第18話 青タン

 確かに最初言われた通り、相場から考えたらかなり大きな額のお金をもらった。でも、元金が少し減った程度で、金利を払っていくだけで精いっぱいだった。やはり三億円という額は、大きく重かった。


「やっぱりここにいた」

 振り返ると詩織さんだった。私はいつものように詩織さんお気に入りの撮影所裏のコンクリートの階段に座っていた。撮影所は今日もいい天気だった。

「あっ」

 詩織さんの右目の周りには立派な青タンがくっきりとついていた。

「まったく、顔は殴るなって言ってんのに。撮影できなくてえらい怒られたわ」

 そう言いながら、詩織さんは私の隣りに座った。

「左からのアングルだけで何とか誤魔化せないかとかなんとかいろいろ検討したんだけど、結局無理ってことになって、今日の撮影は全部中止。もう違約金とかなんとかえらいことになるわ。ただでさえお金ないのに」

 そう言って、詩織さんはまんざら困ってる風もなくため息をついた。

「大丈夫なんですか」

 私は詩織さんの右目を見つめ言った。

「うん、平気」

 そう笑顔を見せる詩織さんだったが、その右目にはやはり痛々しい立派な青タンがくっきりとついていた。

「詩織さん・・、また・・」

「うん・・」

 詩織さんは悲しみを笑うみたいに笑った。

「あの、彼氏ですか・・」

「うん」

 詩織さんは遠くを見つめた。

「やっぱり別れた方が・・」

「ふふふっ」

 詩織さんはそう言われることが分かっていたみたいに笑った。

「私は惚れ抜くの」

「・・・」

「前にも言ったでしょ。惚れて惚れて惚れ抜いてやるの。殴られても浮気されても、裏切られても、捨てられても、惚れて惚れて惚れ抜くの」

「詩織さん」

「あんなダメでどうしようもない奴をそこまで愛した奴はいないってところまで私は惚れ抜くの。惚れ抜いてやるの」

「・・・」

 そんな詩織さんの気迫の籠った決意に、私は何も言えなかった。決して言葉の上だけできれいごとを言っているわけではないことは、その表情からはっきりと分かった。

「詩織さん・・」

「ふふふっ」

 詩織さんはただ一人小さく笑っていた。でも、その笑みはどこか本当に幸せそうであった。

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