第2話 『真紅の女主人亭』その3

「『逆刃』か?」

「え? あれは本当にそう言う名前なんですか。凄いな。凄い偶然です」


 レオナの言葉にシオンが反応する。


「ボクも勝手にあれに名前付けていたんです。同じ名前。『逆刃』って」


 偶然ですね-、と微笑むシオン。

 対照的にレオナの瞳の興味の色はさらに強くなっていく。


「後、レオナがよくやるじゃん。壁とか地面とかにぶつけて剣を戻すやつ。そんな感じのもやってたよ。自分の盾にばーん、ってぶつけて」


 『逆刃』、『打ち返し』。両方ともにレオナが操る剣術にある技だ。

 【術技】ではない。鍛錬し、身体に刻みつける技。

 戦場で当たり前に扱う技で、門外不出では決して無い。似たような技を持つ流派はいくらもあるだろう。

 しかし、【術技】ありきの冒険者は、そもそも知ろうともしない技術だった。


「考えた。と言うのは何だ? 名前か? それとも」

「あの……。技自体も……」


 おずおずと応えるシオン。

 シオンの、いやルークの周囲の冒険者は揃いも揃って一流ばかりだった。

 さして有望でもない新人は、足手まといにすらなれない。


 だから考えた。

 今、自分に出来る事。その限りを。

 必死で考えた、その成果の一つ。それが『逆刃』だった。


「……考えた、か。それも自分で。その歳で」


 呆れたようにレオナは髪をかき上げる。

 髪に馴染ませた香の匂いが、ふわりとシオンの鼻をくすぐる。


「それが本当なら、確かに才能有りだ。天才と言っていい」


 レオナがそこまで言った時だ。

 その左右にキラキラ輝く白い影が現れた。

 視界の中に現れるまで、シオンはその存在に気付く事も出来なかった。


 唐突にその場に現れた。

 そのように感じられた。


「そしてこの子の素晴らしい点は」

「頭脳に浮かんだ物事を現実にした事」


 白い髪、白い装束、手には輝くような白木のフレイル。

 フレイルは棘も金属部分も無い。二人の肩口ほどの長さの杖の先端に、紐で本体の三分の一程の長さの白木が継いである。

 シオンが村でよく見た脱穀棒と、見た目も形も大差ない。

 ただ、材質の白木は、自ら光を発している。まったく見た事も無い代物だった。


「思い付くは易かれど、実現するは困難そのもの」

「思いつきを技と呼ばれるまでに鍛錬したその一念」


 二人か纏うのは同じ装束。

 背丈も同じ、仕草も同じ。

 まるで、レオナを挟んで鏡写しの二人組。


 顔立ちは、よくよく見ればさほどには似ていない。

 一人は真っ青な垂れ気味の大きな目。頭の横には長く伸びる耳。まつ毛は信じられない程長い。

 一人は切れ長の釣り眼は真紅の瞳。額には白い角が伸びている。まつ毛は信じられない程長い。

 種族すら違っていた。


 しかし、纏う雰囲気はまったく同じ。

 清く流れる白糸の滝。あるいは聖域に佇む白木。

 それが、人の姿をとって立ったもの。

 そのように見えた。


「「その一念をもって、シオン。わたくしたちは貴方の才を認めましょう」」


 まったく同時に紡がれる言葉。

 呼吸から指先の動きまで、鏡のように同じ動きをする二人。


「……あの……お二人は?」


 浮世離れしたその光景に、シオンもしばし呆然とする。

 そのシオンに二人はにこりと笑う。


「申し訳ありませんわ。わたくし達、少しばかり興奮しすぎてしまいましたわ。ね、お姐さま」

「貴方が可愛らしいものですから、つい嬉しくなってしまいましたわね、お姉さま」


「「まずは、ご挨拶をしなければなりませんわね」」


 互いに言葉を継ぎ足し合い、そして同時に頭を下げる。


「こちらは『白き』ミケラお姐さま。お見知りおきをお願いいたしますわ」


 長い耳の白い影が、角の生えた白い姿を示して言った。


「こちらは『白の』ドナお姉さま。是非、親しくしてくださいましね」


 角の生えた白い影が、長い耳の白い姿を示して言った。


「「わたくしたち、魂の姉妹なのですの」」


 そして二人は手を合わせ、満面の笑みを浮かべてシオンにその手を差し出す。


「……あ、はい。よろしくおねがいします!」


 シオンは慌てて手を取……ろうとして、一瞬止まって自分の手ぬぐいで手を清め、それから二人の手をとった。


「あらあら可愛らしい」


「なんて紳士なのかしら」


「「たべてしまいたいくらい」」


 じゅるり、と二人は舌なめずり。

 白い白い。唇すら白い二人の舌は、そこだけ恐ろしい程に赤かった。


「気を付けた方がいーよー。ホントに食うからね、この人ら」


 くけけ、とラフィが笑い。


「ドナ、ミケラ、少年をあまり怖がらせるな。後、人間を食うのは禁止だと言っただろう」


 レオナは心配そうに眉を下げていた。

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