第3話 ナイトラウンダー
「朋子! 朋子! しっかりして!」
スマホから流れる音声からは悲痛な叫びが聞かれた。街灯の乏しい夜の住宅街を撮影した映像は、残念ながら鮮明さに欠け、家の窓以外、何が映っているのかはっきりと判別できなかった。
現場に到着した銀子(かねこ)と牧田は、事件の様子を撮影したという女性から話を聞きながら、その当時のことを伺っていた。
「可哀そうに……。あそこの、近所に住んでるふみちゃん。うちのはす向かいに住んでる朋子ちゃんとは大学が一緒らしくてね。いつも、仲良く二人で帰ってくるのよ。その日もきっとそうだったんだと思う。あの時悲鳴が聞こえて、慌ててベランダから顔出したら、その、朋子ちゃんが仰向けで倒れてて……」
「そこで、あなたは不審な人影を見た、と。そういうことですね?」
銀子が言葉を継いで尋ねると、主婦は何度もうなずいて、持っていたスマホを自分の顔の前に掲げた。
「そう、それで撮ったのよ。これ、これで」
「なるほど。では、後程その映像をご提供お願いできますか」
「え、えぇ。こんなのでよければ……」
銀子と牧田は、申し訳なさそうな主婦に丁寧にお礼を言うと、その場をほかの刑事に任せて離れた。映像を鮮明化できれば何か映っているかもしれないとは思うが、二人はあまり期待していなかった。
「後ろ姿とか、何か映っていればいいですけどね」
「うーん。でもまぁ、ないだろうなぁ」
「そうですね……。ところで、朋子さんの容体は」
「運良く一命だけは取り留めた。だが、意識が戻ってない。目を覚ますまで時間がいるだろうな」
「親御さんも、不安でしょうね」
「あぁ、そうだな。その目撃者でもある金城ふみって子も、深くショックを受けてて、今はまともに話を聞ける状態じゃない。こっちも時間がいるな」
「……」
ふいに応答がなくなり、静かになった銀子の様子に、牧田は訝しげに声をかけた。
「おい、お銀。どうした」
「あ、いえ。なんでもありません」
「……この件の二人に、交野朋子と金城ふみに自分の境遇を重ねたか?」
「それは……」
「気持ちは察する。だけどな、捜査に私情は挟むな」
「はい」
牧田は小さくため息をついて、話題を変えようと普段の会話をするときのような軽い口調で話を始めた。
「そうだお銀。この二つの事件について、テレビとかその他マスコミは“傷害事件”としか言ってないんだけど、ネットではなんて言われてるか知ってるか?」
「ネットで? いえ、知りません。なんて言われてるんですか」
「“現代版吸血鬼事件”。或いは、“ナイトラウンダー”」
「ないとらうんだー?」
「あぁ。『夜の徘徊者』って意味の造語らしいんだが、ヴァンパイアとか吸血鬼とか、そういうメジャーな呼び名じゃなくて、ネットではもっぱらナイトラウンダーって呼ばれ方で事件が話されてるみたいだ」
「ナイトラウンダー……」
銀子は初めて聞いた言葉を反復するように一人呟いた。その時、カバンに入れていたスマホが鳴った。
着信音に気づき、カバンをまさぐる銀子に、数歩先を歩いていた牧田が振り返って近寄ってきた。
「はい、銀子。……はい、先輩も一緒です……え、ほんとですか。わかりました、確認します」
「どうした」
「この現場の近くにある防犯カメラ映像から、犯人と思われる人物の逃げる姿が見つかったようです」
「本当か!」
「はい。今からその映像が送られてくるようなので、確認しましょう」
電話を切って数秒後、本部にいる刑事からその防犯カメラの映像がスマホへ送られてきた。映像を再生すると、住宅街を囲うように周囲とを隔てる塀、そして画面の左半分には、塀と沿うように伸びる幅の広い車道が映っていて、それらと挟まれるようにある歩道上を、一つの人影が画面奥から手前の方へ近寄ってくる。
「誰か来ますね」
銀子の言葉に無言で小さく牧田は頷く。それを横目で感じながら、銀子もスマホの画面を見続けた。
それからしばらく無言で見ていた銀子だったが、その人影が歩道の中ほどまで来たあたりで「ん?」と小さく声を漏らした。牧田は、銀子の反応が気になったが彼女の表情も気にしつつ、映像の続きを見た。
そして、映像に移る人物がより手前まで来たところで銀子は映像を止めた。その手は微かに震えていた。
「これが、ナイトラウンダーの正体……」
顔から血の気が引いていく銀子を見て、改めて画面に映るその人物の顔を確認する。そして、牧田は漸く気が付いた。
「お、おい。こいつ……」
「はい。この人物、半年前に交通事故で亡くなった、私の恋人に似てませんか?」
二人は顔を見合わせた。同時に、言葉を失った。
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