③
そう言って指差したのは、ジグムントとゲルトが立っている十字路の先。
馬車が一両通るので精一杯くらいの道の両脇に、見るからに人が住んでいなさそうな二階建ての住居が所狭しと並んでいる。真昼間ということもあって陽光がしっかりと差し込んでいて、奥の方もよく見える。それでもどこか陰気臭い街区だ。
「付いてきちまったな」と言わんばかりにウィンクして見せる青年の様子に、少年が腹を立てるのは当然だろう。
「ちくしょう、騙しやがったな!」
「まあまあ良いじゃねぇか。給金はたんまり弾むって」
「さっきから給金給金って言うけどよ、盗賊退治で臨時収入そんなに入んのかよ?」
虫の居所が悪いのは隠さないまま、青年にじとーっとした目を向けるゲルト。
そう言われると、また説明に困るなと先ほどと同様の仕草をするジグムント。
「まぁ、盗賊退治それ自体が目的ってわけでもないんだが……。ガキのお前にゃ分からない大人の事情ってのがあんだよ」
「なんだよ、馬鹿にしやがって! 教えろよ」
また
「そういや、お前。なんで騎士団が盗賊狩りをしたがらないのかって言ったよな」
「……ああ」
ガキとは言っても、それなりに分別は付く少年は思いの外すぐ静かになった。
そんなゲルトにジグムントはある問いを投げかけた。
「それと関わる話なんだが……。お前、災厄の皇子って知ってるか?」
「災厄の皇子? ……よく知らねぇけど、とにかくこの帝都じゃ皆から嫌われてるって話だろ。
思いがけない単語に少し考えながらも応える少年だったが、一体そのことと何の関係があるのかと全くつながりが掴めていない様子だった。
「けど、その廃太子が盗賊退治とどう関係あるんだよ?」
「そいつがこの街区に住んでるって話だ。恐らくだが、騎士団は災厄の皇子を恐れて
この街区には近寄れない。だが、放置しておけば周囲の街区で犯罪が起こるし、治安も悪くなる。かといって大規模な掃討戦をやりゃ、逃げた盗賊共が他の街区でやらかすかもしれねぇ。結局は市政と盗賊共のいたちごっこなんだよ」
「……そんじゃ、打つ手無しじゃねえか」
ジグムントの話を聞いて、ゲルトは弱々しい一言を漏らす。
すると青年は唐突に少年の肩を掴んで、にかっと白い歯を見せて言った。
「ようはやり方次第ってわけよ。俺達二人みたいに少人数で攻めりゃ、盗賊共は怖くて逃げ出すなんてしねぇ。だが、そこで俺達がばったばったと敵を薙ぎ倒す。そして適当に片付けたところで引き揚げりゃ、奴らは恐怖で委縮する。次はいつ、どんな手練れが来るんだろうってな。そうすりゃ向こう数か月は下手に動けないだろうさ!」
それはあくまで皮算用であるとジグムントも分かっていた。しかし重要なのはそこじゃない、ゲルトをその気にさせることだと知っていた。実際、堂々と言ってのけた青年の言葉に、少年の目には輝きが戻っていた。
「なるほど、流石はジグムントだ! 仕方ねえから俺が付いて行ってやるよ!」
そう言って鼻を鳴らして得意げなゲルトに、とんでもなく単純な奴だなと自分がやったことながら心配になる。ともかく、役者は揃った。
ジグムントは盗賊共が棲む街区の方に向き直って、舌なめずりをする。
それから顔をキメて、こう言うのだ。
「ここか……」
しかしすぐに横からツッコミが入る。
「どこかなんて知ってた癖に」
「雰囲気ってもんがあんだろ! これから戦うんだからよ!」
茶化すような少年の言葉に、ジグムントは顔を真っ赤にして怒る。
どっちがガキだよとゲルトは独り言ちる。……さて。
彼らがまた何遍か言い争いをした後。
一軒一軒、盗賊共がいないかどうか探る為に二人は街区に入ってすぐのところにある住居の前に立った。どこにでもありそうな、二階建てで石造りの家だ。
「そんじゃ、仕事を始めますか」
青年がそう言うと、ジグムントは家のドアノブに手をかける。そして回す。
……鍵はかかっていないようだ。それから二人で家の中に入った。
そこには、何の変哲もない居住空間が広がっている。小さなテーブルやチェスト、倒れた花瓶や散った花びらが目に映る。テーブルの上に、幾つかの……酒瓶も。
そして、人の気配は――――あった。
「「ッッ……!!」」
二人が一斉に振り返る。目にするのは、ドア裏に潜んでいた三人の盗賊。
それぞれナイフを持って、目を剝きながら少年と青年の方へ向かって来る。
だが。彼ら二人の表情は、獲物を見つけた狼のようだった。
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