第28話「運命の岩戸」

 死闘が始まった。

 後方から送られてくる情報で、対獣自衛隊たいじゅうじえいたいが戦力立て直しのために一時撤退したことを知る。だが、好都合だ。最新鋭のギガント・アーマー"草薙クサナギ"を保有する対自たいじこそが、この激戦の主戦力である。

 数には数で迎え撃つ、これは常道セオリーだ。

 だから、それまで猛疾尊タケハヤミコトは戦線を維持すべく"羽々斬ハバキリ"を駆る。

 それに、尊は一人じゃなかった。

 一緒に戦う女の子が一人だけいる。


『はあああっ! 乙女っ、パァァァァァンチッ! ラッ、ピュウウウウウウ!』


 一際巨大なサンプル零号が、ラピュセーラーこと宮園華花ミヤゾノハナカの鉄拳で大きくよろける。

 以前よりも、謎のバリアは力が弱っているようだ。

 そして、サンプル零号ゼロごう自体もこころなしか動きが鈍い。

 好都合だと、尊は目の前の敵に集中する。

 心苦しいが、サンプル零号はラピュセーラーに任せるしかない。そして、尊は彼女に敵との一対一の状況を作ってやることが先決だった。

 もう周囲は、大都市東京の面影おもかげが全く無い。

 炎と瓦礫がれきの中で、絶叫と咆吼ほうこうが支配する……それは戦場。

 すでに無数の深界獣しんかいじゅうが上陸し、文字通り火の海となっていた。


「とにかく、一匹でも多くの深界獣を排除する! これ以上、ラピュセーラーには……華花には、近付けさせないっ!」


 満載された火器を全て、尊は開放する。

 ガトリング砲やミサイル、グレネード、滑腔砲かっくうほう……その全てが前面に向けられ、群れなし迫る深界獣へと火を吹いた。

 ありったけの火力を叩きつければ、通常火器といえどもただでは済まない。

 質量弾頭と高性能火薬の爆発が、無数の深界獣をズタズタに引き裂いた。

 だが、その爆炎と煙の中から、生き残った数匹が躍り出る。


「くそっ、3匹! いや、4匹抜けてきたか!」


 弾薬を使い切った装備を、タッチパネルを操作してパージする。ついでに、けた砲身の滑空砲を掴むや、そのまま逆さに握って"羽々斬"に振り上げさせる。

 突出してきた深界獣の、おぞましい形相へと真っ直ぐそれを振り下ろした。

 金属がへし折れる感触と共に、敵が怯んで悲鳴をあげる。

 そこに迷わず、尊は"羽々斬"の左腕を突き出した。

 指が3本しかないいつもの左手は、現状では装着されていない。修理する暇もなかったし、予備パーツも尽きている。だから、そこには作業用の大型アームクローが取り付けられていた。

 岩をも握り潰す巨大な鉄鋏シザーハンドが、深界獣の頭部を鷲掴わしづかみにする。


「そのままっ、潰れろ!」


 油圧式のシリンダーによって、深界獣の顔面が圧縮され、そして弾けた。真っ赤な体液が吹き出し、あっという間にコクピットを覆うキャノピーが汚れる。

 "羽々斬"は完全密封型のコクピットだが、ガラス越しの有視界戦闘しかできない。

 すぐにワイパーとウオッシュで返り血を拭った、その時だった。

 突然、ようやくクリアになった視界に深界獣が迫る。

 衝撃が襲って、ハイパーテクタイトでできたキャノピーがひび割れる。


「くそっ、割れたキャノピーで視界が……ええい、クソッ!」


 再度、激しい振動が襲う。

 揺れるコクピットの中で、キャノピーのヒビは真っ白く広がってゆく。

 機体をバックさせつつ、尊は身体を固定するハーネスを解除した。そのまま、目の前に思いっきり蹴りを叩きつける。何度か蹴りつけると、さすがの防弾防圧ガラスも木っ端微塵に砕け散った。

 風が炎と血の臭いを連れきた。

 直接耳に、おぞましい声が飛び込んでくる。

 尊は再度コクピットに座り直すと、操縦桿スティックを握る。


「ここから先は通さない……華花のところへは行かせない!」


 襲い来る敵を次々と、ほふる。

 その都度、傷付いた"羽々斬"がダメージを蓄積させてゆく。

 だが、信じて預け合った背中は、少女の奮闘を感じ取っていた。ラピュセーラーもまた、満身創痍……それでも彼女は、戦っている。

 尊はそれだけで、無限に闘志が湧き上がってくる思いだ。

 しかし、物理法則に縛られたマシーンである"羽々斬"は、次々と機能を失ってゆく。

 そんな中、通信を告げる電子音と共に声が走った。


『やっほー、やってる? おー、派手にやってるじゃん?』

「ルキアか! 今、忙しい! 急ぎの話じゃなきゃあとにしろ!」

『んー、おっけ、わかった。話は後にする……話は、ねっ!』


 突然、周囲を囲む深界獣が、吹き飛んだ。

 見事なヘッドショットで、頭部が跡形もなく吹き飛んでいる。

 思わず振り向けば、後方で対物ライフルを構えて狙撃体勢のギガント・アーマーが1機。それは、先日タケルが持ってきてくれた"叢雲ムラクモ"の予備機だ。

 次々と敵を狙撃し、尊はその援護に導かれるように戦いを再開する。


「そこの"叢雲"、ルキアが乗ってるのか!?」

『せーかい! 500ポイント、あげるー。因みに、10,000ポイント貯めると――』

「よくタケルが許したな!」

『あ、その話? えっとー』


 不意に脇を、影が駆け抜けた。

 低く這うような猛ダッシュからの、一閃……雌雄一対しゆういっついのブレード二刀流で、あっという間に深界獣が切り裂かれる。

 そこには、タケルの"叢雲"が剣舞に踊っていた。

 流麗にしてなめらかな動きが、神速の太刀筋で敵を断つ。

 だが、タケルの声は少し怒っていた。


『ボクは許してないぞ? 許してない、これは貸してるだけなんだから』

『うわっ、あざと……尊さあ、こゆ女の子が好きなの? これ、尊の趣味?』

『ボクはツンデレじゃないっ!』

『まあまあ、適当にデレといてよ。ほらほらお姉ちゃん、働いて働いて』

『ボクは尊だけのお姉ちゃんだよ! ……ほ、本当は妹だけど。あ、それより尊!』


 一気に尊の負担が軽くなった。

 これなら、対自が再び部隊を展開するまで、持ちこたえられるかもしれない。

 それに、ラピュセーラーも今日はサンプル零号を圧倒していた。そう、不自然な程に……先日の恐るべき強さが、今は鳴りを潜めている。

 そして、何かを暗示するかのように、背の巨大なヒレが発光しながら揺れていた。

 どこか不安に感じる違和感の正体を、タケルが戦いながら教えてくれる。


『尊、サンプル零号は……。あいつは攻撃を無効化するんじゃない、背のヒレで全てエネルギーに変換して溜め込むんだ』

「なっ、なんだって!?」

『個体としての強さに加えて、絶対の守りでもある攻撃吸収……そして、溜め込んだエネルギーを一気に吐き出すこともできる。昨日、ラピュセーラーはそれで負けたんだ』

「……あの一撃を再び撃たせる訳にはいかない! ここは東京のド真ん中なんだぞ!」


 すぐに、タケルが転送してくれたデータをサブモニターで読む。

 核兵器規模の熱エネルギーが、サンプル零号に蓄えられている計算だ。

 かつて捕獲を試みて失敗した時は、サンプル零号はエネルギーの入力と出力が釣り合っていた。ギガント・アーマーでの攻撃など、深界獣の強個体相手ではたかが知れている。

 だが、ラピュセーラーは別だ。

 光の救世主メシアが放つ攻撃は、その全てが一撃必殺の威力がある。

 再び現れ、今度はラピュセーラーと戦い……サンプル零号の循環サイクルが狂った。明らかに、出力しきれない程の攻撃エネルギーが入力されてしまったのだ。


「なんてこった……いや、待てよ? まさか……奴は、そういう風に進化したのか? ……まるでだな、だとすれば」

『サンプル零号を倒すには、ここじゃ駄目だ。ラピュセーラーと連携して、とりあえず海へ! それと……尊、猛疾博士の、父さんの意思を受け取って!』


 突然、巨大なコンテナが上空から降ってきた。

 それはまるで棺桶コフィン……とても大きく、ギガント・アーマーが余裕で入るサイズのものだ。危険物を示す、紅白のストライプが各所に塗られている。

 何事かと思った時、"羽々斬"の中で謎のシステムが立ち上がった。


「な、なんだ……合体? こんなプログラム、知らないぞ……天尊攻臨てんそんこうりん?」


 突き立つコンテナは、左右に開いてレーザー誘導回線が同調している。オートに身を任せれば、満身創痍まんしんそういの"羽々斬"はバックでコンテナへと吸い込まれていった。

 立ったまま、格納庫ハンガーのケイジに入るように固定される。

 その間もずっと、"羽々斬"のOSは自動でアップデートされていた。

 無防備になった尊を守りつつ、タケルとルキア・ミナカタが戦ってくれる。

 そして、コンテナが閉じて闇に包まれるや、周囲に立体映像が無数に浮かんだ。

 無機質なシステム音声と一緒に、聞き慣れた声が耳朶じだを打つ。


『システム・オールグリーン……コード認証。モード……天・尊・攻・臨。合体シークエンス、開始シマス』

『尊、お前はまだ戦っているのか……もしそうならば、この力が必ず役に立つ。基礎理論は既に私が完成させておいたし、閃桜警備保障せんおうけいびほしょうの開発陣は極秘に開発を引き継いでいてくれた』


 声の主は、父親の猛疾荒雄タケハヤスサオだ。

 なにを言っているのか、わからない。

 だが、尊は父親がギガント・アーマーの実用化に貢献した科学者でもあることを思い出した。黎明期に活躍した"羽々斬"は、世界で初めて実戦を経験したギガント・アーマーでもある。

 そう思っていると、鈍い衝撃が響いた。

 なにごとかと思うと、目の前に"羽々斬"の立体映像が回転しながら降りてくる。


「な……こ、これは! 合体、そういうことか!? だが」


 轟音を響かせ、コンテナ内部で無数の作業用アームが動き出した。なにか装備が、次々と"羽々斬"へと着せられてゆく。逆に、満載された火器が全て外れた。

 そう、まるで鎧を着せるように増加装甲が追加され、両手両足も一回り大きなものが、既存きぞんの腕の延長線上に接続された。今、"羽々斬"はシルエットが大きくパンプアップして、より重装甲ながらも手足が伸びて人間の姿に近くなっていた。

 厳つい全身はまるで、荒ぶる神の化身だ。

 だが、無情にもレーダーが接近する深界獣を察知し、コンテナが激しい揺れと共に大きく傾く。コンテナごと転倒した"羽々斬"の中で、尊は合体作業が中断される警告メッセージを聞くのだった。

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