4・屋敷・ゴードンの部屋(夜)

 古い紙の匂いが漂う部屋。

 壁を占める本棚には分厚い書籍が並び、机上には様々な実験器具が並んでいる。

 室内にはヒューイと雪花、父のゴードンと執事のマシューの四人がいる。


 ゴードンの真正面に立ったヒューイは開口一番、一息で言い切った。


ヒューイ「俺はこの人と結婚します」


 手で示された雪花は深々と頭を下げ、しとやかな声で名乗った。


雪花「……雪花と申します」


 ゴードンは目をすがめ、低い声でヒューイに訊く。


ゴードン「気味が悪いぐらい青白い顔をした女だな。生者には見えんぞ」


ヒューイ「彼女は雪の妖怪、雪女だからです。東洋の島国出身だそうですよ」


ゴードン「確かに世間には人魚やヴァンパイア、狼人間など人外の者と交わって生まれたハーフはおる。しかし、ワシはそのような者は嫁としては認めんと言ったぞ」


 頑なな父の態度に腹を立てたヒューイは、声を荒げて怒鳴る。


ヒューイ「でも俺は彼女を愛しているんです!」


 熱くなるヒューイを、ゴードンは冷ややかに見やる。


ゴードン「……ヒューイ、雪女などこの世界にはおらん」


ヒューイ「何を言うんだ、父さん!」


 ゴードンは今まで黙していた執事のマシューを見やり、強い口調で命令した。


ゴードン「おいマシュー、アレを持ってこい!」


マシュー「かしこまりました」


 命令を受けたマシューは本棚から枕よりも巨大な一冊の分厚い書籍を抜き取り、ゴードンに手渡した。


ヒューイ「……それは、種族百科事典ですか」


 ヒューイの言葉を無視し、辞典を机に置いたゴードンは忙しくページをめくった。


ゴードン「蜘蛛人間、ケンタウロス、天狗……。異形になり果てた人間は確かに何百何千といる。だが雪女など、どこにも載っておらん!」


 ヒューイは眉をひそめ、ゴードンの脇から本を覗き込んで索引のページを開き、Sの項目に目を通した。だがどこにもSnow Ladyの文字は見当たらない。


ゴードン「どうだヒューイ、これでも雪女がいると言い張るか?」


 青白い顔のヒューイは、どもりつつも反論する。


ヒューイ「き、きっと、この辞典に載っていないだけです!」


ゴードン「愚かな。この書籍は今年改定されたばかりの最新版だぞ」


 奥付を開くと無慈悲にもそこにはゴードンの言葉通り、この書籍が今年出版されたという事実が載っていた。


ヒューイ「そ、そんな……」


 絶句するヒューイに、ゴードンは鋭い声で畳みかける。


ゴードン「つまりそこにいるのは雪女などではない! おそらく、腐敗症でゾンビになり果てた者だ」


 主人の言葉を引き取り、執事のマシューが冷静に明らかになった事実を述べる。


マシュー「不治にして不死の病の感染者、ですな」


 ヒューイは見るからに動揺し、雪花の両肩をつかんで激しく揺さぶり問い質す。


ヒューイ「な、何かの間違いだ! そうだよな?」


 しかし彼の必死の問いかけに、雪花は何も答えない。ただ無表情で突っ立っているだけだ。


 ゴードンは勝ち誇ったような高笑いを上げ、ヒューイに指を突きつける。


ゴードン「ほれ見ろ。答えぬのが、何よりの証拠だ!」


 ヒューイは擦り切れるぐらいに奥歯を噛みしめ、かのゼウスのごとき険しい形相でゴードンを睨んだ。


ヒューイ「それでも雪花への想いは変わらない!」


 なお態度を変えない息子に、ゴードンは憤怒を露わに顔を歪めた。


ゴードン「くどいわ! ワシは絶対に認めんぞ! 子孫も残せぬなど、浮浪者以下ではないか!」


ヒューイ「雪花にそのような侮辱を……! いくら父さんでも、聞き捨てならない!」


 ヒューイは雪花の手をつかんで、大股でドアに向かう。

 息子の突然の行動に、ゴードンは慌てて呼び止める。


ゴードン「待て、どこに行くつもりだ!?」


 振り返ることなく、ヒューイは叫んだ。


ヒューイ「父さんのいない場所だ!」


 そのままヒューイは雪花を連れ、ドアを乱暴に開いて出て行った。

 残されたゴードンは、両手で机の板面をぶっ叩き雷鳴のごとき重低音を響かせ、マシューに怒鳴った。


ゴードン「マシュー、ヒューイのヤツを連れ戻せ!」


マシュー「しかし、ヒューイ様の決意は相当に固いように見受けられました。無理に連れ戻しても、よい結果にはならないと存じますが」


ゴードン「いいから言う通りにしろ! それとも主人のワシに逆らうつもりか!?」


 主人の絶対命令に、執事はしずしずと頭を下げた。


マシュー「……かしこまりました」

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