お題小説

nago

お題「ケーブル」

人生は長いケーブルのようなものだ、と誰が言ったような気もする。

 うんざりするほどにその道程は続くし、いやと言うほど絡まってしまう。

 まあご存じの通り、これは私が勝手に造った格言である。

 何かうまいことを言おうとして、結果として訳が分からなくなるのは、私の悪癖と言えるだろう。

 そもそも、なぜこんなことを言い出したのか。

 それは私の、ケーブルのような人生を思い起こす機会があったからに他ならない。

 とりあえず形式的に、こう綴っておこう。

 理由はなんとなく格好良いから。


 ――ケーブルの多い生涯を、送ってきました。



 私の一日は、イヤホンのケーブルを解くことから始まる。

「あちゃー、また絡まってるよ」

 理由は単純。

 昨日イヤホンを、布団の上にほったらかしていたからだ。

 私はさんざ寝返りを打ち、その度に青色のイヤホンは巻き込まれ絡まっていった。毎日のことなので、もう慣れっこだった。

「うーん……」

 寝る前に音楽を聴くのはやめた方がいいか、なんてことを考える。

 いや、私の安眠に就寝前の音楽は欠かせない。ゆったりとした音楽をぼんやりと聴いていると、いつの間にやら眠たくなってくる。そうしたらプレイヤーの電源を切って、イヤホンを適当に投げ出せば、目が覚めるのは翌朝だ。

 そして、眠いときはまともに身体が動かないもので。

 布団の外に投げ出したと思ったイヤホンが、追放されていなかったというのはよくある話だ。少なくとも私の中では。

 さて。

 時計を見ると、ぼちぼち良い時間だ。

 さっさと朝食を摂って顔を洗って髪を整えて、大学へと行かなければならない。


 ガタンゴトン。

 電車に揺られている。

 毎度のごとく、七時台の電車内は異様に混んでいた。乗車率にすれば二百パーセントくらいだろうか。辛うじて週刊誌は読めるくらい。

 異様に、と銘打ってこの程度かと思うが、それは私が地方住みだからだろう。高校までは電車に乗る機会などほぼなく、満員電車など知る由もない。東京あたりだと、冬でも寒くないレベルで押しくら饅頭をしているというから驚きだ。痴漢とその誤認逮捕の件数もうなぎ上りらしく、東京には住みたくないな、とつい地方住みの僻みが出てしまう。

「いやまあ、私は一応痴漢される側か?」

 ぽつり呟いて訂正する。

 今のはジェンダーに侵された発言だった。

 女性だろうと男性だろうと、痴漢されるときはされるし、するときはするものだ。となると、女性専用車両もまた、気の休まる場所ではないのかも。

 そんな取り留めもない、終わりも目的もない思考は、ぐるぐると巡り巡る。それこそケーブルを思わせるように、当てもなく彷徨っていた。

 イヤホンからはアップテンポの曲が流れ、常に鼓膜を震わせている。結局、今朝のイヤホンは絡まってほどけなかったので、仕方なくスペアを使っている。

 そしてそうこうしているうちに、電車は大学前の駅に辿り着いた。

 幸いというべきか、痴漢されることはなかった、ということを伝えておこう。


「おはよー」

「おはよー」

 山びこのごとく、あるいはオウムのごとく。

 投げかけた声は、投げかけたままの調子で帰ってきた。

 唯一違うとすれば、その声と声の主が異なるくらいか。

 何らかの太いケーブルをまたいで、学友の下へと歩いて行く。おそらくマイクやらプロジェクターやらの配線、それらがまとめられ一本の太いケーブルを織りなしている。そのケーブルの中にも細かい線で無数の平行線が描かれているだろうから、まあなんというか不思議な気持ちになる。あとは「配線をするのは大変だったろうな」くらいか。

 その後もやってくる友人たちと挨拶を交わし、私の大学生活は過ぎていく。


 お昼ご飯。

 自分で昼食を用意するのが面倒で、私はいつも学食を利用している。

 本日のメニューはミートソーススパゲッティ。ある意味これもケーブルと言えなくはない。無数のケーブルに朱色と肉そぼろが絡まって、なんとも食欲を刺激する。

 ……いや、今の書き方だと刺激されないな。

 空飛ぶスパゲティ・モンスターに食欲を感じるくらい無理な話だ。私にとって例の宗教は「ケーブルじみたものを信仰する怪しげな集団」でしかない。そしてその評価は、おそらく本人たちも否定しないだろう。

 閑話休題。

 まあスパゲッティコードもスパゲッティサラダも、今の私にはさして関係がない。どうでもいいケーブルは意識の外に追いやって、さあ腹を満たそう。

 いちごパスタって美味しいのかな、とそれだけの思考が浮かんだ。


 お昼の教養科目で、人の神経の周りにはミエリンという絶縁体がある、と学んだ。

 まるでケーブルだな。


 一日の講義は全て終わり、家路へと。

 電車は行きほど混んでおらず、ゆっくりと車窓を眺めることができた。

 街を往く電線に、遠くに見えた吊り橋のロープ。

「あれはあれで、ケーブルか」

 残念ながらケーブルカーは見えない。そもそも私は、ケーブルカーを実際に見たことがない。あれは確か、ごく一部の地域でしか運行していないんじゃなかったっけ。

 家に辿り着き、ネットの速度が遅かったのでLANケーブルを抜き差ししてみる。ああ、これも名前通りケーブルだったか。


 私の身の回りには、ケーブルが満ちている。

 そんなことを考えながら、イヤホンと音楽プレイヤーをたぐり寄せた。

 知恵の輪じみた、絡まったイヤホンというケーブルは、案外簡単に解けてしまった。やはりパズルの類は、時間のない朝にやるものではないな。

 そしてケーブルの先っぽを耳の中に挿入し、スローテンポの曲を再生する。

 そのままふわふわした感覚を味わいつつ、私は眠りに落ちていく。

 ――ああ、今日もケーブルな一日だった。

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