第3話 金の魔力

「お前も物好きというか、面倒見がいいというか、バカというか」

 いつものように私とマコ姐さんは、仕事をさぼり、ビルの屋上でタバコを吸っていた。

「お前に借金背負わして消えた女なんだろう」

「はい・・、でも・・」

 よりちゃんを見ていると、どうしても唯の面影がダブった。それもあって、なんとなくよりちゃんを放っておけなかった。それに、借金のことを言い出したのは私だ。

「よりちゃんもこれでしっかりと更生してくれたらいいんだけど・・」

 私は、屋上を囲むように立つ、コンクリートで出来たちょうど私の胸の高さくらいのヘリに体を預け、遠い街並みを見つめていた。深夜近くになってもこの街は、まだまだ光りを発することをやめない。

「まあ、無理だね」

 マコ姐さんは新しく付けたタバコの煙を吐きながら言った。

「えっ」

「結局戻ってくるのさ」

「えっ?」

「この仕事でもさ、みんな足洗おうと、資格とったり職業訓練受けたり、必死で他のまっとうな仕事探したりしてさ、みんな一度は辞めてくんだよ」

 私と同じようにヘリに体を預け、街の明かりを見つめていたマコ姐さんが、横目でちらりと私を見た。そして、またすぐに蠢く街の夜景に視線を戻した。

「でも、結局はまた舞い戻って来るのさ。こんな簡単に大金稼げる生活に慣れちまったら、普通の仕事なんかできっこない。金銭感覚も狂ってるし、一度、贅沢覚えたらそうそう辞められるもんじゃない。そういうもんなんだよ人間ってのはさ」

「・・・」

「借金返しても、まだいる奴なんてざらだよ。結婚して辞めたのに、旦那に内緒で舞い戻ってくる奴もいるんだ。そいつも、簡単に大金稼げる方法、知ってんだろ」

 マコ姐さんは再び私を見た。

「はい」

「まあ、まず無理だな」

 マコ姐さんは、自分が納得するように断言した。

「う~ん、マコ姐さんに言われると、なんか説得力あるな」

「あたしは夜の世界に二十年はいるからな」

「えっ、ってことは・・」

 私はマコねえさんの年を計算してみた。

「小学生じゃないですか」

「そう十二の時からだな」

「・・・」

 マコ姐さんが、妙に肝が据わってるのがなぜか分かった気がした。

「でも、ちゃんと大学に行って、ちゃんと就職もしたんでしょ」

「ああ、したよ」

 マコ姐さんは、だるそうにタバコの煙を、緩やかに吹く風に乗せるように吐いた。

「あたし、こう見えても頭いいんだよね。マジで。IQが百五十とか言ってたっけ、中学の時、なんかそんなIQテストかなんかあってさ、それで、担任とか驚いちゃって」

「へぇ~」

「だから、学校の授業なんて楽勝だったのよ。もう退屈で退屈でしょうがないくらい。特に勉強とかしなくてもさ、教科書とか適当に読んだだけで、テストなんか楽勝で良い点取れたりするわけ」

「へぇ~」

「だから、世の中舐めてたよね。小学生で。それで毎夜毎夜、夜中に家抜け出してな。ちょうど、二階のあたしの部屋の窓のすぐ隣りに大きな木が立ってて、それを伝って夜中に家から脱走するわけだ」

「トム・ソーヤみたいですね」

「あんときゃ楽しかったな。全てが新鮮で輝いてた」

 マコ姐さんは昔を思い出しながら、うっとりとした顔で夜空を見つめた。

「それにしても小学生から街で夜遊びって・・」

「ほんと楽しかったなぁ。あの時の仲間たちはどうしてんだろう」

 マコ姐さんは一人感傷の世界に入り込んでしまった。

「まあ、ろくなことにはなってないだろうけど」

 そう言って、マコ姐さんは一人笑った。

 

 私が家に帰ると、リビングのソファに雅男がうつむくように一人座っていた。雅男は怒っていた。

「どうしたの」

「最低だ」

「何が」

「・・・」

 雅男は黙り、深刻な顔でうつむいたまま、顔を上げようとしなかった。

 私が仕事から帰ると時々、雅男は何とも言えない表情でうつむいている時がある。

「・・・」

 私は、今の私の仕事のことを雅男が気にしているのではないかと、不安を感じていた。雅男はそのことには何も言わず、黙認してくれている。でも、男の人がそれを気にしないはずはない。

「・・・」

 私は、雅男の隣りに黙って座り、寄り添うように身を少し雅男寄りに傾けた。

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