第26話「宮園華花の秘密」
サイレンが鳴り響く中で、
鳴り止まない電話に、ひっきりなしに届く最新情報。
どこもてんてこまいな中、
「くっ、仮眠室にはいなかった……どこだ、
休ませていた部屋に、
彼女はまだ怪我人で、その上に酷く疲れている。
だが、尊は知っていた。
深界獣が現れる時、彼女がなにを選択するかを。
傷付いて倒れても、そのために立ち上がるのが宮園華花という女の子なのだ。
それが尊には今、この上なく切ない。
華花を守りたいのに、いつも守られてばかりだ。
金属製のドアを蹴破るように開ければ、長身の少女が振り返った。
「ハァ、ハァ……華花!」
「みこっちゃん! どしたの、汗びっしょりだよ?」
「どしたの、じゃ、ない……お前! お前っ……」
華花は今、検査着のようなワンピースを着せられている。それが風にたなびき、朝日に彼女のシルエットが透けて見えた。
長い黒髪を
呼吸を整えると、尊はそんな彼女に近付き手を取った。
「行くな、華花っ!」
「え……あ、そっか。もう知ってるんだっけか、みこっちゃん」
「ラピュセーラーじゃなくても、サンプル
「でも……わたし、行かなきゃ。それがわたしの使命だから」
「俺が心配してるのはラピュセーラーじゃない、お前だ! 宮園華花なんだ!」
自分でも驚くくらい、大きな声が出た。
華花がビクリと身を震わす、その気配が手から手へと伝う。
だが、そのまま詰め寄るようにして尊は言葉を続けた。
話してないと、華花が行ってしまいそうな気がしたから。
「よく聞け、華花。サンプル零号は、さっきは
「……駄目だよ、みこっちゃん。そんなこと言われると……決心、
「俺たち人間は、お前に頼り過ぎた。なにもかも背負わせ過ぎたんだ」
「あっ、それはね、いいの。いいんだよ、みこっちゃん。わたし、守りたいもの。みんなも、地球も……最後の秘密も。うん、守りたいな」
いつになく華花の声が、優しく柔らかい。
まるで、尊を許して慰めるような響きだった。
そう、恐らく彼女は全てを許す。無力な人間たちの弱さを、今までずっと許してきた。許し過ぎた。まさに神頼みで、神の実在を証明するラピュセーラーが、人間社会の危機を救ってきたのだ。
だが、それだけでいい
人間の世界は、神を信じる人間たちで守らなければいけない。
祈りも願いも全て、自ら行動する人間の力でなければいけないのだ。
「華花……お前の秘密、知ったよ。タケルから、聞いた」
「えっ? ちょ、ちょっと、みこっちゃん!? ……え、ちょっと待って。わたし、あのタケルって
「全部、教会が……キリスト真教の連中が、父さんと仕組んで……そして、その計画が失敗して! それで、お前がラピュセーラーに選ばれた。選ばれちまったんだ!」
「あ、そっちか……それ、知っちゃったんだ」
「ああ。だから! ……ッ!?」
不意に、華花に抱き締められた。
ふわりといい匂いがして、少しだけ消毒液が香った。
包帯の肌触りが、強く強く尊を抱き寄せる。
華花の胸に顔を埋めて、尊は言葉を奪われた。
「みこっちゃん……わたし、ラピュセーラーになれてよかったよ? だって……みこっちゃんに会えたから。ずっと私を守ってくれたのって、わたしがラピュセーラーだから、だよね?」
「……すまん。ずっと、知ってた」
「いいよ、いいの。みこっちゃんだって、パイロットをやってて、ずっと助けてくれてた。いつでもわたしを守ってくれてたんだ。だから」
そっと離れると、華花は
朝日に咲く野の花のように、とても自然で
「みこっちゃんに、わたしの最後の秘密、あげるね?」
「……もう、知ってる。だから、いいんだ……もう、戦わなくても! お前は!」
「わたし、宮園華花は――」
尊は耳を疑った。
一瞬、なにを言われたかわからなかった。
よほど間抜けな顔をしていたのか、プッと華花は笑い出す。
「もうっ、二度も言わせないでよ……みこっちゃん。わたしは、宮園華花は……猛疾尊が好き。ううん……大好きだよ」
衝撃の告白だった。
唐突過ぎて、尊は
好きだと、大好きだと言った。
華花は尊のことを、好きだと言ってくれたのだ。
「これがわたしの一番の秘密……ばれちゃったら、もう戻ってこれなくなりそうだから」
「華花、お前……ま、待てっ!」
華花の全身が光り出した。
舞い上がる風に、あっという間に着衣が千切れて消える。
眩い輝きの中で、華花の声はどこまでも澄んで優しかった。
「いつも、戦う前に必ず想うの……また、みこっちゃんに会いたいって。身よりもなくて、一人ぼっちになっちゃったわたしを、ずっと守ってくれる人。足長おじさんなんかじゃなく、いつも側にいてくれる人」
「待て、華花……行くなっ! もういい、戦うな!」
「わたし、みこっちゃんが好き……この気持ちを秘めて、いつか打ち明けられたら……そう思えば、いつでも立ち上がれた。いつまでも、みんなを守れる気がしたんだ」
ふわりと華花が浮かび上がる。
彼女の裸体は
眩しさに目を手で庇いながら、吹き荒ぶ風圧の中で尊は叫ぶ。
だが、その声はもう届かない。
「じゃあ、行くね……今度はちょっと、もう会えないかもしれないから。戻ってこれなくても……それでも、必ずみんなはわたしが守るからっ!」
宮園華花の、ラピュセーラーの秘密。
それは、教会の神秘の力でも、12年前のブロークンエイジの真実でもなかった。
ただ一人の女の子が、好きな人を想うって秘めた……恋心だったのだ。
それだけを支えに、彼女はずっと戦ってきた。
そして今……悔いを残さず飛び立ってしまった。
尊の胸に、熱く燃える
「華花……お前、なんで……」
立ち尽くしたまま、
手の中に食い込む爪の痛みすら、今の尊には感じられなかった。
そんな時、背後で声が響く。
「彼女は……行ってしまったようだな」
振り向くとそこには、
包帯姿も痛々しい、尊の父親……
彼はゆっくりと尊の隣まで来て、華花が飛び去った空を見上げる。
「どこまで知った? 尊」
「……あらかた聞いた、と、思う」
「私を恨んでいるか、尊。ならばいつか、全てが終わった時……私はお前の憎しみに向き合い、全てを受け止めよう。もう、父親としてできることはそれくらいだからな」
「格好つけんなよ……そんなことより先に、今のことを考えろよ!」
思わず尊は、荒雄の
だが、よろけて咳き込む父親を前に、引き絞る拳を振り下ろせない。
そのまま手を放し、逆に倒れぬよう支えてやる。
親子で寄り添うなど、久しぶりだった。
「父さん、俺は……華花を守る。人類を守る彼女を、俺が守る!」
「……そうか」
「父さんだって、守りたかった筈だろ? だから……汚名を着てでも、あの海底の穴を……
「だが、私は失敗した。そして全てを失い……神の力に縋ったのだ」
「淵より来る者……深界獣。これは、人類を脅かす敵だ。だから、人間が戦わなきゃ駄目なんだ。都合のいい神様頼みで、一人の女の子に全部背負わせちゃ駄目なんだ!」
そっと離れると、松葉杖にしがみついたまま荒雄が息を荒げる。
だが、彼は苦しげに言葉を絞り出した。
「ならば、行け……尊。お前が戦うなら、私はせめて力になろう。お前に……渡したいものがある」
「俺に?」
「そうだ……フフ、私とて"
「父さん! ……大丈夫だ、心配しないでくれ。欠けても折れても、俺たちの剣は"羽々斬"だけだ。今ある機材でベストを尽くす! 父さんはもう少し休んでてくれ」
心配だったが、そっと荒雄は震える手で尊を押しやった。そうして、なんとか松葉杖に頼って立つ。その姿に大きく頷いて、尊は走り出した。
まだ修理は終わっていないだろうが、"羽々斬"で出撃するしかない。
これ以上もう、華花だけを戦わせてはいけない気がした。
そして、彼女の告白に返事をするためにも……絶対に守らなければいけないと覚悟を新たにするのだった。
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