2話 指令

「二手に分かれるのか?」


 単体の敵の潜む場所であえて一対一になる様に移動するのは悪手であるとジェイは考えていた。


「全滅を避ける。それに【天使】を相手にする時は遮蔽物を挟むのは危険だからだ」


 シガは砂竜サドンに乗せた荷物からコートを取り出しジェイに渡す。


「これは?」

「熱を遮断するコートだ。奴らの得意なのは奇襲。戦うのは平地が基本なんだが、今回はどうしようもない」

「この場所は……」

「廃墟街は視界を遮られる場所が多すぎる上に、二人を同時に捕捉されると一気に危険度が上がる。オレ達の強みは二人だと知られていない事だ。どちらが囮になり、耐えている間にもう片方が仕留める。囮になる場合は室内におびき寄せろ。それで飛行能力は封じれる」

「敵の姿は少女だと聞いたが、見た目で強さは変わるのか?」


 ジェイはコートを羽織ると、背と腰と手に一本ずつ剣を持ち、いつでも抜ける様にコートから持ち手を出す。


「幼体であればあるほど危険だ。特に13歳前後は初期型の可能性が高い」

「初期型?」

「【天使】には初期に造られた三姉妹がいる。二世代以降の【天使】はそいつらの技術を応用して造られた。初期型とは戦争で当たる前に終戦になったが」

「今回の【天使】はその初期型だと?」

「ギルドのAランクを殺ってる時点でそのレベルはあるだろう。まぁ、北が研究を進めて二世代以降もそのレベルになっていたら手が付けられんが」

「それは終戦協定の違反になるぞ」


 戦争で使われた兵器でも、禁止を求められたのが北の国の【天使】と南の国の『真理の魔法』であった。

 両国の持つ最高戦力を使用禁止にすることは終戦協定にある条約の一つである。


「その為に【長老】とギルドはオレに振ったんだろうよ。必要あれば【天使】ごと、もみ消せってところだ。北の陰謀だったら中央の国で抱えないと戦争になる」

「師にはそんな狙いがあったのか……だが、シガ殿。なぜアナタはそこまで【天使】に詳しい? アナタは南の国として戦っていたハズだろう?」

「……敵を殺すのに一番手っ取り早いのが敵を知る事だ。そうじゃなきゃ、今も生き残ってない」


 シガも断熱コートを羽織ると、ジェイに東回りに【天使】を探す様に告げる。


「オレは西から回る。お前が先に見つけた時の判断は任せる。【天使】と交戦したときは派手に騒げば、オレはそれでどこにいるか分かる」






「ジェイ、昨日戻ったギルドの『戦士』が情報を持って帰って来た。敵は【天使】。噂くらいは聞いたことがあるだろう?」

「相当な戦闘力を持つという事は知っています」

「それの討伐にけ。終戦が成った今、【天使】の軍事利用は火種にしかならん。北も南も疲弊した今では即日開戦とはならないだろうが、ソレを煽る者たちがいる」

「【ナンバーズ】ですか?」

「さよう。世界中で魔物や流出した技術による被害が出ている今、今回の件も無数にある小事として見られているが、奴らが嗅ぎつけるのも時間の問題となる」

「奴らの狙いは戦争の再燃ということでしょうか?」

「それはわからんが終戦協定時にも協定場所であるここを破壊しようと現れる程だ。『二席』が居なければ戦争は再開し、この街ロックタウンが火の海になっていたかもしれん」

「今回の件を利用されるとその可能性があるという事ですね」

「そう言う事だ。同時に懸念でもある」

「懸念ですか?」

「【白狼】の事だ。【ナンバーズ】との戦闘に備えて奴が使い物になるのかどうかを見極めなければならん。それに今回の【天使】との戦闘は、良い経験にもなる」

「わかりました」

「【白狼】に接触し【天使】を討伐。その際に、奴の実力と真意を確認せよ。奴は昔とはまるで変っている。我らの敵になるのであれば斬れ」


 ジェイはギルドマスターであり師でもある【長老】から、シガの動向を監視するように言われていたのだった。






 妹から手紙が来た。北の国で元気にやっているというものだった。

 戦争中であったが、ロックタウンは両国にも加担しない中立であるため便りは問題なく届くのだ。

 夫と子を南の国で亡くし精神的に疲弊していた妹は北の国にある夫の実家に身を寄せる事を決意し、南の国を発った。

 それから二年後に便りが送られて、そこには笑顔を見せる妹の姿があった。

 オレはソレを見てホッとした。この世には希望も欠片もないような表情をしていた妹がここまで笑顔になれるほどに回復した事は血の繋がった家族として微笑ましい事だ。

 養子と称して三人の女児を引き取ったのが大きな支えだったのだろう。


 手紙を受け取っていた当時は、まだ戦時中だったが両国間では煮え切らない一進一退が続いていた。双方にもほとんど被害はなく、硬直状態と言っても過言ではなかった。


 このまま、両国が不毛だと考えれば近いうちに停戦となり、そのまま終戦になる日も近い。その為に『六道武念』は両国に呼び掛けているし、中央の国は中立を貫いている。

 しかし、ある日手紙の内容が一変した。その手紙の最後の行には――


 “兄さん。助けて――”






「……少し遅れたな」


 シガは西回りに建物を移動していたが、ソレは確信があっての事だった。

 戦いの跡は嫌でもよくわかる。廃墟街で戦闘があった形跡は街に入った時から感じていた。


 五感を含む様々な感覚が研ぎ澄まされる戦場の空気。それを察する能力は長い間、戦いを続けた事で身につく新たな感覚だった。

 直感にも近いその感覚は今まで外れる事が珍しい程に洗練され、廃墟街の西の区画にソレが居ると知らせていたのだ。


「――――アハ♪」


 光の翼と頭上にリングを持つ【天使】はシガを見つけて歓喜の笑みを浮かべる。

 シガは断熱コートを着たまま瓦礫の上に登ると【天使】を見上げた。


「よう」

「こんにちは♪ ワタシと遊んでくれる?」

「お前の名前は?」

「オグル。よろしくね♪」

「オグル……か。もう一人はどこだ?」






 師はシガの事を昔から息子のように信頼していた。しかし、戦争から戻って来た彼はまるで魂が抜け落ちたように人が変わっていたのだ。

 かつて【白狼】と呼ばれた戦士は今や見る影もない。


「……大役だな」


 師は彼を斬れと言ったが、中々に難しい指示でもある。武器を持っていなくても、あの左腕一つで何も通じなくなるからだ。

 しかし、彼の強さは単純な戦闘力ではなく、今まで積み重ねた他者との絆とその人間性である。


「……これも修業か」


 ジェイもまた、シガに何度か教示を受けた事もあり、師に数えても問題が無い程に多くの事を学んだのだ。

 優先度が高いのは【長老】の命令であるが、今回の依頼は大きな決断を迫られるかもしれない。


「――――向こうか」


 シガほどではないが、戦場の空気を感じ取ったジェイは西の区画へ走り出す。

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