ナギちゃんと僕

タナカ

第1話 ナギちゃんと僕

物心ついた時から、僕の傍にはナギちゃんがいた。赤ん坊の僕が泣いてる時、優しく慰めてくれたのはナギちゃん。ちょっと大きくなった僕が歩けるように、一生懸命頑張ってくれたのもナギちゃん。一緒にパズルをして遊んで、お絵描きをしたのもナギちゃんだ。もちろん、僕の初恋も。


そして今、16歳の僕の目の前で、あの時から一切成長していない13歳のままのナギちゃんが朝ご飯を作っている。


「あれ?そーちゃん、えらく早う起きたんやね〜。こわ〜い夢でも見たの?」


艶やかな銀髪のロングは窓外の風に優しく揺れる。


「見てないわ。美味しそうな匂いにつられたんだよ。今日の飯なに?」


「エッグベネディクトよ!いやあ、最近の子は洒落たもん食べてるんやね〜びっくりだわ!」


いや、どっからその情報仕入れてきたんだよ。嬉しいです、めっちゃ食べたい。


「この前ママさんが忘れていった雑誌にあってね、美味しそうだったから!」


さようですかい。

ナギちゃんは僕がスポーツ推薦で都会の高校に進学し、一人暮らしを始めるとき一緒に出てきた。


「そーちゃん、勉強とかスポーツできても、家事はなーんにもできんからなあ。やったげる。ほーんと、誰に似ちゃったんだろ。」


と、13歳らしからぬ言葉と共に、二人でおのぼりさんになった。見たもの全てに、しっかりとはしゃいだ。

ちなみに僕はナギちゃんに育てられたみたいなものだから、ナギちゃん似だよ。そして家事は、両親いない時ずっとナギちゃんがやってくれてたから、僕ができるようになるはずがない。


「ほら出来た。ナギ風、エッグベネディクト!隠し味は〜、ふふ。」


えー、何それこっわ。でも、絶対美味しいからいいや。何入れたの?と一応聞いておく。ナギからのそーちゃんへの愛です!と言う。


「じゃあ、僕も日頃のお礼のために、帰りに美味しいチーズケーキ買ってくる。」


「え、ほんと?やったあ。」


たまに13歳らしいこともある。


「あ、そーだ。お弁当は高タンパクにしたから、しっかり部活頑張ってきなさいよ〜。はい、いただきまーす。」


「ありがとう。」


はいはい早く食べるの〜、と箸を僕に渡して、もそもそと食べ始めるナギちゃん。その姿は傍から見れば、僕にすごくできる妹がいる、そんな感じ。まあ見えれば、の話だが。普通の人にはナギちゃんは見えない。少なくとも、両親には見えてなくて、見えるのは今の所、同じ高校の寺島しかいない。


「ナギちゃん。今日寺島呼んでいい?アイツまともなもん食ってなくてさ。」


「ん?あー!れーちゃんね。あの子もそーちゃんと一緒で家事はなーんにもできないから、いっその事家に住んでもらっていいのに。」


承諾を得た。寺島捕獲決定だ。後半の一文は…無視だ無視。颯爽と食べ終わり、食器を下げ、歯磨き…の一連を終え、スポーツバックを手に取り、


「行ってきまーす」


と言って靴を履いて玄関に立つ。


「はいはーい。気をつけんちゃいよ〜。」


と間抜けなナギちゃんの声をしっかり聞いてドアを閉める。


鍵をかけ、表を向けば眼前には初夏の都会の海が広がる。準備運動を兼ねて、階段を使ってその広大な海へと駆け下りる。人の話し声、笑い声。液晶テレビの音、遠くに聞こえる規則正しい電車音。僕を応援するBGMは今日も豊かだ。


人混みに紛れて流れのまま、学校に着く。校舎に入る前にまずは、部室へ向かう。扉を開けば、 三点倒立している寺島と目が合う。


「何してんだお前。」


「あ、時津。おはよう。俺さ、最近三点倒立ハマっててさ。この世界が逆転現象起こしたこの感じ、たまんないんだよねぇ!」


「おう、分かったから。早く地上に足つけないと、お前大分頭に血が上ってんぞ。顔真っ赤、足真っ青。」


「マジ?」


マジだから早くしろ、と言って僕も着替え始める。

今月は主に筋トレを自らに課すことにした。今週は主に腹筋背筋を鍛える。寺島も同様。だから、俺が来るのを待ってくれている。あいつが部室に着くのが早すぎるだけだが。


「おー、時津来てたのか。お前はいっつも早いな。あ、寺島もな。お前に至ってはここに住んでるのかってレベルだけどな!」


部室の扉が開く、キャプテンだ。その鍛えられた体。そして今の推理。尊敬しかねぇわ。


「おはようございます。」


「おはようございます!俺たち着替え終わったんで、筋トレメニュー行ってきやす!」


と、寺島が言って僕を部室から連れ出す。まだ、僕柔軟やってない。まあ、トレーニングルーム着いてからでも良いか。


「あ、寺島。お前今日うちに泊まるの決定な。ナギちゃんの美味しいご飯を食え。」


どうせ、まともなもん食ってないんだろ?


「マジ?行く。ふかふかの布団で寝れる〜」


ああ、お前の場合そっちか。説明しよう、寺島は皆見えるし、成長も自由自在に出来る。僕は普通の友達だと思って、家に招待したら、ナギちゃんが見えたっていうとんでもないことが起きた。ナギちゃんは寺島を見て、


「あんた、学校のか!そりゃあそんだけ力があることよ〜。私はそーちゃん家からそーちゃん1人に転職したから…。」


買い物とかする時に存在感を出すことくらいしか無理、と笑っていた。そう、ナギちゃんは僕の護り神。そして寺島は学校の護り神。だからキャプテンの推理はご名答であった、という訳だ。なんて世の中だ。ナギちゃんを見た時の寺島は、


「時津一人でその力ってすごくね?」


「そーちゃんと私の愛と信頼関係の結晶よ!」


よく分からないが恥ずかしいこと言うな。

まあ、こういったことで、寺島は本当に学校に住んでいる。さすがに夜中は姿を消して(僕は見えるが)警備員たちの目には映らないようにしているらしい。いつも何食ってんの?と聞けば、朝昼晩コンビニだ。と返してきて、護り神がコンビニ弁当ってなんか面白いな、と思った。ただし、それは強豪校でスポーツをすることにおいて相応しくないのは言うまでもない。いくら神だからといっても、今寺島は自分の体を16歳少年に設定しているから、護り神としての力を持っているところを除けば、ただの人間。コンビニ弁当食べてるなんてご法度だ。


「食え、ナギちゃんの飯を。」


そう言って家の扉を開ける。


「ただいまー。」「おじゃましやーす!」


「おかえり、いらっしゃ〜い。お疲れさま。」


スポーツバックを下ろして手洗い場に行く。寺島と僕の洗濯物を洗濯機へ投げ入れて、ナギちゃんにさっき買ってきたチーズケーキを渡して、自部屋に向かう。僕の部屋には寺島の服もしっかりと置いてある。あとはこれに着替えるのみ。


「あ!このチーズケーキ行列出来るやつ!そーちゃん、れーちゃんありがと!」


と台所の方から聞こえる。この前テレビでナギちゃんが食いついて見てたから買ってみたけど、良かった感じだな。まあ、寺島の力であんまり僕達は並んでいないが。


「いつ来てもこの空間落ち着く〜!」


という寺島。寺島いわく、学校は色んな思念があってちょっと大変らしい。でも護り神としての腕がなる、らしい。そんな大変なのに、僕の家に来ても大丈夫なのか、と尋ねたことがある。


「あー、近所の公園の護り神の双子ちゃんに頼んだ!後で一緒に学校のプールで水の造形アート作るっていう条件とひきかえ!超楽しい!」


「何それ、僕も誘って。絶対楽しいやつじゃん。」


「おう!双子ちゃんにも言っとくな!」


少々盛り上がったところで、着替え終わって、自部屋を出る。ナギちゃんが台所でたくさんのお皿を並べている。え、その量は何。


「あのね、今日はレストランに来たみたいな感じにしてみたよ〜。まずは前菜のサラダから。」


また母さんの雑誌見たな。今度から僕が食べたい料理が載ってる雑誌買おう。絶対に。


デザートのケーキまで食べ終わって、僕と寺島で食器を下げる。


「ナギさんは休んでて。俺が食器洗う!」


という。護り神としてはナギちゃんがかなり先輩らしい。だからさん付け。敬語は使ってないがな。


「れーちゃんありがとう、じゃあお風呂掃除してく「それは僕がやるから、ナギちゃんはテレビでも見て休んでて。」そーちゃんやーさしー!」


いつもは僕が疲弊しきって帰ってくるけど、今日は早めに切り上げて、僕も寺島も体力が残っている。だからナギちゃんにしっかり恩返し。

お風呂に入って、テレビ見て、ゲームでバカ騒ぎして、全力トランプタワーして。日付が変わる。


「そろそろ寝たほうがいいんじゃないのかな、現役選手さん達。」


「バカ笑いしすぎて疲れた。」


「笑いすぎて、変なところの腹筋が痛い。」


寺島は仰向けになって震えている。僕達を諭したナギちゃんもダメになるクッションに顔から埋もれてる。かくいう僕もうつ伏せになって脱力しているが。楽しみすぎて無駄に疲れた体を起こして、ナギちゃんをソファの上に運ぶ。薄い掛け布団を掛けて、電気を消す。ナギちゃんはソファで寝るのが一番好きらしい。確かに、ナギちゃんのサイズにフィットしている。僕ははみ出る。寺島を引きずって自部屋に入る。ベットに投げ入れて、掛け布団をかける。


「俺ベッドで寝るのマジ幸せ。おやすみ!」


と言って一瞬で寝落ちる。

僕は畳派なんで、布団を敷いて、電気を消す。


「おやすみ、また明日。」


明日の朝ごはんは何だろう、そう思いながら目を閉じた。





朝、美味しそうな香りに目を覚ませば、ベッドの上で三点倒立している寺島と目が合う。


「おはよう寺島。またやってるんだな。」


「おう、時津もやりなよ。三点倒立。」


「おぅ、ベッド片方に寄れ」


二人でベッドの上で三点倒立をする。確かに、頭が一瞬で冴える。そんなことをしてると、


「お寝坊さんたち!早く起き…何してるの。」


「三点倒立。」


これ寺島がハマる理由もちょっと分かる気がする。


「朝ごはん冷めちゃうよ。れーちゃんの分もお弁当作ったから。その血がのぼりきった顔をちゃんとして来なさいよ!」


それはご勘弁を。急いでベッドを整え、布団を畳んで、着替えて、居間へ行く。椅子に座る。向かい側にナギちゃん。テーブルの上にはホカホカの朝ごはん。今日も美味しそう。


「「「いただきます」」」

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ナギちゃんと僕 タナカ @miyaizuki

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