第5話『VS名門校』


 夏だ。


 七月にもなるとまだ夏本番と言うには早いとはいえ、ジリジリと焼けるような太陽の日差しが襲ってくる。


「暑いなぁ……」


 これから試合があるというのに、外にいるだけで体力が奪われていく。


「熱中症には気をつけて水分補給はこまめに摂れよー」


 当たり前のことではあるが、念のため諸注意として全体に伝える。かく言う巧も熱中してしまえば水分補給を忘れてしまうこともあるので気をつけなければならない。


 本日は伊賀皇桜学園との練習試合。明鈴高校のグラウンドで試合が行われ、既に到着している伊賀皇桜学園は試合に向けて準備を進めていた。今回来ているのはレギュラーを含めたベンチ入り候補のメンバーだ。


 そんな中、巧は未だにオーダーを決めかねていた。心を一定以上出さなければならないという制約がある以上、負担を考えて打順は下げておきたい。大会であれば無理をする場面もあるが、これはあくまでも練習試合だ。個々のパワーアップも考えて全員ある程度は出しておきたい。


「オーダー悩んでる感じ?」


「あぁ、うん。二遊間をちょっとね」


 もうウォーミングアップを終えている飛鳥が巧の隣に座る。


 すでに心を二試合目の先発と決めており、一試合目の先発は飛鳥に任せることは決めている。他も多少は決まっているが、ポジション的に二遊間を守れる選手は少なく、白雪と鈴里に大きな負担をかけてしまう。かと言って飛鳥やオールマイティに守れる太陽を二遊間で起用すれば今度はそちらに負担をかけてしまう。


「私もこの夏で引退だから今後のことも考えると他の子もサブで守れるポジションを増やさないとね。外野は大丈夫にしても、二遊間の層が薄いのが問題」


 白雪と鈴里、お互いに二遊間両方を守れるが、どちらかが怪我や調子を崩してしまえばそれだけで崩壊する。他に本職並みに守れるのは太陽くらいだ。


「七海と光が今練習中でしょ? 一回試してみれば?」


 光はまだまだ不安要素があるが、七海に関しては完璧ではないとはいえ、ある程度までは守れるようになっている。もちろん白雪と鈴里の二遊間がベストではあるが試してみる価値はある。


「ありがとう。なんとかオーダーが組めそうだ」


 まだまだ悩む要素はあるが、二遊間が決まればあとは打順や誰をどのタイミングで出すのかということだ。


「それなら良かった。私は向こうのチームに挨拶してくるね。オーダー、楽しみにしてる」


 飛鳥は相手チームの方へ行くと、和気あいあいと話をしている。中学時代から有名だったのだ、知り合いも多いのだろう。


 他の部員は各々グローブの感触を確かめたり、バットを振ったりと試合に向けて準備をしている。


 そんなみんなを横目に、巧はスタメンをオーダー表に書き込んでいく。打順もポジションも決めてあるところからまず書き込んでいき、あとは空いているところに打順を決めかねていた選手を埋めていく。適当のようにも感じるが、打線の繋がりを考慮した打順にはなっている。


「全員集合ー」


 オーダー表を書けたところで巧はスタメンを発表するため、円陣を作る。巧が中心となる円陣を組むのは練習を含めればほぼ毎日だが、いまだに慣れない。


 気圧されながらも巧は咳払いをして冷静を取り戻す。


「スタメンを発表する」


 一番センター月島光

 二番キャッチャー志波太陽

 三番ピッチャー大星飛鳥

 四番ファースト諏訪亜澄

 五番セカンド藤峰七海

 六番ライト小瀬川心

 七番サード椎名瑞姫

 八番レフト結城棗

 九番ショート黒瀬白雪


 自分が呼ばれると思っていなかったのか、光を呼んだ際に、驚いた表情を浮かべながら上擦った声で返事をした。試せることは試しておきたいという意味もあって足のある光を一番に据えた。


 セカンドの七海も飛鳥のアドバイスから思い切って起用してみた。もちろん守備があまりにも不味ければ交代も考えているが、特に心配はしていない。


 キャッチャーを太陽にしたのは二試合目で司をフル出場させるために一試合目ではゆっくりさせておこうという理由だ。


 白雪に関しては、以前に打てる二番打者にと言っていたが、今回は一番に繋げる九番という役割だ。この試合は普段九番を打っている鈴里と途中交代をする予定ということもあって、そういった起用となった。


 打順もある程度固定させてはいるが、色々と試してみるのもいいのではないかというのが巧の意見で、七海は二番三番や六番でよく使うが、ミート力があるためパワーヒッターの亜澄が打てなかった場合はここでランナーを返すという寸法だ。瑞姫は四番五番向きのパワーヒッターだが、ミート力が低いということで下位打線に回している。


 二試合目はベストオーダーとまではいかないが、それに近いオーダーを考えている。決勝まで勝ち進めば少なくともそれまでに伊賀皇桜学園と当たることは間違えない。練習試合だろうと一度でも勝てれば、勝てない相手ではないという意識は付けられるだろう。


 全員集合し、試合が始まる。こちらは守備側なため、全員が守備位置に着けばベンチがガランとして少し寂しくなる。


「しまっていこー!」


 司が声出し、守備に就いている全員は返事をする。巧の方から声かけられるタイミングは少ないため、ただ黙ってベンチから見守っていた。


 伊賀皇桜学園の一番打者、センターの早瀬が左打席に入る。彼女は三年生で去年の大会でもセンターとして出ているため、今年もレギュラーの一人だろう。


 初球。内角高めの際どいストレートを見送りストライク。二球目もカーブを見逃しボール球となると、三球目は外角低めのストレートを当てに行きファウルとなる。


 四球目は際どいチェンジアップを見逃してボール。五球目は内角高めの際どいストレートを当てに行きファウル。流石は名門校の一番とだけあって球数を多く投げさせている。


 六球目は内角低めにズバッと決まるカーブを見逃し、三振となった。コントロールの良い飛鳥に球数を投げさせようとしてもこれが限度だろう。後ろの打者に球を見させるための打席としては上々だ。


 二番打者は三球目で打ち取り、これでツーアウト。三番打者にはヒットを許したものの、四番打者から三振を奪い、ここでスリーアウトとなり攻守交代となる。


 結果としては上々の立ち上がりだが、すでに十四球も投げている。二試合目には心を早めに下げる予定なので多く投手を投入したいため、一試合目では飛鳥に完投とは言わずとも出来るだけ投げてもらいたい。心だけを特別扱いするわけではないので、もちろん球数が少なければの話だが。


 全員がベンチに戻ってきたところでこちらの攻撃だ。


 明鈴高校の一番打者は光。打撃自体はあまりできないとはいえ、足があるため転がせば出塁する確率は高い。その点で見ればチームの中では最も一番打者に向いている。


 初球、緩く曲がるカーブに空振り。ゾーンとしてはストライクに入っていたため、見逃したとしても結果は変わらなかっただろう。


 二球目は明らかに外れたボール球を見逃し、カウントはワンボールワンストライク。しかし、三球目の際どい球を打ちにいきファウルボール。まだ悪いカウントでもないため、見逃しても良かっただろう。その後の三球目、外に逃げるように曲がるカーブに対して手を出してしまい空振りの三振となった。


「塁出たかったなー」


 光はベンチに戻ってくると悔しがって声を上げる。


「光さん、初回はもうちょっと見ていきましょう」


「そうだよね。前に言われてたけどいざ打席に立つとすっかり頭から飛んじゃって」


 試合前にも初回は見ていくように伝えてあった。こちらからサインを送ることはできたが、自分の判断で動けるようにとあえてサインは送っていなかった。もちろん公式戦になれば臨機応変に対応し、甘い球であれば初球から手を出して出塁できればいいが、今回は練習試合でどれだけ球を見ていけるかということを重きにおいていた。


「足がある光さんは今後も一番を任せる場面もあると思います。相手校の動きとかも見ていきましょう」


 これは他の選手たちにも言えること。試合の中で自分を伸ばすためにも、見方も相手も見て技術を盗むことができれば個々のレベルアップにも繋がっていくはずだ。


 二番打者は太陽。器用な彼女はどの打順でもそつなくこなす。ミート力は良くも悪くもないと言ったところだろう。


 初球、低めのカーブを見逃しボールとなる。際どいボールでもなくワンバウンドする低めのボール球だ。


 二球目は内角高めのストレートを見逃しストライク。三球目は外角高めの際どいストレートだったが、こちらはボール球となりカウントはツーボールワンストライクだ。


 四球目は高めのボール球に手を出してファウルボール。続く五球目の高めの緩いカーブに対して当てただけのバッティングとなり、セカンドゴロに打ち取られた。


 続いて飛鳥の打席。飛鳥は初球の甘い球から積極的に手を出したものの、ライトフライに終わる。


 初回、試合は動かないまま再び攻守交代となった。




 試合は終盤まで進んでいき、六回表で一対三と明鈴高校は二点ビハインドの場面だ。


 飛鳥は五回を投げて失点が三。エラーなどでの失点もあるため、自責点で言えば二点だ。


 守備も途中で交代があり、五回の守備から九番ショートの白雪に代わって当初の予定通りそのまま鈴里が入る。一度センターの光をセカンドにし、セカンドの七海がサード、サードの瑞姫に代わって司がキャッチャーに入り、キャッチャーの太陽がライト、ライトの心がセンターと守備位置を大幅に変えたが、光が慣れないセカンドで失点に繋がるエラーもあったため、六回からは光はセンター、七海がセカンドに戻り、太陽がサードに入り、予定通り心をベンチに下げ、梨々香をライトに送った。


 そして、この回から飛鳥に代わって黒絵がマウンドに立った。


 最初のオーダーから変更があった点を挙げると、

 二番サード志波太陽

 三番ピッチャー豊川黒絵

 六番ライト佐々木梨々香

 七番キャッチャー神崎司

 九番ショート水瀬鈴里

となっている。


 六回表の伊賀皇桜学園の攻撃が始める。相手は七番打者。途中交代で出てきている打者で、三年生の恐らくレギュラーだ。


 そんな相手に対してフォアボール。ストライクは入ったものの、バッターは一球も振ることなく五球でランナーを出してしまった。


 次の打者は八番打者。今日は当たりがないものの、ファウルの飛距離を見るに長距離砲で一発を気をつけなければならない。


 初球からど真ん中のストレート。強気なのか失投なのか、ありがたいことに相手バッターはそれを見逃し、ストライクとなる。


 二球目は内角低めのストレート。緩急をつけるため、同じストレートでも全力投球と少し緩めに投げている。それが上手くストライクゾーンに入り、タイミングを外したのか、相手は見逃した。


 二球で追い込んでからの三球目。ストレートを少し外したボール球だがそれを相手は空振り、三振となった。


「ワンナウト、ワンナウト!」


 点があまり入っていないため一点は重いが、それでも二点差のため、逆転はまだ可能な点差だ。


 相手は九番打者。今日当たりが出ておらず、ここで代打が送られる。昨年では背番号16を付けていた的場が右打席に入る。背番号6の三年生を押しのけて出場することもあったため、今年は恐らくレギュラーだろう。


 初球は緩いストレート。相手はこれに合わせて振ってくるが、タイミングが合わず、レフト方向に大きく切れる。


 二球目は内角低めに緩いストレート。しかし、これはわずかに外れたボール球。三球目は速いストレートだが、内角高めに外れてまたボール球となる。


 四球目は緩いストレート。これは外角高めの際どいコースに決まりストライク。


 そして五球目。黒絵が投球動作に入ったと同時に一塁ランナーはスタートする。司の要求したコースは高め、中腰の姿勢から捕ると同時に送球できる体制に入る。


 しかし、ボールが司のミットに収まることはなかった。


 バッターは黒絵のストレートに上手く合わせ、右方向に打ち返す。打球はセカンドを守る七海の頭上を越え、右中間を真っ二つだ。


「ライト!」


 司がそう叫ぶものの、打球の勢いは止まらずフェンス際まで打球が転がる。ライトが浅いのが幸いし、打球自体はすぐに処理できた。ところが、既にスタートを切っていた一塁ランナーは、ライトの梨々香が打球を処理し、中継に送球する時点で三塁を蹴っていた。


 伊賀皇桜学園の追加点。これで試合は一対四と差を広げられてしまった。バッターランナーは二塁に到達し、なおもワンアウト二塁だ。


 続くバッターは一番の早瀬。この試合当たりはないものの、際どい当たりや四球を選んだりしている。


 初球、高めのストレートは外れてボールとなる。二球目は内角低めのストレートを当てに行きファウル。


 三球目、低めの緩いストレートを早瀬はうまく掬い上げ、打球は高々と上がる。


 打球はセンター方向への大きい当たり。右中間センター寄りのフェンス側まで飛んで行く。足の速い光は打球に悠々と追いつき、フェンスを掴みながら打球を確認しジャンプしながら掴む。この辺りは光が捕れなければ学校内ルールとしてホームランとなっていた当たりだ。


 早瀬は悔しがっている。しかし、センターフライの間に二塁ランナーは三塁まで進んでいた。これでツーアウト三塁。アウトが取れればこの回は終わるがヒットが出ればさらに一点取られてしまう場面。


 二番打者に代え、新たに代打が送られる。この選手は昨年の大会には出てこなかったが、三年生。この場面で出て来るというのは打撃に期待ができるのか経験を積ませるためかのどちらかだ。どちらにしても名門校の選手というだけあって油断はできない。


 初球は低めの速いストレートだが、ここは見送ってストライク。チャンスで初球から打ちづらい球を狙って凡退でもしたら愚の骨頂だ。流石にこの球には手を出してこない。


 二球目、緩い高めのストレート。ここを狙い撃ち、打球はピッチャーの足元に一直線。完璧なスイングだ、初めから高めを狙っていたのだろう。


 打球は黒絵の足元を抜け、二遊間に転がる。三塁ランナーはもちろん本塁に向かい、ここでファーストをアウトにできなければ一点。


 だが、ショートの鈴里は打球にギリギリ追いつき、グローブを出して捕球体制に入る。しかし、打球はセカンドベースに当たり、イレギュラーなバウンドをして鈴里の頭を越えようとしている。


 フワッとした打球。鈴里の頭を越えようとする打球がスローモーションに見える。


「「ショート!」」


 巧と司が同タイミングで叫ぶ。


 鈴里はそれに答えたかのように素手で頭上で舞っているボールを掴み、そのまま一回転しながら一塁へ送球する。


 タイミングは際どい。巧は息を呑んで審判のコールを待った。


「……アウト!」


 マウンド上の黒絵は胸をなでおろし、鈴里は小さくガッツポーズをする。際どい当たりだったバッターは悔しがっていた。


 ただ、これで三点差。逆転できない点差ではないが、少々厳しいところだ。


 攻守交代し、ここで相手のピッチャーは代わる。アンダースローの変則投手。球速自体は遅めだが、巧が監督に就任してからは対戦したことのないタイプだ。やはり名門校とだけあって手札は多いようだ。


「初球から焦らずにじっくりと見ていけ。ストレート自体は当てにいけるだろうけど変化球が混ざれば厄介になる。追い込まれればカットしていって出来る限り追い込まれる前に決めていこう」


 じっくり見ていけと言いながら追い込まれる前に勝負しろというのは若干矛盾してはいるが、巧から言えるのはこれだけだ。


 しかし、この回はあっさりと終わってしまった。


 八番に入っている棗から始まった攻撃、幸先良くフォアボールで出塁したものの、九番の鈴里と一番の光はいずれも進塁打。ツーアウト三塁の一本出れば一点返せる場面にはなったものの、その後の二番の太陽が三振。チャンスは作ったもののそういった形でこの回は終わる。


 逆に七回表は黒絵がピシャリと三人で終わらせる。


 三振から始まり、平凡なサードゴロ。次の打者も三振と前の回に比べると調子が上がって来たというところか。


 そんな黒絵から始まる七回裏の攻撃。泣いても笑ってもこの試合最後の攻撃だ。


 初球。ピッチャー下側、地面スレスレから放たれたボールは低めの緩いカーブ。タイミングが合わずに見送った球は外れ、ボール球となった。二球目は低めのストレート。これを見送るとストライクとなってワンボールワンストライクだ。


 三球目、黒絵は来た球を思いっきり引っ張り打球はレフト方向への大きな当たりだ。高めのストレート。それに対して思いっきりスイングした。


打球はレフトの頭を越える大きな当たり。全力のフルスイングと高めの球ということもあって飛距離は相当のものだ。恐らく地方球場であればフェンス直撃か場合によっては柵越えでホームランだったかもしれないという当たりだ。


 しかし、明鈴高校のグラウンドのレフトは深いため、結果はツーベースヒット。サッカー部の練習場所にもなっているためレフト方向は相当広い。どれだけ飛ばせばホームランになるのだろうというくらいだ。ライト方向にはホームランの条件があるのだが、レフト方向にはないということはそのうち考えていかなければならないが、今は試合のことだ。


 ノーアウトでランナーは二塁。一点差や同点であれば迷わずバントの場面だが、三点差ともなればランナーを送ってまでアウトカウントを増やしたくない。


 ここで四番の亜澄。長打はあるが打率はあまり高くない。単打でも次に繋げるバッティングをしてほしい。


 初球は高めの緩いカーブを見逃しストライク。これでいい。難しい球を無理に打っていかなくてもいい。慎重に球を選んでいけばいずれチャンスはある。


 二球目、今度もまた緩いカーブ。低めの大きく変化するカーブだ。


 亜澄はこの球に思わず手が出てしまい、空振りとなる。しかし、大きく変化したボールはホームベースを少し越えたところでワンバウンドし、相手キャッチャーはこれを後ろに逸らしてしまう。


「ゴー! ゴー!」


 セカンドランナーの黒絵に向けて巧を含めた全員が叫ぶ。黒絵は三塁に向かって全力疾走し、一時ボールを見失っていたキャッチャーがボールを持ったところですでに黒絵は三塁に到着していた。


「ナイスラン!」


 三塁コーチャーとして出ていた飛鳥に背中を叩かれ、黒絵は嬉しそうな表情を浮かべる。ノーアウト三塁、絶好のチャンスだ。ここでランナーを返すのが四番、亜澄の仕事だ。


 三球目、今度は高めのストレート、絶好球だ。ノーアウトながら三塁にランナーを置いてしまったことで相手ピッチャーも力んでしまっての失投だろう。しかし、亜澄もこのチャンスで体が強張ってしまったのか、打ち損じてレフト方向へのファウルとなった。


 声をかけるべきか。悩んだ巧だが、このような場面はこれからも訪れるだろう。ここは自分自身で打開するべきと考え、自由に打てというサインのみを送った。


 そして四球目。低めへの変化球、シンカーだ。右打ちの亜澄から見れば食い込んでくるような鋭い変化球、それに対して亜澄は上手く掬い上げ、ライト線への当たりとなる。しかし、上手く回り込んだ相手ライトの捕球され、ライトフライとなってしまった。


「ゴー!」


 ちょうどライトが捕球したところで、飛鳥の指示で黒絵はスタートを切る。相手ライトも負けじとバックホームするが、送球は若干逸れてしまい黒絵は生還、一点を返した。


「ナイスランだ」


 巧は黒絵にそう声をかけ、その後はチームメイトの祝福を受ける。足にはあまり自身のない黒絵だが、精一杯のプレーは誰もが認めている。


 対して亜澄は最低限の仕事をしたとは、やはり悔しい表情を浮かべている。巧も、「ナイス犠牲フライです」と声をかけたが、クリーンナップとして起用される亜澄には繋げるということを求めており、無闇に褒めることはしなかった


 ワンアウトでランナーがなくなった状況。ここで五番の七海がバッターボックスに入る。ミート力自体は一番を任せられる人材でもあるが、盗塁のことを考えれば他に任せられる適役がいるということで一番で起用したことはない。しかし、これから続く打順は七海、梨々香、司といずれも期待できる打順だ。七海が出塁できればまだまだチャンスはある。


 七海は巧の期待に応え、九球と粘った末フォアボールを選んだ。


 続く梨々香への初球、ストレートの際どいボール。これは外角高めの梨々香が得意としているコースだ。打ちにいったものの、ライト線へのファウルとなる。二球目は外角低めへのカーブ。これはしっかりと見送りボールだ。


 仕掛けよう。巧はサインを送り、梨々香はそれに頷く。博打にはなるが、チャンスを広げるためにも手は打っておきたい。


 三球目、相手ピッチャーが投球動作に入ったと同時に一塁ランナーの七海はスタートを切る。そして梨々香はボールに合わせ、右方向に転がした。


 ヒットエンドランのやり返しだ。


 しかしながら、打球は相手セカンドが横っ飛びで捕球し、一塁に送球。梨々香はアウトとなった。


 続く司はフォアボールを選んでツーアウトランナー二塁一塁。次は八番の棗だ。


 初球から甘い球をスイングしていったもののサード横へのファウル。二球目は内角低めへのカーブを見逃してストライク。三球目は大きく外れたボール球となったが、四球目のカーブを空振り三振であえなくゲームセットとなった。

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