母を探して右往左往

トーカ

第1話

 なにかひどく懐かしい声を聞いたがする。

(あれは誰だったか?)

 思い出そうとして驚愕した。

(……!?)

 声の人物? 分からない。声以外覚えがないか? わからない。記憶が無くなる程前に会った人物なのか? 分からない。今が何時か? わからない。ここがどこか? わからない。ここの前は? わからない。わからない。わからない。ワカラナイ。ワカラナイ。ワカラナイ。

 必死に記憶を探ろうとするが、何もわからない。自分の年、名前、性別、覚えていて当然の事がわからない。

 咄嗟に頭を抱えたくなったが両腕が動かない。

(拘束されている?)

 違う、そもそも体の感覚がひどく曖昧に思える。

(どう言う事だ?)

 何も分からず体も動かない。有りていに言えば途方に暮れた

 ……。

 何事も度が過ぎると返って冷静になる物らしい。

 そうなると考える余裕が出てくる。体が動かないのだから、考える事しか出来ないとも言う。

 取り敢えず、自分の事は置いといてもう一度思い出せる事がないか考えてみる。

 落ち着いて考えを広げると、多分一般常識と思える事等は思い出せた。

(……知識はある、分からないのは自分の事だけかな? それにしても)

 記憶が無いので妙な感じだがなんと言うか。

(こういう状況に慣れてる?)

 気づいた直後は慌てたが、だんだんとどうするべきか考えが浮かんでくる。

 いや、感覚的に言えば考えではなく思い出すと言った所か? あたかも手慣れた所作をなぞる様に。

 色々と疑問疑念は尽きないが、他に選べる事もなく導かれるまま思考の海に沈んでいった。





 事態が変化するのは思いの外早かった。

 突然、視界に木壁が映った。

(いや、これは天井だ)

 視界の端には窓と文机も見える、光の強さから今が朝方だと推測できる。続いて衣擦れや、多分鳥の鳴き声等も聞こえてくる。

(さっきのは夢だったのか?)

 一瞬そう思いかけたが、相変わらず自分の事は分からないままなので違うらしい。

(ん?)

 もう少し詳しく部屋を見ようと体を起こそうとするが、動かない。

(金縛――)

 自分の意志とは関係なく視界が揺れた。

(!?)

 視界は左右に揺れた後、後ろに行きそこにあったドアへと向かう。

 自分で体は動かしてない。だけど動いている。記憶が無いのに気づいた時とは別種の恐怖が湧いてくる。

 ドアの先は台所の様な場所だった。台所と断定出来なかったのは知識にあるそれとは違いが多かったからだ。

 最初に目についたのは窓と左壁に瓶や材質が分からない様々な物が並んだ棚、次は中央近くにある自分より背丈の高いテーブルと椅子が二脚。その先、右壁にはこちらを背に立っている人物と火は見えないが湯気が出ている鍋らしき物。髪が長い事から多分女性。

 女性は物音で背後に誰か来たと気づいたみたいでこちらに振り向いた。見えたのは優しい笑顔。

「ПСЧШЮ、ミィ」

 声も顔と同じ様に親愛に溢れていた。

「ぱー!」

 口から想像以上に高く幼い声が出た。

 体が女性に向かって動いていく。体はすぐ女性に抱え上げられ抱きしめられた。

「РЦЧЩЪЬЭ」

「ぱー!」

(まさか……)

 言語は理解出来ないが、傍から見たなら仲睦まじい親子に見える事だろうとぼんやりと思う。

 視界が戻った時から物の対比を妙に感じていたが理由が分かった。どうやらこの体は子供らしい。

(子供の中で意識だけあるのか!?)

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