テンジョウテンゲニユルギナキ(3)
新たな二刀が仕上がったのは、十日あまり後のことだった。
右手に握った大刀を数度振ってみる。
続いて、左手に握った小刀も同じく。
刀身の長さや反りはほぼ以前の二刀と同様。重さは、少し軽いか?
引き金の感触、カラクリの制動、柄を握った感覚。
それらの全てが、死した二刀が黄泉返ったかのごとく生き写し。
違うのは、刀身に宿るその色彩だ。
大刀の方は夕暮れのごとく朱く、小刀の方は晴天のごとく青く、淡い輝きすらまとって煌めいている。
「正直、気は進まなかったがな。影姫様に頼まれちゃあ、オレ様も逆らえねえ。約束通り、全身全霊を懸けて打ち上げた」
雲井殿がいかにもウンザリと吐き捨てる。
「大刀の銘は〝
頭巾から覗く双眸は、声音の通り苦みに歪んでいた。
自分は緋水の二刀を鞘に収めると、雲井殿に向き直る。座して姿勢を正して、深く一礼した。
「かたじけない」
「おう、今度こそ、次はねえぞ」
鋭い警告に、自分は重ねて一礼を返して、立ち上がる。
サダメとスズメは数日前に旅立っていた。
ただでさえ足止めを食っていたのだ。これ以上のんびりはしていられないと。橋を越えた向こうへと先行している。
武具が完成した今、自分も後を追うつもりだが……。
雲井殿のアトリエを出る。
橋に続く街路に差し掛かったところで、自分は歩を止めた。
橋のたもと、外壁柵に腰掛けたひとりのイクサ。
新調した赤備えに身を包んだ真田信繁だ。
その手には銀色の長銃槍〝谺〟。同じく新たになった銃身を磨きつつ、各部の動作を淡々と、丁寧に確認している。
以前の狙撃特化した形態から、槍としての立ち回りも想定した形に改造されているらしい。実際、ストックや弾倉は可能な限りコンパクトに、全体のフォルムが細くしぼられている。
「本気で、一緒にくるつもりか? 真田殿」
再度確認すれば、赤備えのイクサはコクリと頷いた。
「ああ、どの道、それがしもアテがある身ではない。成り行きで加勢した黒羽根の姫もどこぞへ去ってしまった。それに、貴様らはこの現世の混乱を治めるのが目的なんだろう? それは、それがしも同意できる理だ。何より、貴様は中々に面白い
「……?」
「端的に言えば、気に入ったので友になりたいということだ」
「そう……か」
率直な言に、自分は少し戸惑う。
同年代……と言って良いものか微妙だが、ともかく、家名や役目などのしがらみがない、普通の友人関係というものには慣れていない。
「否、そうでもないか……」
サダメのヤツは、友と呼んで問題なかろう。
「いかがした?」
「何でもない。ともかく、これからよろしく頼む真田殿」
「……ふう、それがしが言うのも何だが、堅いな貴様。旅の道連れだ、そのように堅苦しい呼び方は肩が凝る。真田でも信繁でもホムラでも、好きに呼び捨ててくれ。だいたい……」
銀銃槍を肩に担ぎ上げ、あきれとからかいとが半々という笑みで身を乗り出してきた。
「貴様、あの獣耳の影姫にも〝殿〟をつけているであろう? それはあまりに余所余所しいのではないか? 好いた
そう言い切る姿は、何であろう?
思っていたよりも少し、軽薄というか……。
「オヌシ、口調ほど武士っぽくないのだな」
「ん? そうか? まあ確かに、貴様の武士っぷりには敵わぬよ」
自分は溜め息も浅く、橋上を進む。
真田も柵からヒョイと飛び降り、横に並んだ。
視線の先、路脇の柱の上には、件の影姫様が蒼髪をなびかせつつ杯をあおっている。
こちらの姿に気づいた彼女は、嬉しそうに手を振り呼び掛けてきた。
「ん、お兄さーん、準備できたとねー♪」
「ああ、もう出発するぞ。……あー」
横の真田がジト眼で睨んでくる。
ふむ、ここで元の呼び方を押し通して、怖じけていると思われるのもシャクだな。
「早く下りてこい、ナナオ……!」
意を決して、呼び捨ててみる。
すると、柱の上のナナオはトン……と、軽い所作で飛び跳ねて路上に下りると、シズとした足取りでこちらに歩み寄ってきた。
眼前まできた彼女の笑顔はやや赤らみ、どこか気恥ずかしげにうつむき加減でこちらを見上げてくる。
「お兄さん♪」
白い指先が、スッと自分の頬を撫でて────。
が、その指はさらに伸びて、自分の耳をつまんで捻り上げてきた。
「いきなり何を呼び捨てにしとるん? ウチ、上から目線の男は好かんとよ。男に呼び捨てられるんはお断り。それが愛するお兄さんでもね♪
……わかったと?」
引っ張られた耳元で囁かれた、声音だけは甘い警告。
「う、うむ、承知した。申し訳ない、ナナオ殿」
「うん♪ 女には敬意を払いんしゃい。もちろん、そっちの赤いのも、わかっとるね?」
「……心得た」
澄まし顔で応じる真田を、自分は心の底から冷ややかに睨みつつ。
まったく、何が男に尽くすのが至福な類か……。
溜め息をつく自分の顔を、ナナオ殿が小首をかしげて覗き込んでくる。
「どげんしたと? 元気ないとね? またウチが癒やしたげようか?」
優しく甘やかな笑顔。
……ふむ、まあ、あながち外れてもいないのかもな。
「大丈夫だ。問題ない」
「そう? なら良かよ」
ナナオ殿は可憐に微笑みながら、ふと、思い出した様子で指先を自身の唇に当てる。
「そうや、お兄さん。これからは何て名乗るつもりやと?」
名か……。
自分は父の汚名を晴らす為、武蔵の名での二刀流実現を目指していた。
しかし、父・武蔵が自分を後継と認めてくれた今、名乗るべきは……。
「宮本伊織貞次……その名に戻るべきだろうな」
苦笑う自分に、横の真田があきれたように問うてくる。
「何だ? 武蔵というのは偽名だったのか?」
「父の名だ。少々事情があってな……」
「…………そうか、父親というのは、まあ、確かに色々とあるものだ」
どこか困ったように、あるいはバツが悪そうに視線を伏せる真田。
そう言えば、この男の父親も相当なクセ者であったらしいな。なら、確執なり思う所なりがあるのだろう。
「ふふ、なーにをシケた顔しとるの? こげないい天気やもの、大きく仰いで笑いんしゃい。それじゃあ改めて、しゅっぱーつ♪」
杯と酒瓶を手に威勢良く先陣を切る影姫様。
その後ろに追従するイクサふたり。
……サダメよ、自分はもとより、真田も大将の器ではあるまいよ。
皆、ひとまとめに影姫様に仕える雑兵の一兵卒だ。
まあ、それで良い。
剣を振るのに、身分も家名も関係ない。
いわんや、死人になってまでをや。
自分はゆるりと蒼天を見上げて、独りごちる。
「……二天を求めし我が因果。さて、断ち切れるのはいつになるのやら」
溜め息交じりにこぼしたそれは、されど、どこか心躍る響きを宿しているようで────。
見上げた空の彼方を、黒い鳥影が静かに羽ばたき飛び去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます