お題「炭酸飲料」「カフェイン」

 炭酸飲料が好きだ。

 最近の健康志向とやらで、炭酸は槍玉に挙げられることも増えた。

 でもいいじゃないか。

 そりゃ、ダイエットをしたい人だとか、食への意識が高い人が飲むのは避けるべきだろう。ペットボトル一本に角砂糖が十数個入ってる、なんてのは有名な話だ。

 ただ、そんなことを気にしてあの刺激を我慢できるほど、わたしの意志は強くないのだ。まだ若いと言える歳だし、一応標準体型に収まっているし。

 何より、蓋を開けたときの弾ける音色がたまらない。

 この世界から炭酸飲料がなくなるのはずっと未来で、わたしはそれまで生きていない。体重が気になったなら、炭酸水に切り替えればいい話だ。

「――だから私は、炭酸を今日も飲むの」

「お前実はアメリカ人だろ」

 なんて失礼な。わたしとアメリカ人を同時に侮辱する発言だろう。

 わたしは純血の日本人だし、アメリカの人だってコーラばっかり飲んでいるわけじゃない。きっとドクターペッパーとかルートビアも飲んでいる。

「いやそれどっちみち炭酸だろ」

「細かいことはいいの!」

 友人のムギちゃんに向かい、頬を膨らませて威嚇する。

 いつもいつも、彼女はしれっと私の心を読んでは無粋に突っ込む。わたしはそこまで単純な人間ではないのにだ。きっとムギちゃんにはメンタリストの才能があるに違いない。

 彼女を見やる。

 セミロングにしたコーヒー色の髪と、眠そうな瞳が印象的だ。わたしと違って出るところは出ており、引っ込むところは引っ込んでいる。でも目の下にクマがあって、表情もあまり健康には見えない。

「それで? 今日何本目だっけ、それ」

「うーん、五本目かな」

 現在お昼ちょっと過ぎ。

 まあ我ながらハイペースだとは思うけど、この生活を続けて病気になったことは一度もない。私が特殊な体質なのか、それとも炭酸飲料が身体に悪いというのは虚構だったのか。

「……お前、糖尿になるんじゃないか」

「だって仕方ないじゃん! 喉が渇くんだもの」

「手遅れだったか……」

 む。

 喉が渇くからって糖尿病とは、安易な決めつけが過ぎる。

 犯罪はアニメやゲームの所為だ、っていうくらい愚かしい意見だろう。

「そういうムギちゃんだって、人のこと言えないよ」

「なんでさ」

「だって、いっつもエナジードリンクとかコーヒーとか飲んでるじゃない」

 彼女の手には、今もエナドリが握られていた。黒い缶に、緑の爪が描かれているアレだ。確か朝にも翼を授けるやつを飲んでいたはずで、カフェインと糖質の摂りすぎである。

「糖質はお互いさま……っていうかマイの方が多いだろう」

「じゃあカフェインは?」

「いや、私紅茶とか緑茶とか烏龍茶も飲むし」

「全部カフェイン入ってるよ! ……っていうか、全部チャノキ由来じゃない」

 もはや、わざと言っているとしか思えない。

 ばつの悪そうな顔をしている彼女からは、どこか危なげな印象を受ける。今にも倒れ込んで眠ってしまいそうというか、ふわふわしているというか。

 眠いからカフェインを摂っているのか、カフェインの摂りすぎで耐性ができたから眠そうにしているのか。彼女がピルケースにカフェイン錠剤を携帯しているのを、私は見逃していない。

「とにかく! あんまりコーヒーとか飲み過ぎない!」

「だからマイに人のこと言えないって……というか、私がカフェイン摂ってもお前は困らないだろ?」

「そんなことないよ!」

 そんなことはない。

 確かに、ムギちゃんが食べるもの飲むものが、私の身体を作っているわけでもない。だから直接は困らないのだ。

 でも。

「だって、ムギちゃんが死んじゃったらイヤだもん……」

「……は?」

「前、エナジードリンクの飲み過ぎで死んじゃった人がいたじゃん」

「ああー」

 それで彼女は理解してくれたらしい。

「つまり、私がカフェイン摂りすぎて早死にするかも、ってか?」

「うん」

 私はムギちゃんとまだまだ仲良くしていたい。

 ずっと隣で過ごしていたい。

「………………」

 二人の間に会話はない。

 しばらくの沈黙が過ぎて、最初に口を開いたのはムギちゃんだった。


「……私だって困る」

「え?」

「私だって、マイが砂糖摂りすぎて太ったら困る」

 これはまさか。

 わたしに炭酸を飲むなと言っている?

 なぜ? どうして?

「その……だな、やっぱりマイはちんまいのが可愛い」

 別に貶してるわけじゃないぞ、とムギちゃん。

 ……もう、バカだなぁ。

「今太ってないんだから、これからしばらくは太らないよ」

「そりゃ私も同じだ。今死んでないから、量増やさなきゃ問題ないだろ」

「駄目なの! エナジードリンクは元気の前借りなの!」

「な!? 何の根拠があって……所詮は砂糖とカフェインの塊だぞ?」

 確かにそれはそうなんだけど。

 でも、たくさんの人が身体に悪いって言ってるからきっとそうなの!

「みんなが言ってるから正しいって、それはいじめとか差別の始まりなんだからな!」

「ムギちゃんは話を大きくしすぎだよ!」

「お前だって似たようなこと言ってたじゃないか!」

 むきー、と二人でにらみ合う。

 そういう一幕が、高校時代のとある昼休み。



 誰かが見ている。

 斜め後ろ、窓際の席から冴えない男子生徒が、ぼんやりとやりとりを眺めている。

「………………」

 彼は興味なさげに二人を見ながら。

「結局アイツら、似たモン同士だよな」

 そんなことを、ぽつりと漏らした。


「今日も仲のよろしいこった」

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