第2話

 パーに抱えられたまま外に連れ出された。

「まーまー」

「まーДЕНО」

「あとぅ?」

「後ー」

「あとー!」

 移動中もやり取りは続く。

 その間になんとか、会話を試みようとしても口は動かない。当然手足も動かず目線すら変えられない。

(まるで体験型物語だな)

 外は木造の家が数軒と木々が生えていた。

「АБГДЕКО」

「ありゃう」

 連れられた先は井戸だった。井戸は共用物らしく女性数人と幼女が一人いた。

 近づくとこちらに気づいたようでそれぞれから声をかけられた。 

「ЁЖЗИКミィИКРФЦЧШЭЮ」

「РФЦЧШЭЮ」

「ぼー!」

 トテトテっと子供がこちらへやってくる。

「とー! とー!」

 ミィは離せとジタバタと体を動かす。

 パーは仕方ないとミィを地面に下ろす。

「とー!」

 開放されたミィは脇目もふらずに幼女に飛びつく。

おはようボーナン、ミィ」

「ぼー!」

 どうやらこの体はミィと言われる幼児らしい。

(!? この子が喋る言語は分かるのか)

「あらあら、ミィは私よりトモエの方が良いのかしら? 妬けるわねぇ」

 違った。先程まで分からなかった、パーの言語も今は分かる。

(原因は?)

 トモエは少し困った顔で「ポニーテールハルヴォストと髪色のせいだと、ミィには頻繁に髪を触られるので」

 言われてみれば、トモエの髪色は井戸周りにいる女性と違っていた。

「……それはごめんなさいね。いくら力が弱くても掴まれたら痛いでしょ? 躾が不十分ネエドゥキータ母親パトリーノとして申し訳ないわ」

(ミィが言っていたパーとは母親の事だったのか)

「最初はそうでしたが、最近は痛くないようにしてくれるので大丈夫ですよ。そういえば今日、ミィをお預かりするのって今からですか? アンジュ様」

「今はミィの洗顔にきたの、水瓶アクヴーヨが空なのを忘れててうっかりしてたのよ。預けるのは昼前位に家を訪ねるわ」

「あー、今日はおばあ様が厄介な作業ペルマーネをするらしく、手伝わないならペルマーネが終わるまで外にいるよう言われてるんですよ」

「……この話したの先週パスィントセマィネだったわよね? 何でまた当日に?」

「おばあ様が言うには、出来ないと思ってたペルマーネらしく、偶然条件が整った今日を逃すともう出来る日がないとかで、すいません」

「それほどのペルマーネならトモエも手伝った方が良いんじゃないのかしら? ミィの事なら、最悪連れて行く事も出来なくは無いから構わないわよ」

「それは大丈夫です。ペルマーネと言っても薬学ファルマツィーオではなく儀式ツェレモニーオなので、むしろ邪魔ヂェーノらしいので」

「ツェレモニーオなら尚更継承ヘレードしないといけないと思うのだけど」

「祭祀まで手に負えませんよ。私がヘレードするのはファルマツィーオだけで手一杯です」

「エイアも惜しいドマーヂョでしょうね。折角修めたアキリータ――」

「あーあー」

 少しでも判断材料になる情報を得たい所だが、幼児であるミィには退屈だったのだろう。目の前で揺れていた髪を掴み引っ張る。

「はいはい。ほっといてごめんねミィ? 一緒に綺麗にプリーギしましょうね」

 トモエは慣れた手付きでミィの手を取ると、体を正面に抱え、誰かが用意していた水が満載の桶に自分の手ごと入れた。

「たーい、たーい」

「そうだね、冷たいね? それじゃぶじゃぶ」

「じゃーじゃー」

「次は顔ね? ごしごし」

「しーしー」

 手を濯ぎ。少しの水を両手に取りそれでミィの顔面を拭う様にこする。

 そして、手早く布で顔を拭かれる。

「ほらプリーギ」

「ぎーぎー」

 トモエに洗顔をされるがままにしていたミィを難しい顔をしながらアンジュが見る。

「どうしましたアンジュ様?」

「……やっぱり私よりトモエに懐いてるみたいねぇ。いつもはもう少しぐずるもの」

「それはアンジュ様がパトリーノだから甘えてるんですよ。私は今みたいに、駄々をこねようとしても無理矢理進めるからそう見えるだけで、ミィはちゃんとアンジュ様の方が好きですよ? ねぇミィ、アンジュ様の方が良いよね?」

「あー!」

「ほら、ミィもそうだって言ってますよ」

(このトモエって子、もしや外見通りの年齢じゃない?)

 その疑念はアンジュも同じだったらしい。

「ミィと半回りも違わないのに凄いわねぇ」

「普通は身近なパトリーノが教えてインストルーイだったり補佐してくれたり」

「そうなのかしら?」

「そうなんです。けど、アンジュ様だと村人との距離感で」

 言葉の途中でトモエが顔を違う方へ向ける。釣られてミィとアンジュも同じ方向を見る。

 そこには、来た時は井戸周りでトモエと談笑していた女性達が少し距離を置きこちらを窺っていた。

 表情は不安そうだったり、そわそわだったりだが、誰もこちらに近づいて会話に加わろうとする様な素振りはない。

 ちなみにミィの体は小刻みに揺られていて、まるで揺り籠に乗せられてるようだ。

「なのでまぁ仕方無いとは思いますよ」

「難しいものね」

「私とおばあ様は余所者なので、そこの距離感は分からないので不快マルプレズーロでしたら謝罪パルドン ペーティを」

「もう一度言うけど、トモエは年に似合わず凄いわねぇ。アナタに全て任せたらミィも優秀エミネントゥーロにならないかしら?」

戯れをシェルツァージョ幼子インファンは好き勝手にのびのびさせるのが一番です。……私には色々あったせいでインファンの時間が無かったそれだけですよ」

「トモエ――」

「てい!」

 暗い雰囲気に成りかけた所で、ミィの平手打ちがトモエの顔面に繰り出された。

「ぶっ!? ちょ、ミィ!?」

「てい! てい! てい!」

 トモエの抗議を無視して何度も手が振るわられる。

「コラ、トモエがДЕЁЖЗИ」

 アンジュが慌ててトモエからミィを引き剥がす、すると理解出来ていた言語がまた分からなくなる。

(トモエとの接触が条件なのか)

「ЧШТХВГДЕЧШАБУЫФЁЩミィЪЫ」

「АБХГДЕВИПトモエЁЖРЙКЛМНОСТУФЧШ」

「ЖМНОСРЙГЛАЁБХЗИモШエУТФЧПト」

「ДЕВЛКНАОСЖМРЙЁХФБГЧЗТИモПト」





 会話を聞いた情報収集が出来なくなったので、改めて目覚めてから分かった事を整理してみる。

 場所は山、もしくは森の中にある村。

 家屋は大体が木造、一部石造。

 衣服は動物性か植物性か分からないが、毛皮ではなく布製。

 食事はまだ不明。

 生活用水は水瓶や共用井戸を使ってる事から上下水道ではない。

 ……上下水道ってなんだ? いや、今は関係ないからこの疑問は後だ。

 住民は単一種族ではなく多種。なにせ数人しか見てないのに違いが分かる。耳の位置だったり、形だったり。体毛の有無だったり多様に富んでいた。

 ちなみにミィ、アンジュ、トモエは髪色以外は同じ特徴をしていたので多分同種族と思われる。

 次に関わりがあると思える人物アンジュとトモエ。

 アンジュはそのままこの体の母親なのだろうが気になったのは、トモエとの会話や、村人の態度から、なんらかの隔意があり疎外されてるのかもしれない。家も井戸から少し距離があるようだし。

 トモエは、村の薬師見習いだろうか? 余所者と言っていたが、アンジュよりかは遥かに村人と良好な関係を築いてるように思える。それでアンジュ担当になってるとか……ここがそうとはまだ言えないが、閉鎖的な村ならありえるな。世知辛い。

 しかし今の自分には好都合だ、原因不明ではあるがトモエと接触していれば言語がわかる。

 言語が分からなくて難儀すると思った所にコレだ。都合が良すぎるとは思うが幸運だと考えよう。

 

 最後に今の自分について。

 体はミィと言われている子供。

 洗顔の時、水鏡になっていた桶で容姿は確認できた。

 水面に映っっていた顔は、全体は幼いながらも整っていて将来を期待できる感じだったし、髪はアンジュの面影が見える白髪だったが、目は父親に似たのだろうか黒色だった。

 端的に言って可愛い幼児だった。

 幼児、幼児かぁ、他人なら可愛いだけですむが、記憶が無いとはいえ分別がある意識には少々精神的負担が大きい。救いなのは今はまだ自分で幼児をしなくて良い事だろうか? 視聴覚が戻ってきたのだ、他の五感が戻ってくる可能性がある事を思うと最終的には幼児をしなくてはならないのかもしれない。

 ……ブサイクよりはいいか? 違うそうじゃない。もしかしたら、自分は幽霊みたいな状態でこのミィに取り憑いてる可能性もあるのだ。

 そうだとしたら遠くない内に成仏するなり、意識が霧散するなりするだろうと思うが、……根拠はないがそうはならない気がする。

 となると、最初に考えた五感が戻るとしてどうなる? ミィに取って代わるのか? それとも二重人格のように共生する事になるのか? はたまた取り込まれて融合するのか?

 どれもありそうで不安だが、取って代わる事にだけはなって欲しくないな。この体は紛うことなくミィの物であり、自分はなぜか間借りしている居候なのだ。

 であるならば、消える事やましてや融合する様な事となった時には自分が消えたりミィの糧になるのを祈るばかりである。

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母を探して右往左往 トーカ @Talker

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