サレドセカイハナガラエテ(5)


               ※


 いきなり斬り合い始めたテンのお兄さんと異形腕のイクサ。

 まこちヤレヤレじゃけど、お兄さんはウチを守ろうとしてくれたんだから、まあ、悪い気はせんね。

 などと頬をゆるませとったら、何ね? あっと言う間に終わっちょる。

 あの異形腕のイクサ……その異形腕は、お兄さんに斬り落とされたみたいじゃけど、その割りに平気そうに笑っとるね。


「……ようわからんけど、喧嘩せんで済むんならそれがよかと」


 ウチは男さんたちの寸劇を傍目に歩き出す。

 向かう先はメリーゴーランド。今はもうよう回らんごなったそれの、白馬の一頭にチョコンと座しとる幼い少女がおる。



 歩み寄って見れば、その子はペコリとお辞儀してきた。

 小さいのに礼儀正しい子やね。

 感心しつつ、ウチも笑顔で一礼を返す。


「こんにちは、人間のお嬢ちゃん」

「こんにちわ……あなたは、キツネさんですか?」


 キョトンとした表情、大きなとび色の瞳をクリクリに見開いて見つめてくるのが愛らしいやーらしか


「ハズレ、狐じゃなかとよ。ウチは猫さんですニャ♪」


 左手を猫招きっぽく顔の横で揺らして見せる……けど、これはこれでキツネっぽくも見えるとね? まあ〝ニャ♪〟ってつけとるし、わかるやろ………………わかるよな?

 一応、尻尾も見せとこか。


「ほらほら、狐みたいにフサフサやないけど、毛並みじゃ負けとらんよ」


 自慢の七尾を伸ばして、お嬢ちゃんの頬やら頭やらをモフってやる。

 ……ありゃ? モフるいうのは逆の意味じゃったかね? まあよか、やーらしいもんを愛でるんは同じやろ。

 うりうりと弄り倒してやれば、お嬢ちゃんはくすぐったそうに身をすくめつつも、楽しげに笑うてくれる。

 うん、老若男女、笑顔が一番っとね♪


「ウチは化け猫のナナオいいますよ。お嬢ちゃんの名前は?」


「クルミ」


「じゃあクルミちゃん、クルミちゃんは、あのデッカイ色男さんのお連れさんかニャ?」


 ニッコリ問い掛ければ、クルミちゃんは不思議そうに首を傾げた。


「オツレサン?」

「んーと……あのデッカイのとお友達やっと?」

「カイナは、クルミをたすけてくれたの。それから、ずっとまもってくれてるの。ネコさんは、オヒメサマなんでしょう?」


 話の流れの唐突さにちかっと戸惑いつつ……。

 お姫様……っちゅうてもねえ。何だか、キラキラした夢見る乙女な眼差しで見つめられとるけど。んー、影姫は冥府の姫神なのは確かじゃけど、小さい子が憧れるようなお姫様とは、だいぶ違うんよね。


 どう言ったもんかと考えとったら、クルミちゃんはそのちっさい手で白馬の硬いたてがみを撫でて笑う。


「カイナがね、ネコさんをみていったの。〝カゲヒメサマなら、このウマさんうごかせるかも……〟って、それで、クルミをここにのせてとんでっちゃったの」

「これ……って、メリーゴーランド?」

「うん、うごいてなくてザンネンって、クルミがいったら……」

「……ああ、そういうこつね」


 それがあっと言う間に勝負になっとるんやから、まこち武士さんの脳筋ぶりには笑うしかないとね。


 ウチは苦笑いつつ、男さんたちを遠間に見やる。

 ……ん? 何ね? あのカイナいうイクサさんが、ウチのお兄さんに平伏しとる。両手……じゃのうて左手をついて、深々と頭を下げた土下座の姿勢。ちかっと眼を離したスキにどういう急展開?


「……何かようわからんけど、ごめんなさいなあ」


 とりあえず、傍らのお嬢ちゃんに謝罪する。


「ウチのお兄さんが、そっちのお兄さんの右腕、斬ってしもうたわ」

「だいじょうぶ、あの〝みぎうで〟は、カイナの〝みぎうで〟とはちがうっていってたから、きられてもへいき」


 言葉の通りに平気な顔で頷き返してきた。


「カイナはね、〝みぎうで〟をさがしてるんだって。なくしたのか、だれかにとられたのか、おぼえてないっていってた。だから、つよそうな〝みぎうで〟をみたら、とってつけちゃうの」


 憶えてない。記憶にない。

 黄泉返ったイクサが、生前の記憶を完全に憶えていることは稀、たいていは部分的に欠けてしもうとるのが多い。

 その理由は冥府を巡ったゆえの劣化欠損じゃったり、因果にまつわる記憶ゆえに自ら忘れ封じちょったり、イクサによって場合によりけり。ウチのお兄さんみたいに、全部忘れるいうんが特殊な例やっと。


 けど、あのカイナいう名のイクサ……記憶はともかく、右腕がない?

 確かに、さっきまで生えとったゴツイ腕はいかにも不自然な、後から接いだ感バリバリの異形ぶりやった。

 右腕がないから、屍鬼の腕を奪って接いだ?

 イクサは、負傷しても鬼火さえあれば再生する。それこそ、腕を斬り落とされても繋がるし、例え斬られた腕を焼き尽くされようと、時間さえ経てば切断面から復元再生する。それが不死の怨霊鬼〝ヨモツイクサ〟。


 なのに────。


「イクサなのに、右腕がない? 黄泉返っておきながら、前世での肉体の損傷を引き継いどるとね?」


 そんなイクサは知らん。少なくとも、ウチが知る限りおらん。

 イクサが黄泉返る時、その肉体は影姫が鬼火を素材にして新しく造り出すんやから当然よ。わざわざ負傷をそのまんまに造る意味なんぞない。

 それとも、元々から右腕のない身体を素体にした? ウチのお兄さんみたいに、人間の肉体を素にして黄泉返ったんじゃろうか?


 ……まあ、考えるにしても情報が少な過ぎっとね。


 今は、この生存者の少女の安否を案じるのが最優先やろ。わからん謎はひとまず置いといて、改めてクルミちゃんの様子を確認する。


 どうやら、ウチが感じとった気配の主っぽいとだけど────。


 廃墟をさまよっているにしては身綺麗な格好。身に着けた衣服はくたびれてはいるけど、ちゃんと洗われとる。顔や手脚に汚れはないし、髪も多少荒れてるけど一応は櫛を入れてあるみたい。

 クルミちゃん本人も言う通り、あの隻腕のイクサは、少なくとも大事に扱っとるみたいとね。


 子供を守っとる。なら、あれは悪いイクサじゃあないとやろ。

 なら、まずはひと安心と微笑みごちる。

 そんなウチの顔を、クルミちゃんがジッと見つめてきた。


「あのカタナのひとは、ネコさんのおにいちゃんなの?」

「んー? そうよ、ウチのお兄さん。けど、兄妹っち意味とは違うよ? 愛しい愛しいウチの良人さんや」

「……りょうじん?」

「……あー、言葉が難しなあ……えっとな、簡単に言うと、ウチはあのお兄さんのお嫁さんやっと」

「おー、およめさん。それはステキなことだとおもう」


 瞳を真ん丸に輝かせてコクコクと頷くクルミちゃん。

 あはは、本当にやーらしい子やね。

 思わずその頭をナデナデしたげたら、クルミちゃんはくすぐったそうに眼を細めながら、向こうのイクサ三人を見やった。


「クルミも、おにいちゃんのおよめさんにしてもらうヤクソクしてた」


 いかにも幼い少女らしい台詞。

 けど、その眼差しはやけに遠い。それこそ、叶わぬ夢を語るような瞳。


「でも、おにいちゃん、ずっとかえってこなくて。だから、ずっとさがしてたの。……それで、やっとみつけたとおもったんだけど……」


 どこか達観したような、幼さに似合わぬその瞳が見つめているのは、向こうに立つ黒衣に白羽織のイクサ、ウチの愛しいお兄さん。


「……もしかして、ウチのお兄さんが、クルミちゃんのお兄ちゃんやっていうとね?」


 我ながらややこしな言い回し。

 けど、クルミちゃんが首を横に振ったのは、質問がわからんからと違う。よう理解した上での否定やった。


「ちがう。おにいちゃんのカオをしてるけど、あのひとはおにいちゃんじゃないの。クルミはおにいちゃんがダイスキだもの、だからわかるよ」


 お兄ちゃんの顔をしてる? テンのお兄さんが?

 姿は同じ、でも別人。

 つまり、肉体は兄だが、魂が違う……ちゅうこと?


「カイナが〝みぎうで〟とられちゃったみたいに、クルミのおにいちゃん、ネコさんのリョウジンさんに〝からだ〟をとられちゃったみたい」


 困っちゃったねえ……って感じで、首をかしげるクルミちゃん。


 ああ、なるほど────。


 状況は理解できたけど、それをこの子にどう言えば良いのかようわからんで、ウチは思いっきり考え込んでみる。


 ……けど、こんなのどう言うたって穏便にはでけんとよ。


 それでも、どげんかして説明してあげんといかんよね。


 ウチは覚悟を決めて深呼吸。

 とりあえず、今度シズカに会ったら引っぱこうと決意しつつ、クルミちゃんに向き直ったとです。


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