イトシキキミニコイゴガレ(2)
※
「何だアイツは……?」
ビル上から橋を眺めていたオレは困惑に呻いた。
髑髏面のアイツ……イクサなのか?
何にせよ、あの鬼火をまとった七本の長柄はどうなってんだ? 触れもせずに得物を振るう。妖術の類としか思えねえ。
ひるがえる七本の猛攻に、テンの野郎は最初こそ捌いていたものの、すぐに捌き切れずにボコボコに打ちのめされ始めた。
〝……バカな……〟
傍らのスズが微かに呻く。
そして、すぐにオレの髪を引っ張り急かしてきた。
〝……サダメ、早う下へ、急ぎあの髑髏を……〟
切羽詰まったスズ。
コイツがこんなに動揺しているのは初めてか?
なら、オレのやるべきは決まっている。
すぐに黒衣の矮躯を抱え上げ、階下へと駆け下りる。
階段を段ごとに降るようなまどろっこしいマネはしない。折り返しの踊り場から次の踊り場へと飛び降り跳び繋いで、速攻でビルの外へと飛び出した。
橋へと続く街路を駆け抜けようとしたところで、オレは歩を止める。
行く先を遮るように立ち塞がっている、黒衣の女。
影姫────。
「……ごめんなあ……邪魔は、させるわけにいかんとよ……」
蒼白い髪と猫耳を微かに揺らしながら、影姫ナナオはいかにも困ったという弱々しい微笑を浮かべて待ち構えていた。
「そりゃどういうこった? ナナオちゃんよ」
「うん、そげんよね……ずっと言ってなかったけど、ウチ、スズちゃんの味方とは違うと。……じゃからね、ここから先に行かせるわけには、いかんとよ」
〝……ナナオ……〟
腕に抱えたスズが、呻きを震わせた。
〝……やはり、オマエか、コトワリを破り、現世と冥府を繋いだはオマエの仕業なのか……!?〟
影姫を縛る、世界の〝コトワリ〟────。
冥府の官吏たる神通力を備えながら、その〝コトワリ〟に縛られているがゆえに、現世での力を制限される影姫。
だが、蒼羽根ナナオは七度に限り、それを破ることが赦されている。
つまりは七度だけだが、ナナオはあらゆる制限も戒律も無視し、自由に力を振るえるってこった。
前方のナナオは、やはり、困ったように小首をかしげて笑う。
「……そうやね。繋いだんはウチがやったんよ。シズカに頼まれたから、ウチが繋いだ」
あっさり認めた。
この期に及んでトボケる意味もないってか?
「正気かよナナオちゃん。黒羽根もだが、何のために現世を亡者で壊滅させたりしたんだ?」
現世なんて知ったこっちゃない。
そういう影姫は少なくないが、それでも、無意味に現世を滅ぼそうなんてヤツはいないだろう。
まして、ナナオはどちらかといえば、現世や人間に友好的だった。だからこそ、荒廃した世界に嘆いて酒浸りにやさぐれているのだと……。
それとも、あれは現世を滅ぼした罪悪感だったのか?
「ふふ、違うとよサダ君。スズちゃんも、順番を間違えとる。ウチらが冥府と繋いだから現世に死者があふれたのと違う。現世が死者であふれてしもうたから、ウチらは冥府と繋いで、イクサを送り込んだんよ」
冥府と繋ぐ前から、現世に死者があふれていた?
「どういうこったよ……」
「さあねえ、まあ、現世でも色々あったんやろ。現世には現世の危機があって、現世には現世の〝コトワリ〟がある。当然、現世の危機には現世の者がせっせと頑張っとったけど、どうにもならんかったみたい」
現世は、もうとっくに壊れてしもうてたんよ────。
「影姫はみーんな、現世のことなんか知らんぷり。冥府の官吏は冥府だけ見とれば良かち……て、もう長いこと流れてくる御霊の管理だけしとったから、現世が壊れかけとるのも知らんまま。薄情やね。真面目なスズちゃんすら、手遅れになるまで気づいとらんかったものね」
くすぐるような笑声で、ナナオはスズを睨んでくる。
〝……イクサで、現世にあふれた亡者を討滅するつもりだと……?〟
「ああ、違う違う。そういう真っ当な話と違うんよ」
スズの問いに、ナナオはあきれた様子で頭を振った。
「現世がこんなになってしもうたから、なら、もう好き勝手に暴れて荒らしても構わんやろ……て、開き直っただけと」
「……あ? 何だよそれ」
「わからんの? 今、現世はどげんなっとる? 黄泉返ったイクサさんたちが、何をしとる? みんな嬉しそうに、楽しそうに、闘い続けとる。それが黒羽根シズカが望んだ世界の形……」
「イクサの戦場を作るために、冥府と現世を繋いだのか?」
「……ふふ、そうよ。それだけのこと。阿呆な女が、愛しい誰かに恋い焦がれた果てに、血迷うてしもた……ただ、それだけ」
〝……そこを退け、ナナオ……〟
スズが呻く。
オレの腕から下りて、猫耳の影姫と対峙した。
〝……私は冥府と現世の拮抗を取り戻す。繋いだのがオマエでも、繋がせたのがシズカなら、まずはあの黒羽根を捕らえる。だが、オマエがシズカに味方するというのなら……〟
スズは囁きにもならぬ微かな口上を紡ぎながら、オレの影から葛籠を取り出そうとする。
「……じゃからねえ、スズちゃんたちは勘違いしとる……。言うたやないの。阿呆な女が、愛しい誰かに恋い焦がれて血迷うとるだけやって……」
ケラケラと笑うナナオの背後に蒼白い毛並みが踊る。
蒼白く輝き踊る、七本の化生の尻尾。
そこにまとう不穏な闘気に、オレは素早く番えた矢を放った。
飛翔した鏃は、だが、ひるがえった蒼尾の一本に絡め取られて地面に落ちる。ま、そうだよな。バカ正直に射掛けたところで、影姫に通じるわけもない。
七本の蒼尾がふわりと総毛立ち、それぞれがそれぞれに動いて周囲に伸びる。瓦礫を打ち据え砕き、倒れた鉄材を巻き上げ、石材を持ち上げ、それぞれがぞれぞれに、周囲の物を壊し、持ち上げては弄ぶように振るう。
……が、それだけだ。
尾をこちらに伸ばすわけでなし、持ち上げた物をこちらにぶつけてくるでなし。それはただ、己の七尾がどの程度自在に動かせるのかを試すような所作だった。
「ふーん、このくらいは〝コトワリ〟に触れることもないんね。スズちゃんの〝影隠し〟といい、影姫自身に備わっとる力……個で完結しとる能力は自由に振るえるとねえ。なら、シズカがあげんにヤリタイ放題なんも道理か」
鬼火をまとう己の蒼尾を指先で弄いながら、ナナオは微笑のままに独りごちた。
そこに敵意はない。まして、殺気なんて微塵もない。
「……何がしたいんだ? ナナオちゃん」
「だから、言うとるやないの。ウチはただ、あの闘いを邪魔せんでちお願いしとるだけっとよ」
ナナオは微笑を浮かべながら小首を傾げる。
「ウチは、もうシズカの味方なんてしとらんと。ウチはただ愛しいあのお兄さんだけの味方だもの」
肩越しに橋上を
髑髏面と斬り結ぶイクサの姿。
二刀を手に、因果の先を追い求めるあのイケ好かない武士野郎。
テン────。
「もう少しで、あのお兄さんの剣は夢に届く。あのお兄さんの魂がそう叫んどる。なら、ウチがやることはただひとつ……そうやろ?」
じゃから、ねえ────。
「あのお兄さんの邪魔はさせんよ。この闘いは、誰の茶々も入れるわけにはいかんの。そうすれば、きっともうひとりの阿呆な女も救われる……」
可笑しそうに笑いながら、それでもその金色の双眸だけは、痛ましげに細められている。
……なら、オマエだって勘違いしてんじゃねえか。
「結局、黒羽根の味方もしてんだろ。それ」
オレがあきれも深く指摘すれば、ナナオは少しだけ眼を見開いた。
「……そうやね。本当に、そうやね……」
ナナオは困ったように笑みを歪めながら、
彼方で斬り結ぶ二刀のイクサを、さも愛しげに見つめていた。
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