第5話 デイ&ナイト
「ごめんね、まだ体調が落ち着いて間もないのに」
「いえ、大丈夫です。早く犯人に捕まってほしいので」
あれから数日後。二件目の被害者、交野朋子(かたのともこ)の容態が安定したとのことで、彼女と彼女の両親の許可を得て、銀子と牧田の二人は病院に来ていた。
彼女の個室には、一緒に話を聞きたいと、友人であり、この事件唯一の目撃者でもある金城ふみも呼んだ。
ベッドで上体を起こして話をしていた朋子は、銀子の言葉に小さく首を振って答えた。仕方のないことだとわかっていても、犯人が自分の恋人かもしれないと思うと、何気ない彼女の言葉に、銀子は思わず顔を曇らせた。それに気づいた牧田は、小さく咳払いした。
「その気持ちに応えられるよう、我々も全力を尽くします」
「あまり思い出したくないことも思い出させることになるけど、少し頑張ってくれるかな」
「はい」
「頑張ります」
真っ直ぐに銀子の目を見て頷いた二人に、銀子も頷き返しそれから質問を始めた。
おさらいをするように、彼女たちの当日の動きや、犯人が現れた時の状況を確認した。
「それで、犯人は門戸の前に立ってたってことで間違いない?」
「はい、それから、逃げようとしたら羽交い絞めみたいにされて、それで、首をかまれて……」
「うん、なるほど。じゃあ朋子ちゃん。その襲われたときに、犯人の顔は見た?」
「はい、見ました。なんか、目鼻立ちの整った、綺麗な女性でした」
「ふみちゃんはどう?」
「私は、遠目からだったし、ちょっと薄暗かったからハッキリとは分からないんですけど、女性なのは分かりました」
「そっか。じゃあ……」
銀子は懐からある写真を取り出しながら、ふと、牧田の顔を見た。牧田と顔を見合わせると、彼は小さく頷いたので、銀子はそれを合図に写真を二人に見せた。
「その女性って、この写真の人でしたか?」
「あ、そうです、この人です」
「ふみちゃんも、この人で間違いなさそう?」
「はい、間違いないと思います」
銀子は、二人の返答を聞いて思わず写真を落としそうになって、必死にそれを堪えた。
(まさか、まさか本当にショーコが……)
震える手を何とか隠しながら、頑張って笑顔を作り、銀子は椅子から立ち上がった。
「わかった。協力ありがとう。あとは、お姉さんたちに任せて」
銀子と牧田は、二人の少女に軽く会釈すると、病室を後にした。
「お銀さぁ。顔に出まくりなんだよ」
「すいません……」
二人は病院の敷地内にある喫煙所で話をしている。電子タバコの電源を入れ、煙を吸っている。ただ、タバコを吸っているのは牧田のみだった。銀子は、煙の中にいるのは慣れてしまったが、自ら吸うのは体が受け付けなかった。
「まぁ、恋人が関わってるかもしれないから、わかるんだけど」
牧田は、電子タバコをカバンにしまうと車の方に歩きだした。
「それにしてもわからねぇな。その、満水翔子は埋葬されたんだよな? ほんとは死んでなかったのか?」
「そう、願ったから」
「?」
「私が、ショーコが生きててほしいと願ったから、彼女は生き返った……?」
「おい、妄想はその辺にしておけ。大好きだった相手なんだ、生きていればって願わない奴なんていないだろ」
「先輩……」
「それに、願わなければよかったとか、まるでそれが罪だって言い方。それは、その相手さんに失礼だ。淋しすぎるだろ」
銀子はハッとして目をそらし、軽く唇をかんだ。小さくため息をついて、牧田が助手席のドアに手をかけながら銀子を呼んだ。
「おい、早く運転席に乗れ。署に戻るぞ」
こぼれそうな涙をぬぐって銀子は駆け足で車に向かった。ドアを開けて乗り込む前に、思い出したように深呼吸した。直後、牧田が助手席のドアを閉める。次いで乗り込むとぶっきらぼうな口調で言葉を返した。
「なんで免許持ってないんですか」
「今更聞くかよ」
署に戻ると、係長の朱堂と管理官の柿本に報告を行った。
「やはり間違いないか」
「はい。あとは、動機と次に現れる場所の特定ですね」
銀子は、キャスター付きのホワイトボードに留められた地図を眺めた。何故この場所を選んだのか、彼女は何故こんなことをしたのだろう……。
「ショーコ、どうして。どこにいるの……?」
牧田はふと、疑問を銀子に投げかけた。
「その満水翔子は、これまでお前の前に現れたことはないんだよな? 仮に生き返ったとしよう、そしたら普通、恋人同士なんだし会いたいと思うんじゃないか?」
「確かにそうだな。二つの事件は、どれもお銀ちゃんとも関係ない場所で起きている。何の意図があるんだ」
朱堂は、事件の発生場所が銀子の自宅周辺ではないことを確認して言うと、顎に手をあてて首をひねった。
その時、銀子はあることに気がついた。
「関係ないことはありません」
「え、なんだって?」
「この二つの事件現場は、私とショーコの二人にとって、関係がある場所の近くです」
「おいお銀、それはどういうことだ」
牧田たちを見ることなく、銀子はホワイトボードの前に歩み寄ると、牧田たちに見えるように地図上を指し示した。
「二つとも、かつて私たちが訪れたことのある場所の近くです」
「つまり、デートコースってことか?」
朱堂の言葉をうけ、銀子は言いにくそうに頷いた。
「平たく言うと」
「バカな……」
「確信はありませんが、可能性はあると思われます」
「もし違ったらどうするんだ」
牧田がやや語気を強めて尋ねると、柿本が牧田の目を見た。
「牧田さん、情報に乏しい今、この閃きに頼るのも手かと思います」
管理官にジッと目を見られ、牧田は渋々と頷いた。
「で、次はどうする」
しばらく考え込んだのち、銀子は徐に口を開いた。
「もうすぐ、彼女の月命日です。次に現れるとしたら、その場所はおそらく一つだけです」
「まさか……!」
数日後、牧田や銀子、柿本や朱堂たちの姿は、夜の赤レンガ倉庫にあった。
「本当に現れるんでしょうかね」
「信じて待つしかないでしょう」
半年前、歩行者にトラックが突っ込むという痛ましい事故が起きた交差点を囲むように、建物の陰に隠れて、牧田と銀子、朱堂と柿本、そしてその他数人の捜査官が、ショーコこと満水翔子が現れるのを信じ、じっと待っていた。
このような形で満水翔子を待ち受けることになったのは、そのように銀子が提案したからだった。
「あの日、事故が起きた、赤レンガ倉庫に現れるのではないでしょうか」
「思い出を振り返っている、ということか」
「はい。ですので、この赤レンガ倉庫で待ち受けていれば、ショーコを、いえ、満水翔子を捕まえることができるはずです」
「では、これまでの犯行時刻から逆算して、9時決行としましょう」
牧田や銀子たちは、柿本の方を向いて頷いた。
「もうすぐ、10時ですね」
「やっと1時間たったか」
銀子が腕時計を確認して言うと、隣で辺りを警戒していた牧田が小さく欠伸をした。
「そろそろお出ましか?」
牧田が気を入れ直して深呼吸した時、イヤモニから朱堂の声がした。
「もうすぐ10時だ、気をつけろ」
「了解」
「了解」
その時だ。牧田たちが応答した直後、別の捜査員が無線で発信した。
「目標、来ました!」
その言葉に、一同、緊張が走った。
視線を走らせ、発信した捜査員のいる付近を急いで確認した銀子たちは、ついにその姿を直に捉えた。
半年前、この場所で事故にあった彼女。あの時と同じ服装、同じ髪型、何も変わらないそのままの姿で、既に亡くなっているはずの女性、満水翔子は、ショーコはそこにいた。
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