正す。


「ご指導、よろしくお願いします!」

「いいだろう。それじゃあ、師匠から弟子に最初の命令だ」


 レオナはニヤリと微笑むと。


「今度こそ、アタシの垢擦り。手伝ってもらおうか」


 シオンを抱きかかえるようにして、サウナ小屋へと足早に向かっていった。

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