二十余時間マラソンの最大完走者
ちびまるフォイ
ラン ウィズ ラン
「3! 2! 1! スタート!!」
号砲とともに二十余時間マラソンがはじまった。
スタジオではアナウンサーが応援をしながら歌を歌っている。
そしてこの先に待っているのは感動のゴール。
(なんとしても走りきってみせる!)
と固く心に誓った。
しかし走っていると妙に気になることがある。
足音が明らかに1人分多い。
周りを囲んで一緒に走るスタッフとは別にもう1人。
休憩所に入ると息を整えながら思い切って確認してみる。
「あのさ、誰かついてきてない?」
スタッフや取材陣は訳知り顔で「ああ」と答えた。
「おっかけですよ。二十余時間マラソンをしていると
本当に走っているのか確かめようと
ランナーの後ろを追走してくる人がいるんです」
「へぇ……。でも今回はずっとカメラ回してるんですよね?」
「はい。最近は不正にテレビも厳しいですから。
途中で車使ったりしていないと証明するためずっとカメラで撮影しています」
「ずっとライブ中継されているなら確かめなくてもいいのに……」
「テレビに映りたいんじゃないですか?」
休憩所を出て二十余時間マラソンが再開する。
振り返るとそれこそ視聴者にストーカーの存在を教えるようなものなので
さも誰も居ないかのように自然な状態で走り続けた。
ときおり、道路にあるカーブミラーなどで後ろのストーカーがいることを確認する。
(まだ着いてきているよ……)
最初からずっと着いてきていることにだんだんと気味悪さを感じ始めた。
こっちはこの日のために専用のトレーニングをして望んでいる。
映りたがりの人がここまで追走できるだろうか。
映るのなら単に横切ったりしてしまえばそれまでじゃないか。
「ま、まさか……どこかのタイミングで刺そうとしてるのか……!?」
一度そう思い始めてしまったら、そうとしか思えなくなる。
カメラ以外の並走スタッフが持ち場を離れたタイミングで後ろからブスリ。
最近ニュースでそういう通り魔事件を見たような気もする。
「芸能人さん? ペース早くないですか?」
「み、みんなが待っている会場に早く着きたくって。あは、あははは……」
ペースを上げて振り切ろうとするがストーカーは一定の距離を保って着いてくる。
「ちょっとこっち回ってもいいですか?」
「遠回りですよ? あ、ちょっと!」
「ふんぬぉぉぉらぁぁぁあ!!」
全速力で引きちぎろうとしたがストーカーは離れない。
「な、なんなんだよいったい……はぁ……はぁ……」
次の休憩所でペースを乱してガタガタになった体をいたわりながらも
頭の片隅では延々とついてくるストーカーのことを考えていた。
「な、なぁ。ずっと着いてきているストーカーがいるのわかってる?」
「追走者のことですか?」
「ああ。スタートからずっと一緒に走ってくるんだ。怖いよ。
なんとか排除してくれないか? 心配で走りに集中できないよ」
「そう言われても……。今回の二十余時間マラソンのテーマはご存知ですか?」
「地球がアイアイを救う、とかだったっけ?」
「"見えない力が地球を救う"です。
自分が普段意識していない人にも感謝をしようというテーマです。
なのに追走している人を力づくで排除したら、視聴者に冷められちゃうでしょう」
「寝静まっている深夜帯にこっそりなら……」
「ダメです」
「CMの間に」
「ダメです。変化に気づかれたらどうするんですか」
「じゃあ、ずっとこのままかよ!?」
「気にしないで走ってください。視聴者も我々もあなたの泣き言は聞きたくない。
馬車馬のように走ってゴールして感動を届ける自動走行ロボにでもなってください。
忘れた頃に、追走者も疲れていなくなっているはずですよ」
「今俺だいぶ人権なくなってない?」
ふたたび休憩所から二十余時間マラソンは再開した。
その後もストーカーはあきらめずに着いてくる。
最初は未来から来たターミネーターかと思っていたが、
ゴールが近づくにつれ走行フォームが乱れてきたことから人間だとわかる。
(あっちも疲れてるんだな……)
街頭からは通り掛かる人から「頑張れ!」とかの声援が飛んでくる。
でもそれはどこか遠い場所からの応援で、本当の意味で俺の状態をわかっているわけではない。
今どれだけ疲れているのか。
足がもう感覚がなくなっている。
腕は振っているのかぶら下がっているのかわからない。
そんな極限状態にも関わらず「頑張れ」と言われても響かない。
すでに頑張り倒しているから。まだムチを振るうというのか。
それに比べて……。
(あいつ……まだ着いてきている……)
ミラー越しで見るストーカーはすでに限界。
腕も足もバラバラになりながら必死の形相でただ着いてきている。
本当の意味で俺の辛さをわかっているのはこいつだけかもしれない。
「まさか……最初からそのつもりで……!?」
声なき応援。
二十余時間マラソンを走り続けていてもひとりじゃない。
俺にはずっと同じだけの苦しみを味わい続けている同志がいる。
それをただ伝えるために走ってきていたのか。
「あっ!」
次のカーブでミラーを見た時にストーカーの姿はもうなかった。
反射的に振り返ると道路に倒れていた。
「芸能人さん! ゴールこっちですよ!?」
「急いでください! もうスタジオで歌はじまってます!」
「場が持たなくて今カラオケ大会みたいになってます!」
「ちょっとまって!」
来た道を引き返してストーカーに駆け寄って肩を貸す。
「おいゴールはもうすぐだ」
ゴール地点の会場に入ると観客から拍手と歓声があがったが
全然知らない一般の人と一緒にいるのを見て水を打ったように静まった。
俺はお構いなしにスタッフとともに、ストーカーを連れてゴールテープを切った。
「え、えーーっと……。ゴールおめでとうございます。
二十余時間マラソンを一番頑張った人には募金額がすべて与えられるんですが……」
アナウンサーは気まずそうに辺りを見回す。
カンペには「一般人を排除しろ」と書かれ、警備員が無線で連絡を取り合う。
俺はアナウンサーからマイクを取った。
「みなさん少しだけ話しを聞いてください。
この人はスタートからずっと私を追いかけ続けてきました」
会場はしんと静まる。
「カメラには見切れていたかもしれませんが、私は知っています。
私にはともに走るスタッフや沿道で応援してくれる人がいました。
ですがこの人にはなんの後ろ盾もないのにずっと走り続けていたんです!!」
会場からはまばらに拍手が生まれ始め、徐々に大きくなっていく。
「二十余時間マラソンは一番頑張った人こそ報われるべきです。
予定調和の感動を届けるために私は走ったのではありません!!
今回のマラソンの中で、一番苦労してキツかった人こそ
ここで募金額すべてを受け取りみなさんに称賛されるべきです!
そこに一般人も芸能人も関係ありません!!」
拍手は一層大きくなり、感動の嵐が会場を包み込んだ。
自然発生した歌が観客とともに合唱され、集まった募金額が授与された。
そして、二十余時間クソ重いカメラを持ちながら走り続けたカメラマンは募金額を受け取った。
二十余時間マラソンの最大完走者 ちびまるフォイ @firestorage
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