5・街路(夜)
すでに街は静まり返り、室内灯もほとんど消えていた。
点々と灯る街灯が、雪の積もる街路に淡い光を投げかけている。
ヒューイと雪花は、寝静まった街を無言で歩いていた。両手には旅行に持っていくような大きなバッグがあった。
ふいにヒューイが立ち止まる。
ヒューイ「……つけられているな」
雪花「え……?」
ヒューイ「次の角を曲がったら、一度立ち止まってくれ」
角を曲がり、二人は足を止める。
ヒューイは角から僅かに顔を出して様子を窺った。
ヒューイ「……結構いるな。十人ぐらいか」
雪花「どうしますか?」
ヒューイは周囲に視線を巡らせる。彼の目は一台の車で止まった。
シルバーゴースト。
一万五千マイルをノンストップで走った、製造当初は超高品質な一台だった。
ご丁寧にタイヤチェーンまで取り付けてある。
もしもヒューイが東洋文化に明るかったら鬼に金棒という単語を思いついただろう。あるいはカモがネギを背負って来るか。
ヒューイ「アレを使おう」
後部座席に荷物を放り投げ、ヒューイは運転席に飛び乗った。雪花も助手席に着く。
ヒューイ「見ろよ雪花、鍵が挿さりっぱなしだ。フォード・モデルTがスクラップにされてた時はどうしようかと思ったが、天は俺達を見放さなかった。まさしく神様からのクリスマス・プレゼントだな」
雪花「僥倖ですね」
ヒューイ「んで、これは俺からのプレゼントだ」
そう言って、ヒューイはポケットから小さな小箱を取り出す。
開くと中には、紅い宝石の付いた小さなリングが収まっていた。
雪花「えっと、これは……?」
ヒューイ「エンゲージ・リング。日本語だと婚約指輪か?」
雪花「でも、婚約はあなたのお父様には……」
ヒューイは雪花の肩を抱き寄せ、耳元でささやいた。
ヒューイ「関係ない。俺は雪花のことが好きで、雪花は俺のことが好きだ。何かおかしいか?」
雪花「……いいえ。でも、私は何も用意できていないのに……」
ヒューイ「それなら、キスをくれないか?」
雪花「そ、そんなことでよろしいのですか?」
ヒューイ「ただのキスじゃない。この世界で最も麗しく、愛らしい女性のキスが俺は欲しいんだ」
雪花はヒューイの頬を包み顔を近づけて、唇をそっと触れさせた。
追っ手「いたぞ! あそこだ!!」
仰々しい足音やら怒声がヒューイ達の背後から迫る。
ヒューイ「来たか。雪花、舌を噛まないように口を閉じていろ」
ヒューイはシルバーゴーストのエンジンをかけ、アクセルを思いっきり踏み込んだ。
あわやエンストしかけたがギリギリで持ち直し、どうにかロケットスタートできた。
シルバーゴーストは路面の雪を削り猛スピードで闇の中に消え行く。
マシュー「困りましたな。あれでは追いつけません」
マシューの言葉に、ぬっと出てきた異形の者が歯を見せ笑う。
上半身は人間、下半身は馬。
どちらも筋肉隆々の怪物、ケンタウロスは高らかに言い放った。
ケンタウロス「なあに、俺様ならあの程度のスピードは余裕さ。後ろ走りでも追いついてやるぜ!」
鼻息荒く意気込むケンタウロスに、マシューはあくまで冷静に言う。
マシュー「……普通の態勢でお願いします」
ケンタウロス「分かったよ。じゃあ、行くぜ!」
ケンタウロスはマシューを背に乗せ、腕をぐるりと回し。
地を蹴るなり、風のごとく駆けだした。
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