3・屋敷・ヒューイの部屋(昼)
雪花がヒューイの家に来てから三日ほど経った。
彼はその間、暇ができれば彼女のもとを訪れていた。
ヒューイ「今日はリンゴを持ってきた。これなら食えるだろ?」
雪花「……いえ。いりません」
ヒューイは大きくため息を吐いた。
演技でも何でもなく、それは心の底から漏れたものだった。
ヒューイ「お前、ここに来て三日ぐらい経つが、何も食ってないだろ。少しは腹に入れないと、回復も遅くなるぞ」
雪花「私はとっくに歩けます」
ヒューイ「……まあ、そうだが」
雪花「それに体には、どこも異常はありません。こうして安静にしている必要もないのです。だからもう、自分の家に帰ってもよろしいでしょうか?」
ヒューイ「ダメだ。とりあえず、リンゴ食え」
雪花「食べません」
ヒューイ「せっかく俺が皮を剥いて、飾り切りしてやったんだぞ」
雪花「うさぎさんが可愛いのは認めますし、あなたの器用さには感嘆の一言です。でも、いらないものはいりません」
ヒューイ「まったく、仕方のないヤツだ」
ヒューイは自分の剥いたリンゴをひょいと口に入れ、咀嚼した。
それで気を緩めた雪花の頬を両手で包み、
雪花「……んっ!?」
彼女の唇を奪った。
続けて唇を舌先でつついて開けさせ、自分の咀嚼したリンゴを雪花の口の中に流し込んだ。
それだけでは飽き足らず激しいキスを何度も繰り返し、ヒューイは雪花の冷たい体のあらゆる場所を温めるように愛撫した。
そして、左胸に手を置いた時だった。
ヒューイ「えっ……?」
驚いて、硬直した。
そっと唇を離し、雪花は問う。
雪花「……ご理解いただけましたか?」
雪花の光なき瞳が、ヒューイの目を見やる。
彼は唖然とした表情で頷いた。
雪花「……そうですか。では、これで失礼いたします」
ヒューイから体を離し、着物の乱れを直すのもそこそこに雪花は彼のもとを立ち去ろうとする。
ヒューイ「待て」
だがヒューイは雪花の手をしっかりつかみ、振り返る彼女の目に強い意志の宿った視線をぶつけた。
雪花「な、何ですか。放してください」
雪花がつかまれた手を解こうとするも、ヒューイの手の力が緩むことはない。
ヒューイ「嫌だ。絶対に放さない」
ヒューイは雪花の手を引き体を寄せ、両手を背中に回して強く固く抱きしめた。
雪花も抵抗せずに、ヒューイの胸にそっと手を添える。
雪花「……阿呆ですか、あなたは」
ヒューイ「そうかもしれないな」
雪花は異常に白い顔をヒューイの胸に押し付けた。
彼は眼前の彼女の髪に鼻を寄せる。
ふとヒューイは嗅ぎ慣れない匂いを感じた。
まるで灰と化した花が醸し出しそうな香りだ。
ヒューイ「お前は不思議な匂いがするな」
雪花「……お香です。私にとっての香水のようなものです。お嫌いですか?」
ヒューイ「いや、心が安らぐ香りだ」
一拍置いて、雪花は真意を探るように、ゆっくりとした口調でヒューイに問う。
雪花「……私なんかで、いいんですか?」
ヒューイは答える代わりに、彼女のおでこにそっと口づけした。
雪花「……温もりなんてずっと前に忘れていたのに。今はもう、胸の鼓動さえ思い出せるような気がします」
ヒューイ「俺は付き合った女を幸福にすることにかけては、人並み以上に長けているんだ」
雪花「じゃあ、私の願いを叶えることもできますか?」
不安そうな声音で問う雪花の頭を、ヒューイは優しい手つきで撫でる。
ヒューイ「ああ」
雪花「とっても難しくて、あなたの一生を奪ってしまう。我がままで、見返りもないお願いですよ」
ヒューイ「もちろんだ。だけど一つだけ条件がある」
雪花「何でしょうか?」
ヒューイは雪花の体をそっと離し、顎を持ち上げて目を合わせた。
ヒューイ「俺への想いを口にしてほしい。そうすればお前の望みを叶えてやる」
じっとお互いの目を見つめ合う。
やがて雪花はヒューイの手を包み、微笑んだ。
雪花「大好きです、ヒューイ様」
ヒューイ「俺も雪花のことが大好きだ」
雪花は差し込んできた朝日に目を細めた。
ふと唇に温もりを感じる。
彼女はそのまま目を閉じ、胸の高鳴りを懐かしんだ。
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