第30話「神代の夜を纏うもの」
見慣れた目視による世界は今、全てがアイセンサーを通した映像に切り替わっている。
合体前の"羽々斬"とは、まるで別物だ。
ハリネズミのように火器で武装していた先ほどよりも、何倍も強力なギガント・アーマーになってしまった。そして、ただ両の拳を振るうだけで、次々と
「いける……いけるぞ! こいつの力なら!」
基本的な操縦方法は変わっていない。
いつのまにか、"羽々斬"には合体機構と制御システムが組み込まれていたのだ。それが今、普段の尊の操縦技術を何倍にも増幅している。
ラピュセーラーこと
『みこっちゃん! あの、サンプル
「ああ! だが、どうする……攻撃すればするほど、奴にはエネルギーがチャージされる。それは例の強力なブレス攻撃にもなるし、溜まり過ぎれば」
その全身は今、肉眼ではっきりわかる虹色の光にぬめっていた。今思えば、あの輝きが全ての攻撃を無効化していた。ラピュセーラーの星をも砕く一撃でさえ、奴自身のエネルギーへと転換してしまうのである。
そして、臨界を超えれば……奴は首都圏を
サンプル零号がエネルギー許容能力の限界を超えた時、爆発は全てを飲み込むだろう。
「慎重にいくぞ、ラピュセーラー!」
『うんっ! よーしっ、乙女ぇぇぇぇっ――』
「だから今、慎重にって言っただろ!」
『ドロォォォォップ、キィィィィィィィック!』
助走を付けて駆け出したラピュセーラーは、矢をいるようなドロップキックを放った。 ぐらりとサンプル零号の巨体が揺らぐ。
そのまま空中で一回転したラピュセーラーは、胸から着地するや立ち上がった。
『どぉだ!』
「じゃねえよ! ああもうっ」
『わかってるよ、みこっちゃん。この子、苦しそう……爆発寸前だよ!』
「見りゃわかるだろ、察しろよ……」
フンスと鼻息も荒く、ラピュセーラーは身構える。
さてどうするかと思案にくれていると、サンプル零号が動き出す。
絶叫を張り上げ、大地を揺るがし巨体が迫る。
だが、ラピュセーラーは避けなかった。
両手を広げると、何倍も巨大な四足の
まるで、抱き止めるように全身でぶち当たった。
『ラピュッ! ンギギギ……これ以上はっ、暴れさせません!』
すぐに尊は周囲を確認する。
タケルもルキア・ミナカタも、それぞれ各個に周囲の深界獣と戦っていた。先程から邪魔が入らなかったのは、二人の奮闘のおかげだ。
そして、改めてサンプル零号を注意深く観察する。
"天羽々斬"には、以前とは比べ物にならないほどのセンサー系統が充実している。赤外線や磁力、熱量、あらゆる面からのデータを尊は拾っていった。
「ん? ……あの背ビレ、あれは。そうか!」
鬼神の
特殊なカメラを通して分析すれば、熱量がある一点を通してサンプル零号の体内へと吸い込まれている。
逆に、七色に揺らめく粘膜のようなバリアは、背ビレから全身に広がっていた。
ようするに、あの背ビレがエネルギーの出入りをコントロールしているのだ。受けたダメージをそのまま自分の力に変換し、体内へと溜め込んで、必要な時に使う。
もし、あの背ビレを破壊し機能を停止させれば……これ以上、エネルギーを蓄えられなくなるのではないだろうか。
「ラピュセーラー! そのまま奴を頼む! ――いくぞっ、"天羽々斬"ッ!」
尊の気迫に、"天羽々斬"がフルパワーで応える。
微動に震える巨体の心臓部は、アビスドライブなる謎の動力炉だ。
この時まだ、尊は知らなかったし、考えもしなかった。
だが、ツインアイに光が走れば大地が震え始める。
身構える"天羽々斬"から突然、
「なっ、なんだ!? これは……まだパワーが上がるのかっ! これなら、いける!」
装甲の継ぎ目や関節部から、地獄の業火にも似た光が揺らめき吹き出す。
今の"天羽々斬"は、さながら
その破邪の力が今、本当に"天羽々斬"に宿ったようである。
どこか
試作実験機らしいトリコロールのホビーカラーが今、漆黒に染まっていた。
そのまま尊は、迷わず"天羽々斬"を加速させる。
「なにか武器は!? これだけの巨体だ、固定武装がなにか……とりあえず、探しながらっ! 殴る!」
地響きを轟かせて、"天羽々斬"が躍動する。
尊はコンソールへ指を走らせ、使える武器を探しつつ操縦桿を操作した。動かし方は以前の"羽々斬"と変わらないが、武器がない。
それでも繰り出す剛拳が炸裂して、サンプル零号が絶叫を張り上げる。
だが、その甲殻と鱗を覆う光が、衝撃のダメージをエネルギーに変換した。
やはり、背ビレを叩かないことにはどうしようもない。
しかし、今の一撃で怯んだサンプル零号の首根っこを、ラピュセーラーが小脇に抱きかかえてしっかりホールドする。
「ラピュセーラー、背ビレだ! 奴の背ビレを破壊すれば、エネルギーの流入が止まる筈」
『おーしっ! なら、必殺のぉぉぉぉぉぉ! 乙女っ、ブレンバスタアアアアアアッ!』
ラピュセーラーの何倍も巨大な、サンプル零号の巨躯が持ち上がる。
そのまま背後に倒れ込めば、逆さまになった巨体が大地へと叩き付けられた。
真後ろに投げられたサンプル零号が、白い腹を
その頃にはもう、尊はサブモニターに攻撃方法を表示させ終えていた。
「出た! マニュアルがある! なになに……ジェットブロウ? ってこれ、ロケットパンチじゃないか。こっちは……セイクリッドレーザー、って目から出るのかよ!」
ちょっと、自分の父親のセンスを疑いたくなる。
そして、知る……この"天羽々斬"はまるで、歩く武器庫だ。その全身を覆う追加装甲は、無敵の鎧であると同時に、あらゆる局面を想定したマルチウェポン・プラットフォームなのである。
迷わず尊は、一番強そうな武器を選択する。
一番下に特記事項と共に表示されているので、破壊力が期待できた。
そして、どういう武装なのかを考えている余裕はなかった。
「大技っぽいな……この、メビウス・アニヒレーターってのを使ってみる!」
尊のコード入力で、トリガーが発射に連動する。
"天羽々斬"は、胸の前で両の拳同士をガキン! と打ち合わせた。そして、左右の手がゆっくりと無限の形……
全身の炎が呼応するように、ますます黒く燃え盛る。
尊がトリガーを引き絞るや、渦巻き回転する球体は発射された。
まるで、光を吸い込む邪悪な禍星のようである。
それは、ちょうど身を起こしたサンプル零号の背に炸裂する。
「こいつは……強力過ぎる」
ようやく視界が戻った時、そこには見るも無残なサンプル零号の姿があった。既に背ビレは消滅し、全身のいたるところが溶解している。ここまで肉を灼く焦げ臭さが漂ってきそうだ。骨が露出して崩れ落ちる中、それでも必死にサンプル零号は襲いかかってくる。
あとは、高エネルギーの塊を溜め込んだ奴を、どうやって倒すかだ。
サンプル零号の周囲にいた深界獣は、先程の攻撃で巻き込むように消し飛ばすことができた。だが、それだけの攻撃を受けても、まだサンプル零号は生きている……既に瀕死だが、血走る目に殺意を灯して、襲いかかってくる。
『みこっちゃん、ありがとう! あとはわたしに任せて……もう、全部、任せて』
不意に、ラピュセーラーが天へと右腕をかざした。そして、そのままその手で、ポニーテイルを結ぶ赤いリボンに手をかける。
しゅるりとリボンが解かれるや、突然の異変がラピュセーラーを包んだ。
ふわりと風に舞う金髪が、本当に光になった。
ラピュセーラーの長髪が、いつにもまして眩く輝き……圧倒的な熱量が解放される。
どうやらあのリボンは、ラピュセーラーのリミッターのようなものらしい。そして、リボンは両手で伸ばされると、複雑に変形して一振りの剣になった。
『ラピュセイバー! 必殺ぅ、ゲート・オブ・エデンッ!』
剣から炎が迸る。
それは"天羽々斬"の黒き闇の炎とはまるで違った。
そう、
高高度から真っ直ぐ振り下ろされた一撃は、深々とサンプル零号を切り裂いた。
尊は決着を確信したし、ラピュセーラーが大技を使ったからには考えがあるのだろう。ここで奴もろとも全員で消し飛ぶ、そんな未来はこない筈だ。
そう、ラピュセーラーは……華花は考え終えていた。
覚悟していたのである。
『よしっ、このまま……ンギギギ、グッ! うわあああああっ!』
完全にサンプル零号を戦闘不能にした上で、ラピュセーラーは剣を手放した。そしてそのまま、両手で頭上へとサンプル零号を持ち上げる。か細い
そう、飛んだ……飛び去った。
あまりに突然のことで、尊は驚いた。
当然のように、ラピュセーラーは危険な爆弾ごといなくなってしまったのだった。
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