第22話「Surprised Attack」

 煙幕が充満する中を、猛疾尊タケハヤミコトは走った。

 警報のサイレンが鳴り響き、夜空をサーチライトが切り裂く。それだけでもう、このセントオオエド教会の敷地内が、軍事拠点だと知るには十分だった。

 すでにもう、ギガント・アーマーの駆動音が複数接近中だ。

 視界ゼロの中でも、ハイチューンドな"草薙クサナギ"の改型が接近してるのがわかった。

 その全てを、ルキア・ミナカタは単機で迎え撃とうというのだ。

 正気の沙汰さたではないが、それは尊も同じだ。

 自分が望むことのために、命を賭けるなら今がその時だ。


「すまんっ、ルキア! やられてくれるなよ……お前は俺より何倍も強いパイロットの筈だから!」


 目の前に光が現れた。

 そして、そこから出てくる人間の気配と、殺気。

 恐らく、非常事態に際して出てきた、武装した敵陣営の歩兵だ。それは尊にとっては、想定内の相手である。逆に、連中が出てこれると場所は、尊にとっては入り込める場所でもあった。

 ボディアーマーにアサルトライフルを構えた一団が、近付いてくる。

 だが、迷わず尊は彼らの前に無防備に歩み出た。


「止まれ、手を上げろ! ……あれ?」

「こっ、ここ、これは! 失礼しました!」

「しかし、隊長が何故なぜここに? こんな場所に……!?」


 歩兵たちの混乱も最もだ。

 今、尊はゲオルギウス学園の制服を着ている。ようするに、女装している。そして、髪を三編みつあみに結って、伊達眼鏡だてめがねをかけていた。

 それがどう作用するかを、尊は自分になりにわかっていた。

 それは、出会った頃から常に抱いていた可能性で、今となっては確信だ。

 だから、落ち着いて言葉を選び、声を作って口を開く。


「敵襲、閃桜警備保障せんおうけいびほしょうのギガント・アーマーが攻めてきた! 大方、逆恨みだろう……全セクションは応戦体勢! 愚かな闖入者ちんにゅうしゃを決して許すな!」

「了解です、タケル様!」


 そう、今の尊は自分をいつわった姿だ。あの、自分の姉をうそぶくタケルの格好を真似ているのである。髪も、タケルに似せて整髪料で深緑ダークグリーンにしたのだ。

 かけた伊達眼鏡の奥で、尊は鋭い視線を歩兵たちに浴びせた。

 どうやら、特務騎士団とくむきしだんアスカロンは想像よりも大規模な組織らしい。

 そして、その隅々にリーダーであるタケルの威光が行き渡っているようだった。

 尊の予想通りである。


「ギガント・アーマー部隊と連携して、侵入者を駆逐せよ!」

「了解です、タケル様!」

「よし、行こうぜ! まず、トレーラーの乗員を抑える、拘束するぜ! おっしゃあ!」


 歩兵たちは行ってしまった。

 それを見送り、尊は走り出す。

 途中、立ち込める煙幕の中で何度も敵と擦れ違った。そう、敵は皆、尊をタケルだと思いこんでいた。この非常時に、施設の中枢部へと走る尊を自然と思ってくれる。そして、声をかけられた時の尊は、それらしい言葉を投げ帰すことに徹していた。

 そして、まだ見ぬ聖オオエド教会、その最深部へと侵入する。

 予想していた通り、信徒を癒やして子供を教育する教会の影には、巨大な軍事施設が存在していた。


「なるほどな……庶民の心の支えであるキリスト真教が、こういうカラクリかよ!」


 今や日本各地、そして世界全土にキリスト真教の教会はある。それは全て、深界獣しんかいじゅうによって生活を脅かされた人間たちの希望になっていた。

 無償で避難民、難民を受け入れ、助ける。

 あらゆる宗教や宗派を顧みず、被災者を救う。

 不条理と理不尽に負けた人間に対して、宗教の本来の仕事をしてきたように思える。

 だが、その影で独自の軍事力を持ち、ラピュセーラーを援護して深界獣と戦っている。そして、深界獣の殲滅せんめつのためならば手段を問わぬ軍事力を有しているのだ。

 施設を地下へと降りながら、尊は胸中の疑念を募らせる。


「タケル……お前はなにがしたいんだ。本当にこれで、世の中を深界獣から守れると思っているのか? ……それと、お前は、お前は誰なんだ!」


 走る尊の疑念は、決して晴れない。

 そして、今はそれでもしかたがないと思う。

 特務騎士団アスカロンとキリスト真教に、隠された真意があることは明らかだ。だが、それを暴くのはあくまで手段でしかない。

 尊が求める目的は、一つしかない。

 それは、宮園華花ミヤゾノハナカの救出。

 人類を守るラピュセーラーとなって戦う、普通の女子高生、17歳の女の子を助けたい。ただそれだけ。そこに閃桜警備保障の利権は関係ないし、聖オオエド教会の思惑も意味をなさない。

 尊は今、世界のために戦って敗れた、一人の少女を救いたいのだ。

 何度もエレベーターを乗り継ぎ、かなり深く潜って尚も尊は走る。

 スマホで表示させた地図は不確かだが、ハッキングした情報を元に彼を囚われの姫君へと導く……このスマホのリンクが生きてるのは、八王子支社の深界獣対策室しんかいじゅうたいさくしつが今も活動中だからだ。

 仲間を裏切るように、勝手にルキアと二人で出てきた。

 だが、こうしている今も仲間たちは、一緒に戦ってくれてる気がした。


「この先か! ……隔離施設のアイコンが出てる。華花を閉じ込めてるのか? 何故!」


 尊は、最後のエレベーターを飛び出る。そこは既に、地下深く地上からは数百メートルの地底だ。重要な施設が数多くあると思えたが、尊が目指す先は一つである。

 途中、巨大な工房を見た。

 キリスト真教の連中は、大規模な地下工場でギガント・アーマーを量産している。造られているのは、この時代の最新鋭で、メイド・イン・ジャパンを世界に知らしめている"草薙"である。ここで製造され、カスタム機としてチューニングされるのだろう。

 その光景を尻目に走れば、ようやく目の前に隔離施設が現れた。

 警備の兵士が左右に立った扉が、待ち受けていた。

 パスコードなど持っていないし、いきあたりばったりになることは尊にとっては前提条件である。だから、そのまま銃も抜かずにゆっくりと歩み出る。


「あ、あれ? タケル隊長、なにやってるんですか?」

「上の方じゃ、突然所属不明のギガント・アーマーが襲ってきて、暴れてるとか」

「いや、ちょっと待て! 俺は……俺はわかる! タケル隊長しだからわかる! お前のような胸のペッタンコなタケル隊長がいるかよ!」

「いや、その言いようが俺にはわからんのだが。よし、まず止まれ! そこを動くな!」


 二人の兵士が銃を向けてきた。

 流石さすがに、付け焼き刃の変装もここまでである。同時に、尊は察した。自分の姉を詐称さしょうする少女は、常に最前線で戦ってきたのだろう。非常時に、ギガント・アーマーにも乗らずにこういう場所にいると怪しまれる……訝しげに思われ、銃を向けられる。

 タケルは、そういう人間なのだ。

 そう思うと、尊は決定的な絶体絶命の中でも気持ちが安らぐ気がした。


「そう、俺はタケルじゃない……俺は、猛疾尊! 閃桜警備保障、深界獣対策室の猛疾尊だ! 悪く思うな、黙ってもらうだけだ!」


 スカートの中に隠した銃を引き抜く。

 だが、尊が構えたのは、いつもの拳銃ではなかった。それよりずっと大きい。暴徒を鎮圧するためのゴム弾が装填されたショットガンだ。

 あっという間に尊は、警備の兵士を二人、撃ち抜く。

 鳩尾みぞおちにゴム弾の直敵を食らって、軽微の兵士は二人同時に崩れ落ちた。

 そこからは簡単で、護衛の兵士から奪った端末のパスコードで扉が開く。

 そこは、真っ白に漂白された殺風景な部屋だった。

 そして、検査着らしき簡素な服を着せられた華花がベッドの上にいた。こちらに気付いて身を起こした彼女の、あちこちに巻かれた包帯に赤い血が滲んでいた。


「えっ、みこっちゃん!? ……なに、その格好」

「タケルに変装してきた。なかなかだろう?」

「……やっぱ、女装にはまっちゃったんだ。うーん……まあ、人には誰にでも尖った性癖ってあるよね。うんうん!」

「そういうのはやめてくれ、本当に傷付くから」


 思ったよりも元気そうだ。

 だが、見詰め合えばこの非常時に言葉が見つからない。

 互いになにかを言いかけては、譲るように口を噤んでしまう。

 それでも、ようやく尊は想いを簡潔に絞り出した。


「お前を助けに来た、華花。俺は、お前の護衛兼運転手だからな」


 そう言って、手を差し出す。

 だが、ベッドに座り直しても華花は曖昧な笑みを浮かべるだけだった。


「ん、ありがと……みこっちゃん、ちょっと格好いいぞ? まるで、正義の味方みたい。本当の正義の味方って、みこっちゃんみたいな男の子なんだろうな」

「それは違うぞ、華花」

「えっ?」


 いつまでたっても、華花は尊の手を取ろうとしない。

 だから、尊はそのまま手を伸ばして、華花の手を握って引っ張った。

 そのまま、すんなりと華花は立ち上がり、よろける。

 華奢な彼女の身体を抱き止め、無我夢中で尊は気持ちを伝えた。


「俺は……正義の味方じゃない。今は……これからは、お前の、

「みこっちゃん……え、えっ、そ、そそそ、それって!」

「いいから行くぞ! とっ、とにかく今は脱出だ!」

「赤くなってる……照れてる!」

「うっ、うるさい!」


 我ながら恥ずかしい言葉だった。

 でも、本音の本心で、正直な気持ちだったと思う。


「走れるか? 怪我は」

「うん、あ……そ、そっか、そうだよね。もう、わたしの秘密、知っちゃったよね」

「お互い様だ」

「そっか、うん……でも、?」


 ようやく華花が笑ってくれた。

 彼女は、ラピュセーラーに変身していた時のダメージが、そのまま生身の自分に蓄積されることを教えてくれた。今日はサンプル零号ゼロごうと戦って、かなりの出血を強いられた。白い柔肌は切り裂かれ、その痛みも確かにあるという。

 それでも、走れると華花は言ってくれた。

 だから、尊は黙ってその手を引いて走り出すのだった。

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