1話 廃墟街の天使
中央の大陸は、その七割が荒廃した大地であり移動には
基本的にはオアシスの周りに生息し、水の移動と共に移動する種族であるが、現在ではヒトと共存しており野生の砂竜は殆んどいない。街で飼われているものが一般的であった。
砂竜は水の匂いを察知し、砂嵐でも方位を見失わずに走る。手綱と鞍をつけた砂竜は砂漠では必要不可欠な移動手段であり、荷車を引く際にも起用されている。
「少し砂嵐が酷くなってきたな!」
「少し休むか。着いても疲労したんじゃ意味が無い」
シガとジェイは最低限の食料を乗せた、荷車を三頭の砂竜と共に最短でグロンタールを目指して直進していた。
しかし運悪く砂嵐に巻き込まれてしまったため、岩陰を見つけて休むことにしたのだ。
岩陰に砂除けの天幕を張り、その中に荷物を入れ砂嵐が通り過ぎるまで待つ。砂竜は魔物の接近を警戒して外で待機させる。
「飲んどけよ」
シガは持ってきた水をジェイに差し出した。彼女は受け取ると啜りながらシガの持ってきた荷物に眼が移る。
「一日で往復できる距離だぞ? こんな荷物は必要だったのか?」
「半分は医療品だ。【天使】相手に無傷で済むとは思ってないし、多いに越したことは無い。お前は武器と食料だけか?」
「剣は三本持ってきた。本当は『鳴動剣』を持ってきたかったが師に止められた」
「【天使】には意味が無いからな。
「シガ殿は武器は何を?」
「オレは左腕だけだ。別に要らねぇよ」
シガは手袋をした左手を見せて、荷物を枕に寝転がる。
「いくら何でも軽率過ぎないか? 【天使】の恐ろしさはアナタが一番――」
「知ってるよ。安心しろ、戦いは真面目にする。数時間は砂嵐は止まねぇからな。お前も今の内にひと眠りしておけよ」
緊張感の欠片もないシガの様子にジェイは呆れながらも、師も一目置く【白狼】の戦いをこの目で見れると思えばと、武器の手入れを始めた。
「ハァ……ハァ……クソどこに行きやがった!?」
グロンタール廃墟街の建物の影に隠れた体格の良い男は、血まみれで息荒く周囲を警戒していた。持っている武器はバトルアックス。物陰に隠れるにはあまりにも不向きな武器である。
彼の戦闘スタイルは正面から敵を叩き斬ると言った豪快なモノ。今まで多くの魔物をこの一刀で切り伏せてきた。しかし、今回は相手が悪すぎた。
「……クソ何が割の良い仕事だ。あの野郎……」
男はギルドに登録している戦士だが、別の伝手からこの仕事を依頼されていた。
内容は【天使】を捕獲するというもの。渡された特別な拘束具を使えば簡単に捕縛できると聞いていたが、拘束具は全く効果が無かったのである。
共に来ていた仲間は全部で8人だったが、全て【天使】に殺された。
「♪~♪~」
鼻歌が聞こえる。それは無邪気な子供が機嫌の良い時に口ずさむメロディーであるのだが、今はソレが死の接近を知らせるだけのものだった。
「……クソ……」
サンドワームと相対しても震える事のなかった男は全身が震えていた。
【天使】の眼を盗んで街から脱出することは不可能ではない。どうにかしてやり過ごして――
その時、鼻歌が止んだ。どこかへ行ったのかと男が緊張の息を吐いた刹那――
「あ……」
男が隠れている壁に対して縦に剣線が走る。男は自分の持っているバトルアックスの柄が二つに断ち斬られている様を見て、自らも両断されていると悟った。
「お母さん。ワタシはちゃんと殺してるよ。アハハ」
崩れる建物と共に二つに分かれた男の死体を見て【天使】は無邪気に笑った。
「ここか」
砂嵐が通り過ぎた後に、シガとジェーンは砂竜で残りの道を駆け、夕闇の始まる時間帯にグロンタールの廃墟街にたどり着いた。
旧文明に造られたとされるグロンタールの廃墟街は巨大な建物が崩れて横倒しになり、荒廃していくだけの寂れた都市である。
この場所は砂塵を回避する以外に僅かな雨水が溜まる程度の効果しか生まず、停泊するにしても食料を望めない不毛の地である。
「本当にこんなところに【天使】が居るのか? 人が生きていくモノは何も揃っていない」
「【天使】は何も食べずに最大で三ヶ月は戦える。同じヒトだと思っていると殺られるぞ」
砂竜からシガは降りると、手綱と鞍はそのままに自由に動き回れるように繋がずに放しておく。
「二ヶ月も不休ならば疲労もしていると見ていいだろうか?」
「それも当てにするな。【天使】は視界不良も関係ない上に壁の向こう側を透かして攻撃してくる。遮蔽物は不利にしかならない」
「そんなバカな」
「科学の最新兵器だからな。あいつらは空を飛び、攻撃を無効にするシールドを持ち、不可視の斬撃を放つ。【天使】一体で魔術師10人分に相当する戦力だ」
「……一時期、北の国が戦線を押し返したと聞いた事があるが」
「【天使】は現れるだけで南の兵の指揮を下げ、北の侵攻を鼓舞した」
それでも南にはまだ真理を追究した魔術師たちが控えていた。彼らが表に出てくればいくら【天使】でも容易くはいかなかっただろう。
「まぁ……オレも何体か斬ったが楽じゃなかったよ」
微笑を浮かべながら苦労話のように語るシガであるが、ジェイは彼がグロンタール廃墟街へ向かう時から煙草を止めていることに気が付く。
「油断ならぬ相手という事だな」
「嘗めると殺られるからな。まずは見つけるのが先だ」
「なにか方法でも?」
「今までの傾向からすれば、歩いてりゃ勝手に向こうからじゃれてくる。二手に分かれるぞ」
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