教会編 1話 枢機卿からの手紙


 神との戦いから、数週間経ちました。

 私は地下の拷問部屋の隣の部屋で書類仕事をしています。


「はぁ……。暴れる事は疲れませんが、椅子に座ってのお仕事というのは思った以上に疲れますねぇ……」


 私は溜息を吐いてしまいます。

 今日も隣の部屋からは、ウジ虫の悲鳴が聞こえます。いい声なのですが、牢番は数週間で数人変わってしまいました。


「また、一人牢番を止めたいとレッグさんに訴えましたか……。本当に根性がありませんねぇ……」 


 ウジ虫の悲鳴など、雑音だと思えば無視できるでしょう……。その証拠に、私の専属となったカチュアさんはウジ虫の姫が響くこの部屋でも涼しい顔をしています。


 しかし、ウジ虫の人気は衰える事を知りませんねぇ……。今でも、ウジ虫を痛めつけたいという人が後を絶ちません。


「今、予約を受けても、数か月先になってしまいそうですね。そろそろ、予約を打ち切った方がいいでしょうか?」これで何カ月先まで予約が埋まっていますか?」

「しかし、レティシア様。タロウに恨みを持っている者はいくらでもいます。ここで、予約を打ち切ると、色々苦情が来るのでは?」


 確かに苦情が来るのはウザいですが、いつウジ虫が死ぬかがわかりません。

 もし、死んでしまった時にどうするかを考えなければいけないのです。


「では、これからの予約の申込書に、『タロウが死んでしまった場合は、キャンセルとなります』と書いておきましょう。それならば、納得してくれるでしょう」

「それはいい考えです。それとキャンセルで思い出しましたが、兵士長さんが明後日の予約をキャンセルなさるそうですよ」

「はて?」


 キャンセルですか? 

 確か兵士長さんは、一人娘が殺されたので、予約の日が来るのを楽しみにしていたはずなのですがね。


 もしかしてウジ虫に情でも湧きましたか?


「レティシア様がせっかくタロウに仕返しをできるようにしてくれたというのに、何を考えているのでしょうか?」


 カチュアさんは怒っているようです。

 別にキャンセルというのは、兵士長さんが初めてでもありませんし、そこまで怒る事もないと思うのですが……。


 そういえば、カチュアさんもウジ虫に襲われかけたらしいのですが、股間を蹴って逃げたそうです。

 当時は、ウジ虫に逆らう事は許されていなかったそうで、兵士に捕らえられそうになったそうです。

 しかし、そんなカチュアさんを救ったのが姫様だったそうです。


「カチュアさん。怒っては駄目ですよ。兵士長にも何か理由があるのでしょうから、書類仕事にも飽きたので、理由でも聞きに行きましょうか?」


 私とカチュアさんは兵士長の元へと向かいます。



 ファビエ王国の軍部は、姫様がクーデターを起こした時に一度崩壊しているので、今の軍部はまだまだ発展途上です。

 弱すぎると国を守れないので、姫様の王配であるレッグさんが、軍部によく訪れ特訓を行っているようです。

 私もお手伝いをしようとしたのですが、レッグさんから断られてしまいました。

 なぜでしょう?


「レティシア様は軍部に行くのは久しぶりなんですか?」

「はい。レッグさんから「レティシアちゃんが兵士の訓練をすると、兵士が全員逃げ出すか、全員狂人になってしまう」と言われたんです。まったく、失礼してしまうでしょう?」


 私がため息交じりでそう言うと、カチュアさんの顔が真っ赤になります。


「私からレッグ様に文句を言っておきます。レティシア様の好意を何だと思っているのでしょう!!」


 また……カチュアさんの発作が起きてしまいました。

 カチュアさんは優秀なメイドさんなのですが、頭に血が昇ると目上の人だろうと関係なく文句を言いに行きます。普通の貴族やメイドさんなら、王族に逆らおうとは考えませんが、カチュアさんは姫様には何も言いませんが、レッグさんには遠慮なく文句を言いに行きます。

 実は姫様から「カチュアは、何と言うか……考えるよりも先に体が動くタイプなのよね。レティ。悪いのだけど、あの子を教育してくれない?」と頼まれているのですが、彼女は優秀過ぎるので、直すところが無いんですよね。

 私としてはこういった短絡的な考えも好きですし、何より、怒るポイントが私と似ているのですよね。


 第一に姫様の事を考え、第二にウジ虫に対する憎悪、しかも私を大事にしてくれます。

 私はタダの小娘ですが、そんな私の世話を甲斐甲斐しくやってくれる良い人なんです。

 この良い人をどう教育しろというのでしょうか? 

 姫様の心配のポイントが私には分からないのです。


 私が考え事をしていると、前からレッグさんが歩いてきました。


「ん? レティシアちゃん。何やって……、まさか、兵士に何かを仕込みに来たんじゃないんだろうな!?」

「レッグ様!! レティシア様の訓練を受ければ、きっと優秀な兵士が生まれます!! 何故、そんなことも分からないのですか!?」


 カチュアさんが、レッグさんに叫んでいます。傍から見れば不敬罪というモノじゃないんでしょうか? まぁ、知りませんけど。


「おい。カチュア。お前はレティシアちゃんがどれほどの危険人物か分かっているのか?」


 失礼な。

 人畜無害とまでは言いませんが、味方に何かをするつもりはないのです。


「レッグ様こそ何を言っているのですか!? レティシア様は、この国の救世主なんですよ!!」

「い、いや……。それは分かっているがよ……」


 レッグさんも、それを言われると弱いらしいですね。私としては、自分を救世主だなんて思っていないのですけど……。


「そ、そうだ。レティシアちゃん。ネリーがお前を呼んでいたぞ」

「姫様が?」 

「あぁ。少し良くない事情だそうだ。出来れば早めに行ってやってくれ」

「分かりました」


 私がカチュアさんを宥めると、レッグさんは明らかにホッとした表情に変わります。


「レッグさん。旨い事話題を変えましたね」


 私は、レッグさんに笑顔で挨拶をします。


「レッグ様。話は終わっていませんからね。後でたっぷりレティシア様の素晴らしさを学んでいただかないと……」


 カチュアさんが何かを言っていますが、まぁ、良いです。レッグさんが溜息を吐いていますが、それもどうでも良いです。

 私は兵士長さんの事は後に回す事にして、姫様の部屋へと向かいます。


「姫様。レティシアです。入ります」


 姫様は自分の机で仕事をしている様でした。


「お仕事中、申し訳ございません。姫様。私を呼んでいたそうですけど?」


 姫様は疲れた顔で私を見ます。そして、こっちへ来いと合図を出します。なんでしょう?

 私が姫様に近付くと、姫様に抱きしめられました。


「あぁー。癒されるわ~」


 何故、癒されるかは不明ですが、姫様はたまに私を抱きしめます。


「で? 姫様。抱きしめる為に私を?」


 抱きしめられるのは嫌いではありませんが、よくない事情と聞いたのですが……。

 私がそう言うと、姫様は私を離します。


「ごめんね。レティ。これを見て」


 姫様は私に一枚の紙を手渡してくれます。

 何かの報告書でしょうか?


『ファヴィエ王国に告ぐ。

 神に意思に背き、勇者を拘束及び、教皇を殺害の疑いのあるレティシアという異端者を差し出す事。

 もし、この要求を受け入れられない場合は、神アブゾルの名のもとに裁きを与えん。

 全世界の教会が敵に回る事態を恐れるのなら、異端者を差し出せ

                              枢機卿 アードルフ=セルベル 』


「ふむ。偉そうな手紙ですね。誰ですか? この枢機卿って?」


 姫様は、枢機卿と教会について教えてくれます。

 

「成る程。あの教皇とほぼ同等の地位を持っているという事ですか。確かに、馬鹿で強欲な教皇が、教会を仕切っているというのには疑問がありました。で? 教会は、私を差し出せと言っているのはわかりますが、神の名の元と言いますが、神は私が殺しましたが?」


 私がそう言うと、姫様が腕を組んで難しい顔をしています。


「私達は、それを知っているし、あの女神様・・・が本物のアブゾルだった教えてくれたけど、『神聖国アブゾール』の人達は、神が滅びた事を知らないからね」

「ふむ。それなら納得です。私が直接、アブゾールというところに行って、この枢機卿というのを殺してきましょうか?」


 私がそう聞くと、姫様は良い顔をしてくれません。どうしてでしょうか?


「レティ。枢機卿を殺すという事はこの世界を敵に回すという事なのよ。別にファビエとしても教会を敵に回すは構わないけど、世界中の国家を敵に回すのは、この国にとっても良くないの……」

「じゃあ、私を差し出してくだ「ダメ!! それだけは絶対しない!!」」


 姫様はものすごい勢いで叫びます。これは嬉しいのですが、国の危機と姫様の危機ならば、喜んで世界の敵になりますが……。


「この国を救ってくれたレティを差し出す真似は出来ないわ。いえ、それ以前にレティを差し出すなんて絶対に嫌」


 姫様が、深刻そうな顔をしています。

 その時、兵士長が部屋に入ってきます。


「女王様!! 教会の連中が、城に押し寄せています!!」


 姫様は嫌そうな顔をして、席を立ちました。


「私が行くわ。レティはここにいてね」


 そう言って、姫様は部屋を出ていきました。


 ……はぁ。嫌な予感がしますね。

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