第11話 ずれていく歯車
「お前か」
「えっ」
雅男が、何か書類を持って、血相を変えて私に迫った。
「金・・、利息分が入ってるって・・」
雅男の手は震えていた。
「うん・・」
私は静かにうなずいた。
「・・・」
雅男はみなまで聞かなかった。多分、頭の良い雅男は、私の反応で全てを察したのだろう。雅男はその場に蝋人形のように固まった。
「・・・」
私は何も言えず黙っていた。怖いくらいに時間が重く遅く流れた。
「雅男・・」
雅男は、そのまま何も言わずにうなだれるように、自分の部屋へと行ってしまった。その歩く姿はまるで自らの屍を引きずる死人のようだった。
「私・・」
私はその場に立つ尽くすしかなかった。
その日から、雅男は更に酔っぱらって帰ってくることが増えた。雅男の中で何かが壊れてしまったみたいに、正体をなくしていた。
「借金のことは私が・・、また前みたいな仕事を・・」
「・・・」
雅男は何も言わなかった。
「私、また雅男が好きな仕事出来るように・・」
「・・・」
雅男は黙ったままだった。何かにじっと耐えている子供みたいにぐっと唇をかんで黙っていた。
「男ってのはプライドの塊だからな」
マコ姐さんが言った。
「・・・」
「女が良かれと思ってやったことでも、傷つくんだよ。男ってのは。そういうとことん弱い生き物なんだよ」
「私よけいなこと・・」
「そんなことはないさ」
マコ姐さんはいつものようにビル風にタバコの煙をのせた。
「男はそんなもんだし、女はそれでも何かしたくなっちまう。そういう生き物なんだよ。男と女ってのは。そういうしょうもなくなんか歯車がずれるように出来てんだよ」
「・・・」
「ほんと、嫌になっちまうよな」
マコ姐さんは、たばこの煙を、強烈なオレンジに対比して迫る、漆黒の夕闇に吐きかけるように言った。
「私・・」
私は、どこか不吉な闇に浸食されていく強烈なオレンジ色の残光を見つめた。
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