第10話 少しずつ壊れていく何か

「私、寮に入ることになったんです」

 突然、よりちゃんが言った。

「寮?」

「ええ、私たちのアイドルグループが新しく事務所と契約しまして、そこの寮に入ることになったんです」

「事務所?契約?っていうかグループだったんだね」

「そうなんです。三人グループなんですよ」

 私はそれすら知らなかった。

「これからはみんなにお給料も出るんですよ」

 よりちゃんは嬉しそうに言った。

「ってことはここ出てくの」

「ハイ、お世話になりました」

「・・・」

「本当にお世話になりました。お二人の大切な同棲生活を邪魔してしまって、本当に申し訳ありませんでした」

 よりちゃんは、深々と礼儀正しく頭を下げた。

「別にそんなのいいんだけど・・」

 よりちゃんは、早速、大した荷物ではないが、来る時に持ってきたあの大きなバックに、荷造りを始めた。

「う~ん、もう少しいてもいいんじゃないかな」

「いえいえ、いつまでもお姉さまにお世話になれません。自立しなければ」

「う~ん」

 私はなんだか複雑だった。よりちゃんが、事務所と契約できたことは嬉しいのだが・・。

「ところでその事務所ってどこ」

「K2アートです」

「?」

 全く聞いたことのない名前だった。

「大丈夫なの。そこ」

「大丈夫ですよ。社長さんもいい人ですし」

 よりちゃんはあっけらかんと言う。

「そう・・」

 私はなんとなく嫌な予感がした。そんなに簡単にアイドルなんてなれるもんなんだろうか。それに芸能界は汚い世界だとも聞く。

「それではお世話になりました。今度、ステージ見に来てくださいね」

 私の心配をよそに、よりちゃんは元気いっぱい、希望を胸に出て行ってしまった。

「・・・」

 私はその小さな背中を見送った。

 私は一人、閑散とした部屋に一人佇んだ。最初は厄介だと思っていたよりちゃんとの同居も、いざ出て行ってしまうと寂しさを感じた。


「雅男、また酔ってるの」

「ああ」

 夜遅く帰って来た雅男は、なんだかろれつもあやしくしたたかに酔っていた。

「はい、水」

「ああ」

 私がコップの水を差し出すとそれを雅男は一気に飲み干した。そしてソファに倒れ込むように横になると、そのまま寝てしまった。

「・・・」 

 私はそんな雅男の寝顔を見つめた。

「よりちゃんがね。出てっちゃったんだよ」

 私は、今日、雅男に真っ先に伝えたかった言葉を、小さく雅男の寝顔にささやいた。

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