第6話初依頼は不法侵入事件 ①

 香が見に行くと、木田さんの奥様ともう1人お婆さんかいる。

「はーい、今開けますね。どうかなさったんですか。」

 店舗のドアを開けて尋ねる香。花が休憩室から出て香の側にやってきた。

 2人は中に入ると木田さんの奥様がもう1人の女性を紹介する。

「突然、ごめんなさいね。この方、田中葉月さんていうの。私のお友達で皆さんに依頼の相談をしたいのよ。」

「わかりました、ではこちらへどうぞ。先に弊社のシステムを説明させていただきます。」


 そう言って椅子を進めると2人の対面に座った香。花は、相手を安心させるような柔らかい笑顔になると香の隣に座った。雪が奥から皆にお茶を運んでくる。皆にお茶を配って木田さん達に勧めると、雪は木田さん達の後ろに座り、香達と対面になるようにした。


 まさかの初日からの依頼に驚き少し興奮しているのか、頬が赤くなっている3人。3人で依頼なんて殆んど来ないだろうから、皆で探偵好き仲間のサークルのように、ここで楽しく過ごそうと話していたのだ。

 だがそこは皆30代。今までの経験を活かし、頬が赤くなった以外には表情は変わらなかった。

落ち着いた態度と親しみやすい空気感を出している3人に、木田さんの奥様は嬉しそうに微笑んでいる。


 何も言わない香と花を見て、雪は最初は説明と口パクでサポートする。思わぬ初日からの依頼に焦っているのか考えているのか、笑顔のまま何も言わない香。

 花も最初は驚いていたようだが、笑顔で黙っている香を見て逆に落ち着きを取り戻したようだ。ここは私に任せてくださいとばかりに香に頷くと、2人に説明を始めた。


 花は、守秘義務や【何でも屋】の依頼引き受け条件などが書かれたものを二人に見せる。

「まず田中様のご依頼を私共が受ける事が出来るかどうか確認させて頂く為に、依頼の内容を聞かせて頂いてから返答させて頂く事になります。

 引き受けられるか分からないのなら話せないという事もあると思います。その場合は当方では申し訳ないのですが辞退させていただきます。

 もしお話して頂く場合には、守秘義務は守りますしこちらの誓約書に署名をします。守秘義務に関する説明を読んで頂いて田中様が納得なさった後で、ご依頼内容をお話し下さい。

 依頼内容を伺って私共が依頼を受ける事を決定した場合、料金や日数等を書いた契約書を作成して契約となります。」


 花の話を聞き、条件や守秘義務に関する資料も読んだ2人。田中さんが頷く。

「分かりました。では、依頼をお願いしたいので何があったのか説明します。

 私はこの町内にある一軒家で暮らしています。子供がいなくて夫も他界してしまったので、今は1人暮らしなんです。1週間ほど前に、自宅に誰かが侵入したんです。」

 一瞬言葉に詰まった田中さんだか、木田さんが励ますように手を握って背中をさする。木田さんを見て頷くと話を再開した。

「いつものように家で夕飯の準備をしていたんです。大体18時位かしら。

 家は庭付きで縁側もある家なんですけれど、縁側に接している部屋が居間なんです。隣の台所で夕食を作り終えて、居間の机に並べていたんです。

 そうしたらお友達から電話が来て30分位話した後、居間に戻ったら部屋の中が荒らされていたんです。机の上に並べた食べ物は下に落ちているし、端にあった洗濯物や棚にあった本や小物も落とされて部屋の中に散らばっていて、怖くてすぐ警察を呼んだんです。

 近所の道には防犯カメラが設置されているので、すぐに犯人も見つかると思っていたんです。でも防犯カメラには誰も映っていなかったし、居間や他の場所からも私やお友達以外の指紋は出なかったんです。警察は一応指紋の出たお友達の所在を確認しました。皆自宅にいて、住んでいる場所がここから1時間くらいかかるお友達なので犯行は不可能だろうという事になったんです。」

「カラオケ仲間なのよね。音楽サークルで知り合って時々集まってお茶会もしているんですって。」

 木田さんの説明に頷く田中さん。


「玄関の鍵はかけていましたけど、庭に面した居間の窓は開けっぱなしだったので多分窓から侵入したんだろうと言われました。現金など盗まれた物もなくて、結局警察も戸締りに気を付けるようにとだけ言って帰ってしまったんです。

 防犯カメラは家の前の道路も映しているので、誰かが玄関や庭に侵入したら映っているはずなんですけれど。何もわからなくて、今回こちらの探偵事務所の事を木田さんに教えてもらって相談に来たんです。」


 話を聞いて黙って考えこむ3人。雪は口パクで、私達には無理じゃないかといっている。それを見た香と花も軽く頷いて同意した。

 代表して香が依頼を断ろうとすると、木田さんが3人に言う。

「難しそうな依頼だと思うんだけれど、一度彼女の自宅を訪問して見てくれないかしら。」

 木田さんの言葉に、田中さんも頷いた。

「防犯カメラにも何も映ってないですし、警察も分からなかった事なので解決できなくても良いんです。ただ、別の視点から見て頂いて何か気づいた事でもあればと思って。このまま暮らすのも怖いですから庭にも防犯カメラを付けるつもりなんですけれど、他の方の意見も聞いてみたいんです。お願いします。」


 断ろうとした3人だったが、2人にそう言われると断りにくい。顔を見合わせると香が代表して話す。

「一度3人で相談してから返答をするという事でもよろしいでしょうか。

それでよろしければ、そうですね明日の12時にご連絡させて頂きます。こちらに連絡先のご記入をお願いします。連絡はメールと電話、どちらが宜しいですか。」

 ホッとした顔で答える田中さん。

「電話だと出られないかもしれないので、メールでお願いします。」

「分かりました。ではこちらが【何でも屋】のメールアドレスですので、登録をお願いします。」

「はい、聞いて頂いてありがとうございました。よろしくお願いします。」


 そう言うと、2人は立ち上がって出て行った。

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