第28話 核心

「俺は人殺しだ。俺はお前の・・」

 雅男は、壁に背中を預けると、全身を絶望に浸すようにうなだれた。

「俺はお前の・・」

「言わないで」

 私はとっさに叫んだ。それは核心だった。絶対に触れてはいけない私たちの核心・・。

「俺はお前の・・・」

「言わないで、それは言わないで」

 私は必死に叫んだ。

「俺は・・俺は・・」

 雅男は頭を抱えた。私は雅男に覆いかぶさるように、抱きしめた。

「雅男・・」

「あいつだけは許せなかった。どうしても」

 雅男は呻くように言った。

「俺はあいつを、あいつをいつか殺そうと思って・・、殺してやろうと・・、それで、俺はナイフをいつもポケットの中に入れていたんだ」

「・・・」

 私は雅男のその冷たい声を、雅男の全身を感じながら聞いていた。

「学校の図工の授業で使う、折り畳みの小さなやつだ」

 雅男は小さく言った。

「それをそれを・・」

 雅男は激しく頭を抱えた。

「それを、俺は・・」

 雅男が何を言いたいのか私には痛いほど分かった。

「あいつは・・、あいつは・・」

 雅男は狂ってしまいそうなほど頭を抱え歯を食いしばり震えた。

「あいつが許せなかったんだ。あいつが・・」

「お父さんのことはもう・・」

 私は堪らず言った。

「忘れられるかぁ」

 雅男は叫び、腕を思いっきり振り回して、勢いよく立ち上がった。雅男を抱きしめていた私はその勢いで吹っ飛び、フローリングの上を滑るように転がった。

「許せるわけないだろう。あんな奴。あんなクソ野郎」

 雅男は思いっきり口角泡を飛ばしながら、ものすごい形相で私を見下ろした。

「あんなどうしようもない最低な野郎」

 こめかみに浮き出た血管が、何かの生き物のように今にも切れそうなほどプルプルと震えながら大きく膨らんでいた。

「お前には分からない。お前には、あいつを知らないお前には何も分からない」

 再び興奮した雅男は、また私に迫ってきた。

「絶対に分からない」

 雅男の目が異常なほどに血走っていた。

「あいつがどれだけ俺の大切なものを傷つけたか。俺を壊したか」

 雅男は、隣りのテーブルの上の食器をなぎ倒すようにひっくり返した。陶器の割れる凄まじい音が部屋中に響き渡った。まだ残っていた料理が床に散らばる。

「あいつだけはあいつだけは」

 さらに雅男はその勢いで近くにあった棚をひっくり返す。テレビを蹴り、壁を叩く。

「あのクソ野郎はぁあああ」

 再び暴れ出した雅男は近くにあるものをとにかく破壊していった。

「うをぉあぁ~」

 めくらめっぽう腕を振り回して、もう無茶苦茶に暴れ回る雅男はもう正気の人間ではなかった。私はただ恐怖に震え呆然と見守るしかなかった。

「クソクソクソクソクソクソ」

 その時、そのあまりの無茶苦茶な勢いに、さっき自分でまき散らしたテーブルの上の食べ物で足を滑らせ、雅男は宙返りするみたいに思いっきりひっくり返った。そして頭をしたたか床に打ち付けた。ドスンというものすごい床にものが叩きつけられる音がした。

「大丈夫?」

 私は直ぐに駆け寄った。雅男は仰向けのまま固まったように動かなかった。

「大丈夫?」

「・・・」

 雅男は黙って天井を見つめていた。

「大丈夫!」

 私は慌てた。

「・・・」

 雅男は黙って天井を見上げたまま動こうとしない。

「フフフㇷッ、ハハハハハッ」 

 すると、雅男は突然笑い出した。

「はははははっ」

 雅男は狂ったように笑い出した。

「俺は・・・、俺は・・・、取り返しのつかないことをしてしまった。はははっ、はははっ」

 雅男のその笑いは、本当に狂ったみたいだった。

「俺は人殺しだ。お前の兄さんを・・」

「言わないで、雅男。それは・・」

「俺は・・」

「言わないで・・」

 私は必死に雅男の上に覆いかぶさるように抱き着いた。

「俺は・・」

 雅男は放心したみたいに天井を見つめていた。その目の横から、涙がスーッと小さな水滴のように流れ落ちた。 

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