ゲドウノケンキトサゲスマレ(3)
自分の敗北宣言に、うずくまる星護は弾かれたように顔を上げた。
呼吸を乱し、脂汗にまみれながらも、そんな肉体の消耗は知らぬとばかりに片膝を立てる。
「……は? 敗北? 何を……言ってるんですか?」
「言葉のまま、ありのままの事実だ。自分が今こうして立っているのは死人であるがゆえ。オヌシと同じ生者であったなら終わっている」
首の傷を示して応じれば、だが、対する星護はその眼を驚愕に見開いて吼えた。
「ふざけないで……くださいよ!」
濁った叫び。
寸前までの爽やかな態度は消え失せ、楽しげな笑みは激しい憤怒に塗り替えられて歪む。
「死人だから何ですか? あなたがイクサだなんて最初っから知ってますよ! 仮に知らなかったとしてもそれが何です? 首を斬り裂けば人は死ぬ……そう油断して反撃を
「だが、同じ血肉の通った身なれば致命の一撃。その一手を
「ハッ!!」
吐き捨てるように鋭い笑声が、自分の弁明を
「同じ血肉の通った身? 武器のカラクリ? バカかあなたは……ボクとあなたは違う。人格も、体格も、生まれも育ちも磨いた技も、持っている武器も違う! 違うんですよ! それを、同じじゃないからダメ? だったら最初からそう言ってくださいよ!」
納得できぬと憤る。それは凄まじいまでの激情。
「武器のカラクリが何です? 特殊な道具を使ったら卑怯なんですか? じゃああなたの知らない剣を振るうボクは最初から反則負けですよ。あなたはこの短剣の機能を知っていましたか? 知らなかったはずだ!」
「……それでも、その形状や構えからそれを推測し、読み取り備えるのが闘いだ」
「ええ、ええ! その通りですよ! だから、ボクはあなたの剣に付いてる引き金も、刀身を覆うカバーにも気づいてた! その上で読み違えたんです! あなたはウカツに剣の機能を発動せず、ここぞというタイミングで巧みに行使した。見事ですよ! してやられましたよ! 何てスゴい剣士だと、震えたんですよ!」
「……違う。自分は……」
剣のカラクリを奥の手と控えたのではない。
ただ、それを用いるを善しとしなかっただけだ。
「自分は……カラクリに頼りたくなかっただけだ」
「……ッ! だったらさあ……だったら最後まで使うなよ! そんな剣を最初から構えるなよ! 闘いに臨んだら、今在る全てを駆使してくださいよ! それが闘いだ! それが戦士で、ボクは……!」
込み上げる激情を堪えかね、怒声を無理に呑み込んで、白き剣士は焦燥をこぼす。
「……正々堂々……不意打ちはズル……武器は隠さず右手持ち……伝え継げぬ型は悪し……左に得物は邪道……。
それがルールだと言われても、ボクは理解はできても共感はできなかった。そんなものは楽しいと思えなかった。武器を複数持つのが邪道なら、そもそも武装するのがおかしいんだ。素手の格闘技だってそう……武器で武装するのと、技で武装するのと何が違うんです? 勝つために磨いた全てを懸ける。その事実にどんな差異があるって言うんですか?」
求めるはギリギリのせめぎ合い。
己の全てをぶつけ合う死闘。
「だからこそ、ええ、ボクは世界がこうなって喜んでいます。死んでしまった人たちには申し訳ないけれど……苦しみ息絶えた人たちには顔向けできないけれど……平穏を望む大多数の皆さんには、憎まれ蔑まれても仕方ないけれど…………でも、それでもボクは今のこの世界が……己を剣に懸けることができる世界が楽しいんです」
手にした長短の刃を胸に掻き抱き、彼は祈るように夕暮れを見やる。
自分の知らぬ時代に生きた剣士。
闘いが悪しとされた社会に生まれてしまった生粋の武人。
剣に愛され、剣を愛しながら、剣と寄り添うことを赦されぬ孤独。
ゆえの苦痛と葛藤は────。
「この荒廃した世界で交わした死闘は楽しかった。嬉しかった。ずっと求めてきたものだった。それでも、今まで死合ったイクサの人たちでは、ボクの剣は満たされなかった。……けど、あなたならそれに応えてくれると思った。天下無双。誰もが知り、憧れる最強の兵法者。
なのに……そのあなたが、在りし日の世界と同じく、ボクを外道の剣士と蔑むんですか? 狂っていると否定するんですか?」
誰に否定されるよりも、その事実が耐え難いのだと、彼は真っ直ぐにこちらを睨み据えて喉を震わせる。
「こんなものを、あなたは死闘の決着だと断じるのか!
応えろッ!
血を吐くように問い質してきた。
若き剣士が叩きつけてきたその魂の糾弾は、ああ、自分の中にも確かに渦巻き続けている苦痛であり、葛藤である。
我らは、生まれる時代を間違えた。
……が、それでも自分はまだ、この青年に比ぶればずっとマシであったのだろう。
そして、今この時に在っては、その全てを振るいぶつけ合うことに
ならば、剣に活きる者が在るべき〝コトワリ〟は明白だ。
剣に懸け、剣に尽くし、剣に
足もとに落ちた大刀を拾い上げる。
大地に斬り込み、異形の短刀に喰らいつかれたせいだろう。刃は
また無理をさせてしまったか……だが。
今しばし、この未熟者に付き合ってもらいたい。
右足を半歩前へ。
右の大刀をゆるりと突き出し、左の小刀も同様に、双剣の切っ先で相手の正中を示して身構える。
二天・
対する相手は、武蔵の剣を求めている。
ならば、こちらも武蔵として応じなければならない。
自分は無言のまま、けれど、星護にはそれで確かに通じたのであろう。
この身を剣に懸けた者同士、もはや言葉は不要。
全ては刃をもって語るべし……などと気取るわけではないけれど、この期に及んでなお理屈をこねるのは、確かに無粋だろう。
八津島星護は立ち上がる。
右側を前に踏み出した半身で、右手のレイピアの握りを顎下に、短刀を握る左手を右肘の下に、双剣を握る腕が直角を描くような形で、両脇を引き締めて構え立つ。
互いに構え、対峙する。
二天一刀流、未だ極め尽くせぬ身の程なれど────。
〝……さあ、楽しもうか……〟
一礼の代わりに、構えた総身に剣気を満たす。
対する白い剣士もまたゆるりと頷いて、
互いの踏み込みと剣風が、大きく土煙を舞い上がらせた。
※
白い影と黒い影が交錯する。
円を描き、直線を貫き、地を蹴り空を引き裂く刃の乱舞。
それを遠間に眺めながら、ウチは浅い溜め息とともに杯をあおった。
「男さんの阿呆なのは、死んでもよう治らんとね……」
気怠げにぼやけば、傍らから涼しげな笑声がこぼれた。
「阿呆は女も同じだよ。男は夢に狂い、女は恋に溺れて血迷い惑う。ほら、男も女もそんな風だから、世界はこんなにも救いがたい」
黒髪を微風に流しながら、いっつも通りに皮肉げな笑みを浮かべとる影姫。一応はウチのお友達、そして、同じくお友達のスズちゃんが追いかけとる相手。
黒羽根の────。
「……あーそう、血迷うとる当人が言うんは重みが違うとね。あんたのそういうとこ、正直、ウチはそろそろ着いて行けんようなっとーよ」
「おや……最初から不本意げな
「そりゃそーよ。いくら現世がこないになったからって、それに便乗して戦国乱世を再現やなんて、それこそ阿呆やもん」
「なら、どうして〝コトワリ〟を破ってまで手を貸してくれたんだい?」
はあ……このこましゃくれた女は、ほんとに相変わらずやっとね。
「決まっとるわ。あんたは大事な友達やもの。友達の一途な想いは、応援してやろう思うただけっと」
「ッ……ふ……む、そ……それはそれは、良くも吹くものだね。その友人の一途な想いに横恋慕しているのは誰だい……」
「へえ、あの〝天〟のお兄さんがあんたの良人さんやったんか?」
「………………さあね」
「そこで
「……ほお、あらゆる意味で猫を体現しているキミがかい?」
「猫やからち寝てばっかりと違うわ。あんた、何であのお兄さんを黄泉返らせるのに、現世の人の身体を使うたと?」
「…………」
案の定、返事は返ってこん。
まあ、だいたい察しはついとる。
影姫が鬼火を素体に造り出す肉体は、宿したイクサの姿を象る。元の形をどう造ろうと、御霊を宿したら、その御霊が生前に全盛期やった時の姿に勝手に変わる。
それが怖かったと? 宿した御霊が象る姿が、愛しいあの人やなかったらどげんしよ……て、そんな風に怖かったとね。
じゃから、元から形の定まった器に宿らせた。
多分、そういうことなんやろうと思う。手段も方法も前例知らんことじゃから、全部が推測と想像。
「……ねえ、シズカ……」
名を呼んだら、黒羽根の困ったちゃんはシュンとうつむいてしもうた。
あらら……ほんと、余裕ぶって気取ってみせて、実際はもうとっくにいっぱいいっぱいのクセに、そんなに気負い込んでどうするんよ。
「そんなに……あのお兄さんはその人に似とるとね?」
問うてもどうせ答えはせんとわかっとるし、実際、返事はない。
じゃけど────。
黒羽根シズカは今にも泣き出しそうな切ない表情で、二刀を振り回す〝天〟のお兄さんを見つめとる。
……そんなわかりやすい乙女な顔されたらモロバレっとに。
ほんと、困ったニャー。
「罪作りなお兄さん……ほんと、どげんしたら良かとやろ」
あーあ、男も女も阿呆ばっかり。
シズカの指摘は、うん、ほんとにその通りで、じゃから、ウチはどげんすれば良いのか……もうわからんようなったとよ。
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