シノミチニシグルイテ(5)


 矮躯の影姫と弓兵のイクサを見送った後には、立ち尽くした自分と、未だ自分に抱き留められたままのナナオと。


 わずかに気マズい静寂の中で、差し当たって思うことはひとつ。


「猫のような口調は、演技か」


 途中から、ナナオの言から〝ニャアニャア〟という語尾が消えていた。


「……ふふ、恥ずかしいちゃーがつかね。スズちゃんがあんまり可愛らしいこと言うから、ウチも媚びるの忘れとーよ」


 ニコニコとどこまでも愛想の良い笑顔。

 影姫たちには、影姫たちの事情や確執というものがあるのだろう。


 ふぅ……と、ナナオが呼気を小さく鳴らした。


「……ホントはねぇ、ウチ、お兄さんのこと良う知らんと。ウチが黄泉返らせたイクサさんは別の人……」


 はにかむような微笑と小声。

 ちょっとしたイタズラを告白するように、ナナオが指差したのは、自分の左腰に帯びたカラクリ仕掛けの大小。


「それをお兄さんが持ってるってことは、あのイクサさんは、お兄さんが倒しちゃったのかな?」


 あの〝闘〟の鎧武者が、本来ナナオが連れてきたイクサなのか。

 ならば……自分はゆるりと首を振って応じる。


「……いや、自分ではない。彼はサダメと尋常に果たし合い、満たされて逝った」


「……そっか。……なら、良かった♪」


 ニッコリと満面の笑顔でうなずいたナナオ。


「悔いて、無念で、死にきれない……そういうのはつらいと。だから、因果を満たして逝けたんなら、良かった……本当に……ね」


 胸元に微かな吐息が触れる。か細くも確かな安堵の吐息。

 ナナオはゆるりと身を離すと、座敷の段差にふわりと腰かけた。

 首をかしげるような仕種でこちらを見上げて、やはり無邪気に笑う。


「生者はおらん。死者しかおらん。冥府も現世も壊れて混ざって大わらわ。じゃけど、ウチら影姫の役目は死者の冥福を守ることだもの。だからねぇ……せめて、無念のひとつぐらい晴らさせてあげよう思ったんよ」


 イクサを黄泉返らせ、無念を晴らす機会を与えるため。

 それが、現状の問題に興味がないナナオが現世にきた理由か?


「……もっとよーけイクサさんを黄泉返らせてあげられたら良かったけど。影姫ひとりにイクサひとりが〝コトワリ〟だから……そうもいかんかったわ。でも……うん、あの〝闘〟のオジサンは無念を果たせたんね……なら、良かよ」


 込み上げた何かを呑み込むように、杯に酒を満たして静かにあおる。

 白い喉をコクリと鳴らして、ナナオは甘い溜め息をひとつ。


「お兄さん、その懐の羽根……つまり、お兄さんはさん……そういうことなんよね?」


 唐突な指摘に、思わず左胸を押さえる。

 抱きつきながら探っていたのか?

 油断していた。完全に意の外だった。色香に惑わぬように気張っておいてこの様だ。まったく我ながらあきれ果てる。


「……記憶がないのは、本当だ」

「うん、信じたげる。お兄さん、嘘つくのヘタそうやもの」


 微笑んで小首をかしげたナナオ。その微笑みがわずかに陰った。


「じゃけど……黒羽根のイクサであるお兄さんは、どっちの味方をするん? スズちゃんの味方? それとも黒羽根の味方?」


 現世と冥府の混乱をどうにかしようとしているスズメ。


 そして、その混乱の鍵を握っているかもしれぬ黒羽根の影姫。


 あの黒羽根の少女が何かを企んで暗躍しているのは確かであろう。

 確たる理屈や証拠はない。あの黄泉返った時のやり取りでそう感じただけだ。わずかな邂逅かいこうでしかなかったが、それでも、あの黒羽根の少女からは深い無念と後悔があふれ出ていた。


 なら、誰の味方をするのか?

 その答えは決まっている。


「自分は、あなたの味方をしよう」


 真っ直ぐにナナオを見つめて返答する。

 ピンと獣耳が総毛立ち、驚きに大きく見開かれた金色の瞳。

 その鋭く煌めく光彩は……なるほど、確かに猫だ。


「自分は、自分の無念を晴らすために黄泉返った。ならば、イクサの無念を晴らしたいというあなたに共感する。それに……」


 自分はナナオの横に腰かけ、できるだけ飄々ひょうひょうおどけた笑みを作った。


「今のところ出会った姫の中では……あなたが一番、自分の好みだ」


 虚空を見上げて告げる。さすがに面と向かっては言えなかった。

 半分は場を取り繕い、彼女の機嫌を取るための方便。

 残り半分は……さて、どうなのだろうな。


「ふふ……お兄さん。武張った振りして、がばいタラシやね」


 耳朶じだをくすぐるような甘い笑声をこぼして、ナナオがしなだれ掛かってくる。


「……けど、ウチを落とすには、まだ足りんごた。もっとよーけ愛でてくれんと……猫は気まぐれでメンドイんよ?」


 ツイと差し出された空の杯。

 自分は苦笑いつつ酒ビンを取り、恭しい仕種で杯を満たして差し上げたのだった。


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