第27話「後悔し合える未来のために」

 中古のC130輸送機は、酷く揺れる。数年前に、八王子支社はちおうじししゃが独自の予算で買い入れたものだ。ところどころガタが来ているが、今の"羽々斬ハバキリ"よりはマシである。

 共食い整備の末に遂に、深界獣対策室しんかいじゅうたいさくしつの"羽々斬"は1機だけになってしまった。

 そしてそれは、猛疾尊タケハヤミコトたくされた。

 今、応急処置でどうにか稼働状態となった機体に、尊は乗り込んでいる。

 暗闇の中、デジタル表示が照らす彼の表情は真剣そのものだった。

 輸送機のコクピットから、十束流司トツカリュウジの声が無線で響く。


『よぉ、尊。機体の調子はどうだ? いけそうか?』

「動いてるのが不思議なくらいですよ。でも、動く……俺はまだ、戦える」

『応急処置の突貫工事だからな。装甲の半分は外された状態だ』

「つまり、いつもの防御力に頼ることはできない、と」

『そういうことだ!』


 思ったより流司が元気そうで、少し安心する。

 だが、彼は最後の"羽々斬"のシートを、尊に譲ってきた。

 勿論もちろん、引き受ける覚悟を固めていたから、異存はない。だが、尊よりもパイロットとしての技量が高いのは、流司やルキアだ。その二人に任されたと思えば、自分にしかできないことを期待されている……そう思うしかない。

 それに、この戦いはどうしても尊が、尊自身が赴かねばならないのだ。

 機体のチェックを進めながら、揺れる貨物室カーゴの中で尊はつぶやく。


「流司さん、告白されたことってありますか?」

『おいおいなんだ? なんのフラグだ? ……あるぜ、星の数ほど』

「星の数ほど、ですか」

『ああ。だが、誰だって欲しいのは星屑ほしくずの輝きじゃねえ……月や太陽のような、ただ一つのまぶしさなんだよ。あっ、俺いまちょっといいこと言わなかったか? はは、こりゃ口説くどきに使えるな!』

「はあ。……月や太陽……ただ一つの、眩しさ」


 宮園華花ミヤゾノハナカという少女は、自分にとってどのような存在だっただろうか。

 多分、太陽のように温かくて、月よりも美しい女の子だと思う。最初は護衛任務、仕事だった。本業はパイロットなのだから、貧乏クジだと思った。

 だが、尊は知ることができた。

 戦場で戦うラピュセーラーとは全く違う、等身大の華花を。

 おおらかでおっちょこちょいで、調子がよくてマイペースで。元気で明るく、優しくて真っ直ぐな少女だ。それをいつからか、尊は好ましく思っていたのだった。


「流司さん……俺、華花に好きだって言われました。あいつにとって、一番の秘密は……俺を好きだってこと、らしい、です」


 回線の向こうで、軽薄な口笛がヒュー! と響いた。

 だが、流司の声はどこか温かくてしんみりと耳に心地よい。


『そっか、ハナハナの奴……そうだな、ラピュセーラーの正体やブロークンエイジの真実より、恋心の方がでっかい秘密だよな』

「……恥ずかしいから、ですかね」

『ちょっと違うな。きっとハナハナは、お前に告白してフラれたら……多分、戦えなくなる。自分でもそれをわかってるから、最後の最後まで告白しなかったのさ』

「最後だなんて、そんな……俺は、嫌ですよ。まだ、返事をしてない……最後になんか、させない」


 低く腹に響くエンジン音だけが、沈黙の中に横たわった。

 ややあって、流司は噛み締めるように言葉を選んでくる。


『尊、俺は……仲間も惚れた女も守れなかった。自衛隊の仲間は全員死んだし、好きな奴は……好きだった奴は、ギガント・アーマーに乗れなくなっちまった。当時、世界最高峰のパイロットだったのによ……背中の傷より、心の傷が深くてデカかったのさ』

「え? それって」

『まあ聞けよ。いいか、尊。俺はあの日、サンプル零号ゼロごうにやられたことを、死ぬ程後悔している。一生、一瞬たりとも忘れねえ。けどな』


 まるで自分に言い聞かせるように、流司は語気を強めた。


『同じ後悔なら、やらなかった後悔より……やれるだけやった後悔、だろ? 今、お前が全力を出さなきゃ、苦いだけの後悔が残って、自分を許せなくなる』

「……はい」

『はい、お説教終わり! そろそろ投下ポイントだ、準備し――ッグ! ンンン……オ、オホゥ……!』

「りゅ、流司さん?」

『痛み止めが、切れて、きた……くっそ、八王子に痛み止め、置いてきちまった。ま、まあいい……行けよ、尊。行って、ハナハナの気持ちに応えて、こい、よ……』


 降下までのカウントダウンが、画面に灯る。

 寝かされた"羽々斬"の周囲を、スタッフたちが慌ただしく走り抜けていった。

 高度が下がる感覚はあるが、減圧された完全密封のコクピットでは気圧差を感じない。尊はすぐに降下準備を終えて、秒読みを見詰めた。

 ちょうど頭上で、輸送機のハッチが開く。

 ちらりと見たが、今日は晴天、日本晴れだ。


『っし、行って来い尊! 骨は拾ってやる!』

「はい! 行きますっ!」


 あっという間に、"羽々斬"は空中へと放り出された。

 天地が激しく入れ替わる中で、降下ポイントへ向けて尊は機体を制御する。背に装備されたパラシュートパックは、スラスターに光を点滅させながら機体を安定させてくれた。

 そのままパラシュートを開けば、眼下の光景に尊は絶句する。

 今、街は無数の深界獣に蹂躙じゅうりんされていた。

 東京が火の海に変わってゆく……サンプル零号だけではない、何匹もの深界獣が暴れまわっていた。対獣自衛隊たいじゅうじえいたいが必死で応戦しているのも見えた。


「よし、やるぞ……待ってろよ、華花! お前の秘密を知ったから、俺は自分の秘密に気付けた……打ち明けるまで、絶対にお前を死なせない!」


 地にうごめく深界獣の中に、尊に感づく個体がいた。全身の毛を逆立てたおおかみのような姿で、日光を反射して七色に艶めいている。遠吠えにも似た雄叫びと共に、深界の孤狼は張り裂けんばかりに口を開いた。

 喉奥のどおくから高エネルギー反応がせり上がってくるのを探知し、尊はすぐに動き出す。

 パラシュートを切り離し、バックパックを投棄……そのまま機体だけの推力で逆噴射をかけつつ、フォールディング・リニア・カノンを展開する。

 放たれた火球を避けつつ、気迫を込めてトリガーを引いた。

 特殊AP弾で脳天を貫かれて、深界獣の頭部が四散する。


「よし、まず一つっ!」


 ズシャリ、と重々しく着地すれば、両脚部の膝関節が衝撃を吸収してくれる。だが、右足のシリンダーがどうにも怪しい。それでも不調を無視して、尊はその場で180度ターンした。背後で深界獣が今、対自たいじの"草薙クサナギ"に組み付いている。


「これで、二つ!」


 迷わず狙いを定めて、深界獣の頭部を撃ち抜く。

 真っ赤な体液を撒き散ららして、巨体が轟音と共に倒れた。


『おお、閃桜せんおうの!』

『助かるぜ! ……って、随分と酷いナリだな! だが、頼もしい!』


 今の"羽々斬"は満身創痍まんしんそういで、動いているのも不思議なくらいだ。3機のパーツの寄せ集めで、特徴的な重装甲も半分が失われている。火器こそ十分に過ぎるくらい積んでいるが、無理を通して引っ込む通りなど存在しない。

 間違いなく、こうしている今も機体の命は燃え尽きてしまう。

 尊たちの魂を通わせた愛機が、ただの鉄屑になってしまうのだ。

 だが、それでも戦うのが閃桜警備保障せんおうけいびほしょうの深界獣対策室だ。


「対自さんは体勢を立て直してくれ! その間、ここは閃桜が受け持った! ――三つと! 四つ!」


 冷却中のフォールディング・リニア・カノンを手放すや、右腕のパイルバンカーを振りかぶる。そのままホバーで高速ダッシュすれば、荒れ狂う熱風が都市を駆け巡った。

 すでにもう、崩壊した都市は瓦礫だらけの廃墟と化している。

 悲しいほどに、人の気配も声も感じない。

 尊は周囲の光景を心に刻みつつ、襲い来る深界獣の頭部へ鉄杭バンカーを突っ込ませた。

 そのまま、さらにもう一匹へと体を浴びせるように突進する。

 鈍くて小回りが利かないが、"羽々斬"の突進力は爆発的なスピードだ。

 二匹が重なった瞬間を狙って、スイッチ。

 合金製のバンカーが、二匹まとめて敵を穿うがつらぬいた。


「よし、華花は……クッ、まだ来るか!」


 深界獣がまた、襲ってくる。それら全ては、外観に一貫性がなく、哺乳類のようでもあり、爬虫類のようでもあり、そしてどれもが同じ進化の系譜に存在するとは思えない。

 まさに、ふちより来るもの……淵と呼ばれる異界との門より溢れ出た、邪悪なモンスターだ。

 尊が、パイルバンカーを引き抜き、距離を取ってのミサイル攻撃を試みた、その時だった。

 不意に頭上を、巨大ななにかが通り過ぎた。

 そして、激震と共に目の前に土砂が舞い上がる。


「なにっ!? ……俺は来たぞ、華花っ! お前を、守りに!」


 落下してきたのは、ひっくり返って手足をばたつかせるサンプル零号だった。その体は以前同様、虹色の不気味な光の膜が覆っている。

 だが、様子が変だ……どこか苦しげで、強烈な殺気を感じない。

 まるで怯えた様子で、焦燥感のようなものさえ感じた。

 しかし、決して許さぬ声がりんとして響く。


『さあ、やっつけちゃいますよ! 神の光を力とよそおい、地球を守って戦う聖乙女ラ・ピュセル! しん! そう! せん! ! ラピュセーラーッ! 今日のわたしは、フルパワーですっ!』


 見上げる空に、金髪のポニーテイルを棚引かせる勇姿があった。腕組み浮かぶラピュセーラーは「ラピュッ!」と小さく叫んで降りてくる。

 見た目こそ回復しているが、先の戦いのダメージは明らかだった。

 尊はそんな彼女の背をかばうように、"羽々斬"を寄せる。


「華花、いや、ラピュセーラー! 周囲の雑魚は俺に任せろ!」

『みこっちゃん……』

「俺は、ラピュセーラーを助けに来た……一人の小さな女の子を、助けに来たんだ!」

『……うんっ! 二人でやっつけちゃおう! あと、背はわたしの方が高いよね? ちっちゃいのはみこっちゃんの方――』

「いいから戦え! 戦って、戦い抜いて、やれるだけやって……そしたら、今度は俺の秘密も聞いてもらう! いいな!」


 うなずくラピュセーラーが地を蹴る。

 尊も、奇跡的に稼働する"羽々斬"と共に、逆方向へと突撃するのだった。

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