第2話 居候

「すご~い」

 そしてよりちゃんは私と雅男のマンションの一室へとやって来た。

「彼氏さんですか」

 奥の事務所を兼ねた自分の部屋から出てきた雅男を見つけ、よりちゃんは叫ぶようにして言った。

「なんか本当に申し訳ありません。同棲されてたんですね」

 と、言いつつもずかずかと、よりちゃんは一人部屋の奥に上がり込んで行く。

「うわぁ~、愛の巣って感じですね」 

 よりちゃんは奥のリビングの中を全身で見回し、感嘆の声を上げた。私と雅男はお互いを見つめ思わず顔を赤くした。

「いいんです。いいんです。続けてください。私は邪魔しないように、静かに片隅で寝ますから」

 何を続けるのか分からなかったが、私たちの顔は更に赤くなった。そんなよりちゃんのマイペースな勢いに、困惑顔で雅男は私を見た。

「いや、あの、これは」

 私は説明に窮し、困ったなと思った。

「私はあっちのソファで寝ますから。お気になさらず。はい、それでは失礼します」

 自分でそう勝手に決めて、何とも不敵な笑みを向けると、よりちゃんはさっさと来客用の部屋へ入り、自分のバック一つの荷物を置いて扉を閉めた。

 私はおずおずと雅男を見上げた。

「ごめんなさい」

「お友だち?」

「うん、なんか変な縁で・・」

 私はそこでよりちゃんとの経緯を雅男に説明した。

「そうか、それならしょうがないよ」

 雅男はやさしくそう言った。

「ありがとう。すぐになんとかするから」

「いや、あんな若い女の子、ほっとくわけにはいかないよ。しばらく面倒見よう。僕もいろいろ対応を考えてみるよ」

「ありがとう」

 私はほっとした。やっぱり雅男はやさしかった。


「へぇ~、弁護士さんなんですか。すっご~い」

 その日の晩ご飯のよせ鍋を囲んでいる時、湯気の向こうでよりちゃんは感嘆の声を上げた。

「儲かるんですよね。弁護士って」

「え、ま、まあ」

 困惑した表情で雅男が答える。全くぶしつけな質問も軽々と言ってのけるよりちゃんのキャラを、雅男も少しずつ、分かってきたらしい。

「でも、僕はお金にならない仕事ばかりしているから、あまり儲かってはいないよ」

 雅男はそう言って、自嘲気味に笑った。

「え~、そうなんですか」

 よりちゃんが驚きの声を上げる。

「よりちゃん、野菜も食べないと」 

 よりちゃんに寄せ鍋をよそってあげながら、私は雅男の横顔を見た。

 雅男は、儲からないと言いつつも、最近はどこか充実した表情をしていた。ずっとやりたかったと言っていた、自分のやりたい仕事ができているのだろう。

 弱い人たちの立場に立って仕事がしたいと燃えていた雅男は、その念願を叶え西に東に奮闘していた。

 お金のない人には弁護料を取らないこともあった。ややこしく、不利な立場になる仕事もあった。他の弁護士が誰もが断って、最後にここに辿り着いたという人もいた。

「本当に酷い話だ。僕がなんとかします」

 そう言って、雅男はいつもそんな本当に困り果てた人々に、やさしく手を差し伸べ、丁寧に話を聞いてあげていた。


「おやすみなさ~い」 

 よりちゃんは宣言通り、来客用の部屋のソファで寝るため、いつ着替えたのかきちんと自分で用意していたパジャマ姿で、部屋に一人入っていった。

「あっ、お邪魔はしませんから、どうぞどうぞ」

 閉まったと思った扉がすぐに開き、よりちゃんが、いやらしい笑いを浮かべ顔をのぞかせた。かと思うと、それだけ言って、扉は再び閉まった。

「・・・」

 私たちは顔を見合わせ、顔を赤くした。

「これからどうなるんだろう・・」

 私は思わずにはいられなかった。

 この日から、私たち三人の奇妙な同居生活が始まった。

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