第2話  レーゾンデートル

 学校に着くと、スマホを片手に友達達が何やら騒いでいた。

「愛羅!」「おはよー!」

「ねね、愛羅これ見た?」

と言いながら、友達はスマホの画面を私に向ける。そこには、真理と真理の彼氏と思われる人が抱きしめ合っているプリクラで、「大好き」と落書きされてあった。

「彼氏いたんだ。」

隠せぬ動揺を無理やり押し込んで、平生を保っているふりをする。

「そうみたいよー。」「さっき見かけたから、何気なく聞いたら、あっさり『彼氏いるよ。』とか言われちゃってさ。」「あっさり過ぎて何も返せません、って感じだったよねー。」

 真理とは小学生からの幼馴染で、暇さえあれば、共に時間を過ごす仲だった。真理は確かに目が大きくて可愛くて、スタイルも良い。加えて性格も良い。彼氏ができたなら、それはそれで十分納得できた。思い返せば、最近は遊びも断られることが多くて、でも、忙しいんだろうな、と解釈していた。

 私は真理が私に、彼氏ができたことを言わなかったことに対して、怒りも悲しみも感じなかった。どんなに仲良くても言いにくいことはあるだろう。ただ、私は、真理が自分よりも先に彼氏ができたことに対しては、なぜかひどく劣等感を抱いた。

 

 授業中の英語テストで2点落として少し落ち込んでいる私の視界に、満点で喜ぶ真理の姿が入ってくる。体育の時間の持久走で、互いにタイムを見せ合えば、自分の方が悪い結果だとつくづく思い知らされる。昼食をいつも通り一緒にとれば、真理はダイエット中だと言って、サラダしか食べていない。どうしてこういう日に限り、大好物の焼肉弁当なんだ。放課後のバドミントン部の練習でナイスショットを決めて「よっしゃ!」と思いきや、コーチが真理へのアドバイスで「君は腕が長いから…」と言っているのが聞こえる。

 部活後、学校を出ると外は大雨で、親のお迎えが来ていた真理に別れを告げる。「家まで乗せてくよ?」

「今日は、こっちの気分なんだ。」

「何それ(笑)、気を付けてねー。」

私はなんだかんだで、とりわけ何かをしてくれるのではなく、そっとそばにいてくれる存在が欲しいだけで、決して彼氏が欲しいわけではなかった。

 家に着くと、ずぶ濡れの私を見て、折りたたみ傘を持ち歩かないことに母が腹を立て、文句を並べた。もう、とっくに慣れたはずの母の文句も、今日という1日で大量のクレーターを得た私のレーゾンデートルには、なかなか効いた。

「ごめんなさい。」

辛く、息苦しく、それ以上に言葉を発せなかった。

 自分の部屋に入り、右手にカッターを握る。左腕に無心で「死にたい」と刻む。文字の刻まれた腕を見て、彫刻でもリストカットでもない中途半端な傷をつけた自分に嫌気がさす。もう一度カッターを握り直して、今度は思うがままに切り刻んでいく。片手だけボロボロなのもそれはそれで納得がいかない。左手に持ち替えて、右腕も同様に切り裂く。切っても切っても、死にたくても死ぬ勇気のない自分は拭い取れなかったし、切っても切っても、身体と心はアンバランスなままだった。

 いつの間にか寝ていたようで、気が付けば時計は午前3時をさしている。両腕の派手な傷が目に入り、昨日の一連の流れを思い返す。

 私の心に、真理に勝ちたいという気持ちがふつふつと煮えだす。私はスマホを開いて、あるアプリをインストールする。アイコンを自撮り写真にして、紹介文のところに「JK」とだけ打ち込む。最近は、女子高生という類に属しているだけで、世間から価値あるものとしてみなされるので、それだけでも何の問題も無かった。思った通り、すぐにフレンド申請が来た。その人のアイコンも紹介文も、つまりはプロフィールに関して何も目を遠さずに承認する。誰でもよかった。

「承認ありがとう!」

「いえいえ。」

「アイコン本人?」

「はい。」

「可愛いね!」

「ありがとうございます。」

「あのさー。急なんだけど、いつ会えそう?」

「今週末、空いてますよ。」

「じゃあ、日曜日でいいかな?」

「分かりました。」

「集合場所は?大宮駅でいいかな?」

「大丈夫です。」

 

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