第2話 『真紅の女主人亭』その2
「ま、とりあえずはラフィに全部任せなさいって」
なんだか強引だなぁ。と、シオンは思う。
ラフィの頭はシオンの胸よりも下にある。
細くて幼い体型に、ちょこまかうごく仕草と表情。
その全てが子供そのもので、年上の女性のものとは思えない。
説明して欲しい事は多いのだが、尋ねてみても途中で別の話が始まって、肝心な所まで到達しない。
よく遊んでやった近所の子供達をシオンは思い出していた。
「そういうワケで、ラフィ達のたまり場って奴? そんな感じ?」
そんなこんなで連れてこられた一軒の店。
たまり場と言う呼び名には似つかわしくない明るい雰囲気。
彫刻の刻まれた白亜の壁。大理石の女神像が招く黒檀の扉。
屋根の上には
そこかしこには、手のかかった作りの金具に吊るされたランプが設置。
掲げられた看板は赤地に金色の飾り文字で『真紅の女主人亭』と書かれている。
昼は陽の光を反射して、夜闇の中ではランプの輝きで、派手に輝き存在を主張する。
小さな宮殿のような建物だった。
「ここが、ですか?」
冒険者にも根拠となる場所はある。所謂『冒険者の店』だ。
シオンの知っているその店は、暗くて薄汚くて酒の匂いと煙草の煙が充満した場所だった。
こんな綺麗で洒落た場所ではない。
と言うより、シオンはこのような店に入ったことも見たことも無い。
「ここが賞金稼ぎの本拠地なんですか」
「そーそー。ほら、官憲の詰め所も近いでしょ? 便利なんだよね、ここ」
「その坊や言っているのは、賞金稼ぎ全般の溜まり場、という意味だと思うぞラフィ」
店の二階から声がした。やや低い女性の声だった。
「そんなワケないじゃーん。レオナさー、ラフィが空気読めない女みたいな言い方、ちょっと失礼じゃない?」
ラフィは二階に向けて声を上げる。
二階の声は、やれやれと、呆れたような声色で応えた。
「空気読めないのは事実だろうがよ。まあいいさ。とにかく中においで、坊や」
シオンは一礼して店の中へと入っていく。
広々としたホールのそこかしこに、白と金の調度品。
端々には大理石の女神像が踊り、奥側には楽団用の楽器類まであった。
「夜になるとお客さんがホール一杯にしてさ。音楽に合わせて踊ったり呑んだりするんだよ」
「……はぁ……」
まるで宮殿のようだとシオンは思う。
シオン自身が宮殿に行ったことは無いけれど、ルークから聞いた限りはそんな感じだ。
「で、特別なお客さんとラフィ達は上で呑むワケ。さ、行こ」
押されるようにして、シオンは店の奥の階段を登る。
二階はさらに白と金に塗れた光の世界。
赤い絨毯の廊下には、豪華な扉が並んでいる。
「こっちこっち。この部屋だよ。レオナ-、いい子連れてきたよ!」
その一番奥、一際大きい扉を開ける。
「やあ、いらっしゃい。アタシがここの主人のレオナだ。よろしくな、坊や」
部屋の中からしたのは、先程二階からした声だった。
赤い絨毯の部屋は一際広々として、壁には勇壮なオークの騎士の肖像画。
見るからに柔らかそうなソファの上に、『紅獅子』レオナは身を預けるようにして座っていた。
「シオンです。今朝まで冒険者で、先程ラフィさんに助けられました。よろしくおねがいします」
シオンはぺこりと頭を下げる。
こういう場での正式な礼儀など、シオンは知らない。
せめて、礼儀を失わないよう出来るだけ丁寧にしようと思う。
「おいラフィ。この少年、どこの箱から攫ってきたんだよ?」
苦笑混じりにレオナは言った。
たてがみのような赤い髪。先の尖った幅広の耳。
赤褐色の肢体は、まるで大型の獣のように鍛えられている。
ソファに寝そべるように座っても、視線は立ったシオンと大差ない高さ。腕の太さなどは、シオンの太ももよりも太い。
身に着けているのは、赤と黄色と緑と白の格子模様のど派手な服。
ソファの後ろ、肖像画の足元には、豪奢な両手剣が二本立て掛けられて。
整った顔の下半分は、黒色の布で隠されている。
レオナはウルク=ハイだった。
オークの上位種族とも、特別に訓練された氏族の者とも言われる一騎当千の戦士である。
傭兵を生業とし、個人で一軍と契約し、単独で一軍を薙ぎ倒す。
戦場の神とも悪魔とも呼ばれる彼らは、伝説と呼ばれる程に数が少なく。
その女性ともなれば、知られているのはたった一人。
そのたった一人がレオナだった。
「やめてよ。ラフィを盗人みたいにさ。でもま、可愛いでしょ? レオナ好みのさ」
「お前はそういう事、マジでやるから心配してるんだよ」
ちょこちょことラフィはレオナの横のソファに座る。
レオナの体重にクッションが沈んで、ずるずるとラフィもレオナに引き寄せられる。
レオナの脇にくっつくようにラフィがいると、顔かたちが違うのに、なにか母子か姉妹に見える。
それがなんだか面白い。
「レオナ好みなのは否定しないんだ?」
「……まあ、否定はしない」
こほん、と咳払い。
赤褐色の頬を朱に染めて、レオナはシオンに席を促す。
所在なさげに座るシオンを見下ろして、ご満悦気味に頷くレオナ。
「……いい趣味してるよね。レオナ」
「男の趣味でアンタに言われたくないな。それで、どうしてこんな子を連れきた?」
「才能ありそうだったから。困ってるみたいだし、仲間にしちゃえーって」
ラフィはテーブルのベルを鳴らして店員を呼び、あれやこれやと注文する。
レオナへの答えはそのついで。
「毎度毎度、お前の報告は全然わからん。才能って言うなら、具体的に言え具体的に」
「ほら、レオナたまにやるじゃん。剣振って、手を返さないで戻して斬るやつ。シオン、それやっててさ」
あっけらかんと言うラフィ。
レオナの瞳に興味の光が灯った。
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