イトシキキミニコイゴガレ(3)


               ※


 蒼炎が閃き、衝撃が打ち据えてくる。

 よろめいたそこに走るさらなる追撃。肉は裂かれ、穿たれ、それでもどうにか致命に至る攻め手だけは掻い潜りながら────。


 一瞬でも気を抜けば、我が身は文字通り千々に刻まれる。そんなギリギリの攻防が、もう何手繰り広げられているのだろうか?


 目の前で長槍を構え振るう髑髏面。

 その攻め筋を読み凌ぐことすらまともに叶わぬのに、さらに空を舞い踊る六本の長柄武器など凌ぎ切れるわけがない。


 視界外で躍動する長柄の軌跡。見えぬ攻撃は、聞いて、感じて、察して読み取るしか備えようがない。

 のではなく、しかない。

 わかっている。そんなことはわかっているが……!


 そもそも、そのという感覚自体がままならぬ!


 薙ぎ払った大刀、振り上げた小刀。

 左右から迫る長柄を加速した斬撃でまとめて払い、眼前から突き出されてきた刺突を巻き上げる。片手持ちゆえ、鍔と峰で引っ掛ける形で無理矢理にねじり上げた。

 少しでも動きを鈍らせせめぎ合いになれば、たちまち巻き返されるであろう危うい攻防。


 だが、未だ我が五体は繋がり、千々に刻まれることなく立っている。

 七つの攻め手から、未だほふられることなく構えている。


 無論、生身であればとうに息絶えていよう。それほど散々に、皮は削がれ、肉は裂かれ、骨は軋みを上げている。

 だが、まだ剣を握る意は緩んでいない。

 そして、先ほどから少しずつ……十手に一手ほどではあるが、気がした。


 視界外から迫る攻撃を、躱し、受け流せている。

 錯覚かもしれない。

 何度も試みているのだから、その内の幾度かが偶然叶っているだけかもしれない。


 否────。


 自分は眼前の髑髏を睨み据えたままに、右の大刀を構える。

 後方、斜め上より振り下ろされる鬼火の煌めき。


 その軌跡を、自分は確かに


 確信とともに大刀を振り抜き、身をひるがえしながら迫る長柄を打ち上げた────つもりだったのだが、


 手応え皆無に空を薙いだ大刀。

 自分が観たつもりの刺叉さすまたは、予測からは大きくズレた斜め下からの軌道で自分を薙ぎ払う。


 左の引き金をしぼり、澄んだ金音が鳴り響く。

 それを塗り潰す打撃音。自分は肋を砕かれながら横に吹き飛ばされた。

 地面を転げながらも立ち上がり、身構える。


 観たと思うたのは正に錯覚……未だ我が心意は観見の域に届かずか!


 軋む四肢を叱咤しつつ、追撃に備えた。


 だが────。


 宙に浮く七本の長柄、その内の二本がクルクルと回転している。

 乱れ狂った回転軌道、そもそも、なぜ七本?

 疑念の答えはすぐに見て取れた。

 回りながら地に落ちた二本、それは真ん中で斬り折られた薙刀の残骸。


 ああ、そうか……と、ようやく思い出す。


「小刀で、斬っていたな……」


 引き金をしぼった感触は残っている。

 長柄を斬り裂いた澄んだ音も聞こえていた。

 ただ、薙刀の軌道も、それに応じることも、どちらも意識していなかったから、そうと思い出すまで気づいていなかった。


 八津島星護との攻防でも、同じような感覚があった。

 右手の大刀を振るうのに専心している内に、左手の小刀が勝手に動いていた。

 否、勝手に動くわけがない。

 ならば動かしたのだ。

 自分が握っているのだから、自分で振るった以外にあるわけがない。

 実際、振るった事実を認識し、憶えている。


 ただ、それはまるで他人事のように……。


 自分自身の行為でありながら、誰かが為している姿を俯瞰ふかんしているような奇妙な違和感があった。

 違和感は……違うな。違和感と呼ぶのは、それこそ違和感がある。

 感覚は明確に、意識はハッキリと、薄れもかすみもせずに、ただ、自分という存在の現実感だけが


 自分の立つ世界を、外から眺めやるような…………これは何だ?


 新たに舞い迫る長柄の攻め手。

 自分は〝見〟を凝らし、〝観〟を研ぎ、〝心〟を澄ましながら……。


 ……あれは、いつだったか……。


 遠い昔の、愚かな問い掛けを思い出していた。


〝いかにすれば、左右の手で同時に二刀を振るえるのですか?〟


 純粋なまでに幼く、愚かなまでに真っ直ぐな問い。


 本当に、それを問うてしまってどうするのだ。


 それはそのままに〝自分ではわからない。もう降参だ〟……と、そう諦めているも同然ではないか。

 若さゆえの未熟では片付かぬ。

 道を極めんとする剣士としてあまりに愚かしい問いだった。

 それでも、ああ、だからこそ……!


〝左右の手にそれぞれ剣を持ち、後はただ、振るえ〟


〝剣をその手に握り、振り続けろ〟


〝どうせ理屈をこねても身体は動かぬ〟


〝頭で剣は振れぬ〟


〝我らは剣士。ならば、剣を取り、振れ。その先にしか、我らがたどり着ける場所は有り得ない〟


 ただ、ひたすらに剣を振れ。


 その先にあるのが天下無双なのだと。


 だから────。


 自分は右手に剣を、


 そして左手に剣を、


 後はただ、ひたすらに!


「……我らは、二刀をもって天意てんいす……」


 何かが弾かれ、何かを受け止めた。

 何かを躱し、何かを避ける。

 小刀で何かを押さえながら、振り上げた大刀の引き金をしぼった。


 空を裂く斬撃音。

 続いて、左肩をかすめた熱い感覚。

 痛み?

 そんなはずはない。

 けれど、今のは確かに────。


 顔を上げる。

 眼前には、突き出していた長槍を今まさに引き戻す髑髏面の姿。


 ……ああ、何だ?

 自分は今、何を考えていた?

 斬り合いの最中で、どこに意を置き、心はどこにあった?

 目の前の敵を、振り放たれる攻め手を、迎え撃つ己の剣ですらも、心意に介していなかった?


 自問は、すぐに〝否〟と返る。


 だって覚えている。意識している。これまでの攻防はこの意に刻まれ、識に残っている。


 ただ────。


 思考の中に流れていなかった。

 流れる前に、動いていたから。


 頭で考えて大刀を振るう内に、思考の外で振るっていた小刀。

 どちらも同じに振るうためには、いかにするべきか?


〝ひとつをふたつにはできぬ。だが……〟


〝その逆は……?〟


 …………なるほど、それは確かに、可能なのだろうな。


 髑髏の姿を見る。

 身構えられた長柄の穂先、その狙う先を


 ああ、何だ。そういうことか────。


 だったら、


 自分は左の小刀を斜め前に突き出す。

 髑髏面の踏み込みがわずかに怯む。

 右の大刀を少しだけ反らす。

 髑髏面は突き出そうとしていた槍をひるがえし、己の肩口を守る形で構え直した。


 これより相手の振るう軌道を刃で封じ────。


 これより斬るぞという構えで相手を制す────。


 自分は大きく一歩、間合いを詰める。

 両手の二刀は振り上げない。むしろだらりと下方に下げたまま、ただ、ゆるりと踏み込んだ。


「…………ッ!」


 髑髏面が、防御に構えていた槍を慌ててひるがえす。

 だが、間合いはもう一メートルもない至近。長槍で突く距離ではない。柄で薙ぎ払うか? だが、その軌道は左の小刀で制している。

 ならばと石突きで突き込んでくる髑髏面。


「……やはりか……」


 頭上に舞う長柄のいずれかをひるがえして降らせれば良いのに、それをしない。


 観てみるに、石突きの軌道もまた脅威には至らない。


 否、そもそも、この闘いに脅威たる攻め手など存在しないのだ。


 なぜならこれは

 目の前にいる相手は敵ではない。

 味方という意味ではなく、弱いという意味でもない。


 自分はこの場に広がる全てを眺め観た。


 だから、大きく一歩、身を引いた。

 右手の大刀が、左手の小刀が胸の前に


 その動きを待っていたとばかりに、頭上から長柄の軌道が弧を描いた。

 振り下ろされる袖がらめの一撃。

 自分はさらに下がりながら…………。

 右手の大刀が、小刀が頭上に

 小刀と交差する袖がらめ。その長柄と十字に交差する大刀の剣閃。


 ……引き金は、


 銃声が響き、確かな斬撃の手応えとともに長柄が空に舞う。


「……ああ、たぶん、そういうことだったのだな……」


 天地に空我。

 心意をふたつ、観見ふたつ、なれど、ひとつはふたつにあらず。

 二天一刀。万里一空。

 すなわち────。


「……我はくうなり……」


 言葉の意味は、さっぱりわからないままだがな。


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