第5話店舗開店準備

 快晴、絶好のお引越し日和だった。香と花は香の家具を運んでお店に直接向かうとの事だったので、早めに来た雪は店舗の前で日向ぼっこをしながら皆を待っていた。


「おはよう、香と花。いよいよだね。わくわくして朝からお弁当作ってきちゃた。」

「おはよう、美味しそうな稲荷寿司じゃない。この前雪のブログにのってたやつね。私は飲み物とかを持ってきたわ。朝用にお茶もあるわよ。 ここの緑茶、味がさっぱりしていて濃すぎないから飲みやすいの。」

「おはようございます。私はジュースとお菓子とか持ってきました。軽くつまめて良いかなと思って。叔父さん達からは、開店祝いにワインをプレゼントしてもらいました。」


 その言葉に顔を輝かせた2人。2人は笑顔で車から降りてきた花の叔父さんにお礼を言う。圭は今日朝から花と一緒に香を迎えに行き、荷物を店舗まで運んできてくれたのだ。

「ありがとうございます。荷物も一緒に運んで頂いて助かりました。これ沢山作ってきたので宜しければ、叔母様達とご一緒にどうぞ。お口に合うと良いのですけれど。」

「ありがとう。稲荷寿司、黄金色でツヤツヤでこれはおいしそうだ。喜んでいただくよ、皆も喜ぶよ。」

 そう言って嬉しそうに笑うと荷物を運び終えた圭は、開店おめでとう、と言い稲荷寿司を受け取って帰っていった。

 叔父を見送った花が2人に、叔父達に【何でも屋】を始めるにあたっての注意事項を聞いた事を話す。

 1つ、木田さんの奥様は怒らせてはいけない。2つ、困った事や問題があれば何でも木田さんの奥様に相談する。その2つだとの事だった。

 「なるほど、大切な注意事項だわ。良い情報を伺ったわ。それを聞けばこの辺り一帯の力関係がよく分かるわね。お2人とも、この辺りの事情に詳しいのはさすがね。」

「そうね、これでご近所内でミスをする危険性が減ったわね。叔父様達に感謝だわ。」

 顔を見合わせて互いに理解したか確認した3人。

「じゃ、中の配置をやろう。さっさとやってお昼にしましょ。雪はキッチンと休憩室をお願いしていいかな。私は応接室をやるわ。」

「了解。冷蔵庫も付いているなんて嬉しいね。色々作って持ってこよっかな。」


 嬉しそうに雪が冷蔵庫を開けると、中には調味料や食材が入っている。お味噌にかつお節や煮干し、チーズにワインとハム。梅干しとオレンジジュース。けっこうバラバラというか不思議な中身だ。

「花、叔父様達が色々入れてくれたみたい。お礼を伝えておいてね。」

「あらそうなの、私からも伝えておいてね。本当に色々気を使って下さって逆に申し訳ないわね。今度何か喜んでもらえそうなものを、プレゼントしたいわ。」

 そう言って、冷蔵庫を除く香。不思議そうな顔をした花も一緒にのぞき込む。


「ああ、この梅干しとオレンジジュース以外は私の持ってきた物だわ。どれも買っては見たけれど使わないから持ってきたのよ。出汁系は持つし、ハムなら今日のつまみに良いと思って。」

「梅干しとオレンジジュースは私のです。私梅干し大好きなんです。そのままつまんでも良いですしね。つまみがない時に重宝しますよ。オレンジジュースはビタミンCだし美味しいから持ってきました。」

「そっか。お酒とつまみは今日なくなるだろうし、他は日持ちするから大丈夫ね。このかつお節凄く良い匂いなんだけど、梅干しとご飯だけで食べても美味しそう。」

「それを聞いたら想像して、お腹がすいちゃたわよ。さあ片付けちゃいましょう。」


 香はドアに、【何でも屋】の説明を書いたポスターを張ると、部屋の中の掃除を始めた。

花は箒をもって両隣と自分の前の道路の掃き掃除だ。

 雪も休憩室にミントグリーンを基調とした椅子や机を並べたり、白いクロスやクッションを置いてゆっくり寛げる場所を作る。稲荷寿司やハムにカットしたフルーツ等をお皿に慣らべて、机にセッティングした。


 片づけを終えた香と花が、雪の様子を見に来た。

「うーん、美味しそうな稲荷寿司。フルーツもあったのね。

ブログを見て思ったけれど、雪の料理ってどれも温かいイメージで心がほっこりするわ。」

「そうですね、雪さんの稲荷寿司食べてみたかったから嬉しいです。私作るより食べる方が好きなんです。」

「ありがとう、2人とも。そう言って貰えて嬉しい。

 本当はサンドウィッチにしようかと思ったの。アフターヌーンティーって、なんかあの有名な女性の探偵っぽいでしょ。」

 雪が笑いながら言うと、2人ともすぐわかったらしく頷いて話し出す。

「イギリスのまさに昔の探偵って感じよね。毎回その場面が出てくるの。

 きっと、お茶会みたいなおいしい食事と温かい紅茶が、相手の気持ちを和ませて、自分の個人的な話がしやすくなるのね。私達も依頼者が来たら、探偵のお茶会みたいに話しやすい雰囲気を作れるといいな。紅茶じゃなくて緑茶だけどね。」

「緑茶の方がきっと好かれますよ。お茶請けは長持ちしそうなお菓子が良いかな。」

「心を開かせて話しを聞き出す。探偵達ってカウンセラーっぽいイメージもあるわね。」


 話しているといい加減お腹がすいてきた。

皆席に着くと、開店おめでとう、と緑茶で乾杯をしてランチを食べだす3人。

 依頼は来ないと思い扉は鍵をかけ応接室ではなく、休憩室でリラックスして喋りまくる。一応はお酒は飲んでいなかった3人だが、話が盛り上がってくるにつれ誰とはなく言い始める。

 今日は誰も来なそうだし、少し早いけどワインを開けちゃおうかと。


 その時突然、香が注意事項を思い出す。

「私達、まだ木田さんや両隣に挨拶してないじゃない。飲む前に気付いて良かった。」

 危なかった。一番最初が肝心なのに、最初から失敗するところだった。

3人とも慌てて立ち上がると花の持ってきていたお菓子から、ちょっと高級なお煎餅を紙袋に入れると、まずは木田さんのお家に挨拶に行く。


「こんにちは。向かいの【何でも屋】から来た鈴木です。」

 木田さんご夫婦が出てきて、挨拶をしお煎餅を渡す。お蕎麦よりこちらの方が良いかなと思いましてと言って、忘れていた事など全く感じさせずに挨拶をすませる。

「気を使って頂いて、ありがとう。お蕎麦は頼むにしても、近所にはないものね。来るのは月に1回くらいなんですってね。何かある時はお願いするからよろしくね。連絡を取りたいときには、あのホームページを見たらいいのかしら。」

「はい、ホームページとかは普段ご覧になられますか。」

「ええ、暇な時にレシピを見たりしているの。本当に便利になったわよね。」

 使っているのならと、スマホを出して実際にやり方を説明する。木田夫人は、メモを取るとにこやかに微笑んでお礼を言った。


 ついでに【何でも屋】の依頼する条件なども話しておいた。

 危険な依頼、不倫や恋人調査、身辺調査、未成年者等は絶対に受けない事を強く伝える。

すると木田夫婦も、それには賛成だ、そういう依頼はトラブルのもとになるからね。と言ってくれる。副業だという事も圭から聞いて知っていたそうだ。

 暇の挨拶をして木田宅をから帰ると、左右の家にも挨拶を済ませる。

 先に根回しして、地域に溶け込みやすいように動いてくれていた叔父達に3人とも感謝の言葉を言う。皆気を使ってくれて優しい人達だねと話しながらお店へ戻った3人。


「さあ、挨拶は終わったわ。今度こそ、祝賀会ね。」

「はい、グラスを取ってきます。」

「私は冷蔵庫に入れた食べ物を出してくるわ。」

 ウキウキとした3人が嬉しそうに席に着きワインを開けようとした時、表から木田さんの奥様の声がした。

「ごめん下さい、木田ですけれど。今よろしいかしら。」

 黙って立ち上がりワインや食事を片す花。食器を片付けてお茶の支度を始める雪。

出遅れた香は立ち上がり、応対するために外へと向かった。

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