第10話 姫様は良い人そうです


 レッグさんに連れられたのは来たのは、ファビエ王城の一室でした。

 扉の前には兵士が見張りをしていて、扉には鍵が掛けられているようです。

 姫様なのに、まるで何かを警戒しているような……。


「ネリー様。レティシア嬢を連れてまいりました」


 レッグさんが扉をノックしてそう言うと、鍵を外す音がして、開いた扉から中から侍女さんが出て来ました。


「レッグ様。入ってください」

「あぁ」

 

 部屋の中には、金髪の長い髪の綺麗な女性が座っています。これが姫様……ネリー姫ですか。エレンに勝るとも劣らないほどの美人さんですね。

 しかし、気になる事もあります。

 これ程の美人さんならば、噂に聞く色ボケ勇者に狙われなかったのでしょうか。

 そんな事を考えて姫様を見ていると姫様は優しく微笑んできました。見惚れてしまいますねぇ……。


「そちらに座ってくれる? レティシアさん」

「はい」


 この部屋にいるのは、護衛の兵士二人と侍女さん。それとレッグさんですか。

 まぁ、襲われたとしても問題なく殺せるでしょう。


 私が椅子に座ると侍女さんが紅茶を淹れてくれました。

 折角ですので飲んでおきましょう。

 私が紅茶に口をつけると、レッグさんと姫様が驚きます。


「どうかしましたか?」

「いえ、レッグさんから聞いていた貴女の性格ならば紅茶を口にしないと思ったんだけど……」


 はぁ?

 毒でも入っていましたか?

 でも、毒の味はしませんし……。

 あぁ、警戒していると思ったのでしょう。


「理解しました。毒を警戒していないのかと言いたいのでしょうが、私に毒は効きません。それに、毒程度で人は死にません」


 私がそう答えると、レッグさんは小さな声で「普通の人は毒を飲んだら死ぬんだよ」とブツブツ言っていました。


「ふふふ。毒なんては入っていないわよ。それよりも、レッグさんから私の伝言を聞いてくれた?」

「聞きましたよ。えっと『国王を殺して欲しい。クーデターを起こしたいから協力して欲しい』でしたっけ?」


 私が聞いた伝言はこれです。

 もともと国王は殺すつもりでしたが、姫様にとって国王は父親です。それを殺して欲しいとは……。理由を聞いてみるのも楽しそうなので、ここに来たんです。

 

「その詳細も聞きたいのですが、その前に『このお城を破壊したら私も困る』の意味を教えてもらえませんか?」


 私としては、下衆を勇者に選任するという愚行を起こした王国がどうなろうと知ったこっちゃありません。もし、単純にこの国を殺したいのであれば城を破壊すればいいだけです。

 もしかして、姫様も王族としての地位は捨てられないと?

 まぁ、そんな事はどうでも良いです。

 城を破壊したら、私が困る理由なんて存在しないはずです。


「そうね。まず一つ約束してくれない?」

「何をですか?」

「何を聞いても冷静でいると」

「……分かりました」


 私はエレン以外どうでも良いので、どんな理由を聞かされても冷静でいられますよ。

 しかし、私は姫様の話を聞いて冷静になれませんでした。


「……私が聖女エレンの最期を看取ったわ……。そして、教会にも気付かれずに埋葬したのも私よ」

「え?」

「貴女がこのお城を壊せない理由。このお城のどこか・・・にエレンのお墓が存在するのよ」


 私は冷静さを欠き、席を立ってしまいます。

 え、エレンのお墓が存在する!?


「いったい何処にあるんですか!?」


 私は姫様に聞きます。

 胸が熱い。エレン!! エレン!! エレン!! エレンがここにいる!?


「レティシアさん、冷静になってくれる? お墓の場所は、悪いけど今は言えないわ」


 くっ……。エレンが人質という訳ですか。

 え、エレンの死を利用されて……。


「あ。勘違いしないでね。これは私の本意じゃないのよ。本当は私もエレンの死を利用したくないの。貴女がエレンのお墓を破壊されたくないのと同じで、私もお城を破壊されたくはないの。でも、約束はするわ。約束をしてくれたら必ずエレンのお墓の場所を教えるわ」


 私は姫様を睨みつけます。

 しかし、姫様は目をそらしません。


 ……。


 暫くの間、私は姫様の目を見続けます。

 姫様の目には、強い意志を感じますね。


「分かりました。取り乱してすみません」


 私は再び席に着き、紅茶を啜ります。



「姫様。エレンのお墓の事があるのでクーデターに協力はします。しかし、いくつか聞きたい事もあります」


 私がそう言うと、姫様は意外そうな顔をしていましたが、快く話を聞いてくれる事になりました。


「それで、聞きたい事って?」

「はい。まず一つ目。勇者を選任した理由は何ですか? 噂を聞く限り勇者は下衆でしかありません。エレンが聖女に選ばれた理由も下らない理由でした。その下衆になぜエレンの人生を無茶苦茶にする権利が与えられたのかそれが知りたいです」


 私がその事を聞くと、姫様の表情が少し暗くなりました。


「そうね。事情を知らない人達からすると、そこが気になるわよね」

「はい。正直、勇者というには下衆すぎると思いますので……」


 姫様はため息を吐きます。


「勇者タロウはこの世界の人間ではないの。私の父……国王が魔王を倒すために異世界から召喚したのよ」

「召喚……ですか」

「えぇ。それで、教会や国王は異世界から召喚した勇者を手放したくない為に様々な権限を与えたのよ。それは間違いだというのに……」


 魔王を倒すためですか。

 つまり、魔王がいなければタロウというウジ虫が勇者として召喚される事も無かったという事ですか……。それに、国王という愚かなゴミがウジ虫に権力を与えなければ、エレンが聖女に選ばれる事もなかったんですね。


「そうですか。で? そのウジ虫は特別な力を持っていたのでしょうか?」

「え? う、ウジ虫? あぁ、タロウの事ね。えぇ。神アブゾルから勇者の力を貰っていたわ。だから、誰も逆らえなかった」

「逆らえない? では、姫様もウジ虫に襲われたんですか?」


 私がそう聞くと、姫様は少し驚きます。


「わ、私は大丈夫よ。れ、レッグさんが守ってくれたから……」


 姫様はそう言うと顔を真っ赤にさせます。

 しかし、レッグさんがですか……。


「レッグさん。貴方は勇者の力を持つウジ虫と戦った事があるんですか?」

「あぁ。タロウがネリー姫を無理やり押し倒そうとしたときに、偶々王宮にいたんだ。ネリー姫が嫌がっていたから俺がタロウを倒し追い出した。しかし、あの野郎は……」

「レッグさん。そこからは私が話すわ」


 姫様は、少しだけ震えた手で紅茶を啜ります。


「勇者タロウは、私を手に入れる為に国王に直談判をして私を婚約者に選んだわ。お父様はタロウの言いなりで、魔王を倒せばこの条件を飲むと言ったの……。私の意志も関係なくね」


 なるほど。これがクーデターを起こす理由ですか。


「結婚が嫌だら、国王を殺すと?」


 私がそう聞くと、姫様は俯き震えています。


「あんな……下衆なお「まぁ、国王は元々殺す予定でしたから、問題ありませんよ」と……え?」

「国の事情なんかには興味はありませんし、話を聞く限りウジ虫と婚約なんてしたくなくて当然でしょう。そもそも、下らないウジ虫に頼り言いなりになるような愚かな国王より、姫様の方がまともな国にできそうですし……」


 私がそう言うと、レッグさんは「ネリー姫は、タロウの言いなりになった国王の代わりに国の運営をしてきたんだ。もし、ネリー姫が何もできない姫だったのなら、この国はとっくに滅んでいたさ」と誇らしく言って、ネリー姫は顔を真っ赤にしていました。


 ふむ……。そういう事ですか。私は色恋の事は良く分かりませんが、お二人の方・・・・・が今の愚かの国王よりはよほどマシでしょう。ただ、王女の伴侶の顔が山賊なのがどうかと思いますが……。


 私が一人で納得していると、姫様がレッグさんに誰かを呼びに行くように頼んでいます。


「レティシアさん。私達にも準備があるから、二日ほど待っていてくれない? 二日後にクーデターを開始するわ」


 二日ですか……。


「……良いですよ。本当は、今から国王を殺しに行きたいですが我慢しておきます。あ、国王は私が殺していいのですか?」


 私だって馬鹿じゃありません。クーデターの意味くらい知っています。

 姫様が国王を倒さなきゃいけない以上、国王は民衆の前で殺さなければいけません。

 私としても国王を殺したいですが、それは譲りますよ。


「その辺りは大丈夫よ。貴女もエレンの事で国王に恨みを持っているでしょう? 父を殺してもらっても構わないわ。父の影武者は既に捕らえているからね。民衆の前で影武者を処刑するから……」


 私はそれを聞いて、安心しました。


「最後に二つだけ、確認……いえ、私の望みを聞いて貰えますか?」

「え? えぇ。何かしら?」


 私の望みを話すと、姫様は物凄く驚くと共に申し訳なさそうにしています。そんな顔をしなくても大丈夫です。むしろそっちの方がやりやすいので……。

 

「分かったわ。私もそのつもりで行動する。で? もう一つは?」

「それは、愚かな国王を殺した後です。私の今後の予定の為に聞きたい事があるだけです……」


 私はそう告げて、お城を後にしました。

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