第29話「猛りて荒ぶは鬼神の王」

 突然の衝撃と共に、猛荒尊タケハヤミコトは闇に覆われた。

 機体のコクピットに浮かぶモニターの光が、僅かに周囲を照らすのみ。中の"羽々斬ハバキリ"ごと、コンテナが倒れたことだけはわかった。

 タケルとルキア・ミナカタが守ってくれてるが、なにせ外は深界獣しんかいじゅうだらけである。

 すでにあらかた換装作業を終え、増加パーツと合体した"羽々斬"は生まれ変わった。

 だが、コンテナが開かないことには、戦うことができない。


「くっ、外はどうなっているんだ! 作業は……」


 サブモニターの進捗状況しんちょくじょうきょうは、インジケーターが98%で止まっている。

 外からの攻撃を受けて、転倒した時にシステムにダメージがあったのかもしれない。

 尊は決断を迫られつつあった。

 このまま内側からコンテナを蹴破り、外へ出て戦うべきか?

 仲間を信じて、作業を100%完了させるべきか。

 コンテナ側のシステムはもう、うんともすんとも言ってこない。まるでフリーズしてしまったようで、本来このコンテナは戦場のド真ん中での使用を想定していないのだろう。


「でも、これは……凄い、パワーのゲインが七倍に!? 動力のバイパスが変更されてる。ガスタービンは補機ほきに置き換わって……主機おもきは、!? なんだそれは!?」


 今、"羽々斬"は普段のずんぐりむっくりな姿を脱ぎ捨てていた。

 全身を新たなよろいで覆われ、手足が増加パーツで延長されたその姿は……通常のギガント・アーマーより二回りも大きい。肥満体にも似た面影おもかげは既になく、その姿は鋼の鬼神。ただ、頭部が窓ガラスの割れて砕けたいつものコクピットなのが、妙にミスマッチだった。

 現在の"羽々斬"の姿を、浮かぶ光学映像で確認して、尊は奥歯を噛む。

 そして、外ではまだ必死の抵抗が続いていた。


『しまった、岩戸いわとが! 尊、大丈夫かい? やはり二人では』

『ちょっとー、岩戸って? あのコンテナ?』

『ああ……猛疾博士タケハヤはかせはあれを岩戸って呼んでたね。旧式化した"羽々斬"を生まれ変わらせる、試作実験型の強化パーツさ。その換装用の作業モジュールが、あの岩戸だ』

『へー……って、そんなのあるならアタシに先に回しなさいよね!』

『"叢雲ムラクモ"の予備機を貸してるんだ、贅沢言わないでくれよ。かく対獣自衛隊たいじゅうじえいたいが戻るまで持たせるよ!』

『へーい。ま、オイシイとこは尊に譲ってやるかあ』


 通信の声はまだまだ元気だが、二人の他に周囲に人間はいない。

 ここはもう、深界獣が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする異界と化したのだ。

 そして、緊迫した声が叫ばれる。


『あっちゃ、タケルッ! そっちに一匹、抜けたっ!』

『岩戸が狙われている……!? なにが深界獣を……まさか!』


 直後、激震が尊を襲う。

 寝そべるように仰向けに倒れた"羽々斬"は、完全に密封されたコンテナごと揺さぶられる。そして、おぞましい獣の咆吼ほうこうがすぐ近くに感じられた。

 ギシギシとコンテナがきしむ音に、流石さすがに尊も怖気を感じた。


「おいおい、天岩戸を力技で開けようっていうのか? ……そうだ、奴らは神様じゃない。ふちより来るもの……深海の向こうの世界からくる侵略者だ」


 背筋が凍るような思いの中、太古の神話へと思いを巡らす。

 だが、そんな贅沢な時間を過ごしている余裕は尊にはなかった。コンソールを操作し、コンテナ側のシステムに外部から接触する。機体側からハッチを開けないかと思って、換装作業の緊急停止を促す。

 しかし、その操作は全くの無駄になった。

 ミシミシと不快な音が、外の光を連れてくる。

 尊の目の前で今、外から強引にハッチがこじ開けられようとしていた。


「チィ! いよいよまずい……ケイジの拘束具を解除、このままで出るしか」


 とりあえず、コンテナ内の保安装置から"羽々斬"を自由にしてやる。それでも、"羽々斬"のサイズぴったりに造られたコンテナの中では、身動きが取れなかった。

 そうこうしている間に、ハッチがひしゃげてめくれ上がる。

 すぐ真上に、覗き込んでくる深界獣の顔があった。

 鼻を突く生臭い異臭と共に、絶叫を張り上げる風圧が肌を叩く。

 見上げる先に、真っ赤ににごった瞳が暗く輝いていた。

 そして、鳥貌ちょうぼうの深界獣は上下左右にくちばしを四分割……十文字に開いた口の奥から、膨大な熱量がせり上がってきた。


「くっ、まずい! ええい、ままよっ!」


 咄嗟とっさに尊は、右腕を振り上げた。

 同時に、苛烈な炎がコンテナの中へと吹き込まれる。

 そして、尊は目を疑った。


「こ、これは……これが、俺の"羽々斬"なのか!?」


 かざした右手に、

 人間と全く同じ、鋼鉄のてのひらがそこにはあった。そして、ピンと伸ばされた五指から光が迸る。緑色に輝く障壁が展開され、煮え滾る業火を完全に弾き返した。

 尊は今、生身が剥き出しになったコクピットに座っている。

 直撃を受ければ、骨も残らず燃え尽きてしまっただろう。

 だが、圧倒的な熱量で汗が吹き出る以外、全くの無傷だった。

 どうやら、パワーアップした"羽々斬"にはバリアのような防御装置があるらしい。

 それでも、弾かれた炎がコンテナ内部に広がり、あっという間に燃え上がる。


「このままじゃ蒸し焼きだ……よし、行くか。立てよ、"羽々斬"ッ!」


 尊はそのまま、愛機の生まれ変わった腕を上へと突き出す。

 炎を吐き続けるくちばしを鷲掴わしづかみにして、そのまま強引に機体を起き上がらせた。

 それは、コンテナ内部のあちこちで爆発が連鎖するのと同時だった。

 だが、生まれ変わった"羽々斬"にダメージは全く無い。

 機体の表面温度が上昇していて、普段なら完全に機能停止していたかもしれない。尊自身が酷く暑くて死にそうなこと以外は、信じられないくらい問題がなかった。

 ゆっくり上体を起こしながら、うなる深界獣を押し返す。

 吹き上がる炎の中、生まれ変わった巨神が岩戸から起き上がった。


『尊っ、無事だね!? ルキア、援護を……くっ、合体が終了していない。頭部パーツが』

『アタシに命令すんなっての! 尊、そいつ抑えてて!』


 ルキアの"叢雲"が、対物アンチマテリアルライフルを向けてくる。

 すかさず尊は、完全に立った"羽々斬"にフルパワーを命じた。

 生まれ変わった巨体は、軽々と片手で深界獣を吊るし上げる。

 あまりにパワーがありすぎて、つかむくちばしは既に握り潰されていた。足掻あがいて藻掻もがく深界獣が暴れるが、新たな装甲をまとったボディは全く傷付かない。

 そのまま尊は、グイとルキアに向けて深界獣を突き出した。

 銃声が響いて、深界獣は断末魔と共に動かなくなった。

 尊は亡骸なきがらを無造作に投げ捨てる。

 完全に破壊されたコンテナから、一歩を踏み出したその時……最後の爆発で炎の柱が天へと屹立きつりつした。

 勿論、尊と"羽々斬"は無傷で一歩を歩み出した。


「凄いパワー、そして防御力だ。……ん? ああ、そうか。これが、最後のパーツか」


 コンテナの爆発で、無数の残骸が空中に舞い散った。

 その中から、何かが頭上に降ってくる。

 普段より高い位置にあるコクピットから、それを見上げて尊は両手を……"羽々斬"の両腕を振り上げた。

 ガシリ! とキャッチした、それはかぶとのような、ヘルメットのようなパーツだ。

 なにも考えずとも、尊はそれが最後のパーツだとわかった。

 そのまま頭部に被れば、視界が暗闇に覆われる。

 そして、直ぐに全周囲モニターの光がCG補正された周囲の景色を映し出した。

 サブモニターに、合体作業が完了した100%の文字と共に、生まれ変わった相棒の名が浮かぶ。


「よし! これが生まれ変わった俺の"羽々斬"……俺たちの! "天羽々斬アメノハバキリ"だ!」


 その姿は、無敵の戦神。

 鋼鉄の鎧を纏った、まごうことなきスーパーロボットだった。

 キャノピーのガラスが光を反射するだけの、無機質な頭部はもうない。

 双眸そうぼうけいと光を灯して、端正なマスクはヒロイック……生まれ変わった"天羽々斬"は、文字通り神剣の名を継承するにふさわしい威容だった。

 周囲の深界獣ですら、視線を浴びせながらもじりじりと下がってゆく。

 敵を萎縮させる程の闘気は、"天羽々斬"を通して尊からほとばしっていた。


「俺はっ、ラピュセーラーを! 華花ハナカを守ると誓った! これは、そのための力だ!」


 ドシリと重々しい足取りで、歩み出して徐々に加速する。

 駆け出す鬼神の拳が、あっという間に道を切り開いた。

 真っ直ぐ、サンプル零号と戦うラピュセーラーの背を目指して走る。

 タケルとルキアの援護もあって、尊は触れる全てを肉塊へと変えてゆく。

 そして、進む先で見慣れた顔が振り返った。

 ポニーテイルの金髪を揺らして、ラピュセーラーが驚きに目を丸くしている。


『えっ、みこっちゃん? なんかロボ、変わってない!? もっとぽっちゃりしてたよね!?』

「これが、天尊攻臨てんそんこうりん! 真に戦い抜くための、本当の"羽々斬"……"天羽々斬"だ! ……そう、システム表記が変わってたから、多分そうなんだと思う」

『そっかー、うん! 見違えたよ、みこっちゃん! でも、まだわたしの方がおっきいけどね!』

「……し、身長の話は、するな」


 通常のギガント・アーマーを遥かに上回る巨体へビルドアップしたが、それでも50mのラピュセーラーよりはまだまだ小さい。

 それでも一緒に並べば、目の前のサンプル零号は警戒心もあらわに咆吼をとどろかせる。

 やはり、こころなしかサンプル零号ゼロごうの動きが鈍い。

 どこか苦しげで、父親の猛疾荒雄タケハヤスサオが言う通り臨界一歩手前なのだろう。

 受けたダメージを無効化して溜め込み、攻撃のエネルギーに変える深界獣。その肉体は今、ラピュセーラーの奇跡の力を注入され続けて、爆発寸前だ。

 そのことはもう、今はラピュセーラーもわかっていた。


『みこっちゃん! わたしにいい考えがあるの!』

「おう! やるぞ、華花……お前は、を知るまで、死なない! 死なせない!」

『えっと、秘密……お尻に三つならんだ黒子ほくろがある、とか? ついさっき四つになったとか!』

「増えねえよ! ってか、どうして俺の黒子の話を知ってるんだよ!」

照奈テリナさんが教えてくれたもん。さて……じゃあ、いっくよーっ!』


 ラピュセーラーに笑顔が戻った。それは、いつも尊が守りたかった、宮園華花ミヤゾノハナカの笑顔だった。そして二人は、共に並んで互いを守り合いながら、目の前のサンプル零号に相対するのだった。

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