第21話「たった二人だけの反撃」

 深夜遅く、猛疾尊タケハヤミコトの運転するトレーラーは首都高を走る。

 向かう先は都心部、セントオオエド教会だ。再開発で大きく姿を変えた首都東京は、その中心部の大半が森に覆われている。人口の減少に伴い、緑地化されたのだ。

 キリスト真教しんきょうが広大な森の管理を申し出て、教会や学校を立てている。

 傷付いた人々の心に寄り添う聖職者を、今まで誰も疑いもしなかった。

 勿論もちろん、尊もだ。


「チッ、昼の事件ばかりニュースで流れてくるな」


 小さな苛立いらだちがささくれ立って、尊はラジオのスイッチを切った。

 今日のサンプル零号エロごうの撃退失敗は、大々的に報じられていた。あの狭間光一ハザマコウイチが口を閉ざしてくれていても、サンプル零号という驚異的な個体の情報が漏れ出たのだ。

 既存きぞんの戦力、そしてラピュセーラーでも倒せぬ深界獣しんかいじゅう

 その存在が、夜の空を電波となって行き交っている。

 訳知り顔の評論家が悲観論を並べ、尊たち閃桜警備保障せんおうけいびほしょうへ批判が殺到していた。勿論もちろん対獣自衛隊たいじゅうじえいたいへの風当たりも強い。

 誰もが、抵抗してこない何かを攻撃して不安を誤魔化していた。

 ラジオを切ったら、荷台の上の荷物から声が入ってくる。


「……ルキア、お前、余裕だな」

『ッ! ちょっとー、なーに? 盗み聴きー?』


 インカムから尖った声が耳に突き刺さる。

 搭載された"羽々斬ハバキリ"二号機のルキア・ミナカタは、機体の再調整をしながら歌っていた。どこの国の言葉か、それはわからない。そもそも尊は、ルキアがどこの何者かも知らないのだ。

 車両や重機の免許制度が、復興のために対象年齢を大きく下げた時代。

 それでも、12歳でギガント・アーマーでの戦闘をこなすというのは異常だ。

 思えば、尊はチームメイトのルキアのことを、なにも知らないのだ。


「なあ、ルキア」

『んー?』

「なんで、手伝ってくれんだ?」

『まあ! なにをいってるの、尊さん。ワタクシたち、仲間でしょう? 水臭いですわ!』

「あ、そゆのいいから。小芝居こしばいはいいから」

『あ、そ……まあ、リベンジ? あのアスカロンとかいう騎士団ごっこ連中、ブッ潰してやるんだー。あと、タケルとかってのも』


 昼間の出撃で、深界獣対策室しんかいじゅうたいさくしつは思うように戦うことができなかった。

 何故なぜか、サンプル零号と戦うラピュセーラーを、援護させてもらえなかったのである。タケル率いる特務騎士団アスカロンは、どういう訳か妨害してきたのだ。

 ルキアは、アスカロンと戦闘状態に突入し、本来の仕事ができなかったのだ。

 尊も、現場にいたから悔しい。

 十束流司トツカリュウジだって、アスカロンの横やりがなければもっと楽に戦えたはずだ。対自たいじとも連携してれば、ラピュセーラーをみすみす敗北へ追いやらずにすんだかもしれない。


 ――宮園華花ミヤゾノハナカを救えたかもしれない。


 だが、今となっては過去のIFイフでしかない。

 考えるだけ無駄だが、その事実は消えずに怒りとなって燃える。それが今、尊を突き動かしていた。そして多分、ルキアにとってもそうだと思うが、自信がない。

 本当に尊は、改めて謎の少女パイロットに問いかけた。


「なあ、ルキア」

『だから、なーに? アタシ、忙しんですけどー?』

「……あ、すまん。セッティング変えたのか?」

『やーっぱ、パイルバンカーよりドリルっしょー、って感じ? ……気になる? アタシのこと』

「少し、な」

『少しじゃ、やだ。もっと気にして』


 今日のルキアは、いつになく饒舌じょうぜつだ。

 彼女の息遣いと、コンソールの電子音だけがインカムから聴こえてくる。

 静かな沈黙を破ったのは、意外にもルキアの方からだった。


『アタシさ、今の仕事……気に入ってんの。結構、実入りいいしさー?』

「ああ」

『服もアクセもバンバン買えるし、回りの大人も親切だし。それに……さ』

「それに?」

『アタシみたいなの、もういらないと思うんだよねー。もう、一人もいらない、筈』


 初めてルキアは、自分のことを話してくれた。

 彼女は、尊と似たような境遇で……それでいて、決定的に違う生い立ちだった。


『一口に深界獣災害って言ってもさ、色々あるじゃん? アタシのパパとママは……

「――ッ!?」

『ラピュセーラーと深界獣の戦いに、親が巻き込まれて死んだのが3年前。深界獣から避難民を守ったラピュセーラーが、アタシの親を踏み潰した。目の前で、さ』


 その時、いつものようにラピュセーラーは深界獣を倒した。

 人々は皆、勝利に歓喜した……今現在と同じように。ラピュセーラーが現れて間もない時期で、絶望の中に皆が光を見出した気持ちだったのだろう。

 ルキアの両親は、深界獣災害の被害者として処理された。

 本当は、彼女から家族を奪ったのはラピュセーラー……まだ14歳だった宮園華花だったのだ。


『アンタ、結構頑張るじゃん? あの女のやることで、誰も傷つかないように、何も壊れないように、って』

「ああ、それが俺の仕事だ」

『そこはさー、俺たちの仕事だ、じゃなーい? そゆとこだぞ、猛疾尊!』

「す、すまん……」

『まあ、いいけど。アタシはラピュセーラーを援護してんじゃないの。あいつにもう、深界獣以外殺してほしくないっていうか……でも、今日ちょっと思ったけどさ』


 ――今はもう、あまり戦ってほしくない。

 そういえば、ルキアはいつもラピュセーラーに露骨な嫌悪感、敵愾心てきがいしんにも似た感情をとがらせていた。それは全て、ラピュセーラーが親のかたきだったからだ。

 それも、今は以前ほど硬く感じない。

 彼女の中でも、今日のラピュセーラーの無残な敗北は、心に刺さったのだろう。


『よし、チェック終了! プリセット! ……今、どこー?』

「ん、首都高を降りたが……まずいな、検問だ」

『想定の範囲内ってやつ?』

「ああ、想定内だ」


 実は今、二人は社の服務規程ふくむきていに違反している。

 むしろ、

 八王子支社は、事実上本日を持って組織的な対深界獣戦闘が不可能になった。稼働可能なのはルキアの二号機のみで、一号機と三号機の損傷度は甚大だ。整備班の疲労も目に見えていて、しばらくは開店休業状態だろう。

 だから、黙ってギガント・アーマーを持ち出した。

 勿論、一悶着ひともんちゃくあったが振り切った。

 当然警察にも連絡がいってるだろうし、ある程度の障害は織り込み済みである。


「このジャンクションを出れば、聖オオエド教会は目と鼻の先だ」

『つまりー?』

「強行突破する」

『待ってましたー、やっちゃえー!』


 正直、心が痛む。

 だが、今は華花が無性に心配だ。

 警告灯が灯るバリケードに、尊はそのままトレーラーを突っ込ませた。軽い衝撃音と共に、検問を突破する。警官たちが罵声ばせいを叫んで逃げ惑う声が聴こえた。

 上手く減速しつつ飛び込んだから、怪我人は出ていないと思う。

 すぐに背後へパトカーが追跡してきたが、構わない。

 そのまま尊は、一般道でもアクセルを大きく開ける。

 深夜のいた下道を、巨大なトレーラーが疾駆した。

 その背で、ゆっくりと影が持ち上がる。


『そこのトレーラー! 止まりなさい! 閃桜警備保障のトレーラー! 止まりな――!?』

『こちら303号車! ギガント・アーマーです! 稼働許可のないギガント・アーマーが! トレーラーの上に!』

『いや、まあ……閃桜だからギガント・アーマー、積んでるよな……テロ? え、ちょっと待て! おい!』


 パトカーが足並みをわずかに見出した。

 その隙に、尊はアクセル全開で交差点へと飛び込む。荷台にはもう、真紅の"羽々斬"二号機が立ち上がっていた。右腕のパイルバンカーが、ドリルに換装されている。ドリルといっても、螺旋らせんを刻まれたピンバイス状のもので、円錐型えんすいがたの漫画みたいなやつよりエグみがある。

 尊はサイドブレーキを引きつつ、車体を滑らせ大通りを曲がった。


『ちょっと、落ちるって! それと、ぶつかる!』

「任せた!」

『あっ、そういう……はいはい、いーですけどー?』


 車体が慣性に負けて、牽引する後部が大きくアンダーステアで膨らんでゆく。

 だが、その上に乗るルキアが、"羽々斬"の太い脚を片方下ろした。

 火花と共に金切り声があがって、大きな制動が運転席まで伝わってくる。

 周囲の建物に激突することなく、トレーラーは90度に曲がってそのまま再び加速する。

 背後でパトカー同士が激突する音を聞いて、尊は心のなかで小さく謝った。

 そして……眼の前に森が見えてくる。


「聖オオエド教会だ! 搬入路のゲート!」

『ほいほい。んじゃ……とっつげきーっ!』

「わかってる!」


 警備員たちが逃げ出すのが見えたが、好都合だ。

 そのまま尊は、トレーラーを大型車両の出入り口に突っ込ませた。鉄製の門が弾け飛んで、衝撃がハンドルに伝わってくる。

 急停車すれば、すかさずルキアが躍り出た。

 彼女はマイクの出力を全開にすると、深夜にも関わらず大声を張り上げる。拡声器から、少女の絶叫が木霊こだました。


『どーも、コンバンハー! お礼参りってやつ? ……出てきなさいよ、特務騎士団とくむきしだんアスカロン! アンタ等のせいで……仕返しする前にラピュセーラー、負けちゃったじゃないのー! ブッ殺す!』


 本音が出たなと思った。

 だが、あまりギラついた憎しみは感じない。

 真っ赤な"羽々斬"は、両手でゴツいガトリング砲を構えつつ、スモークディスチャージャーを起動させた。たちまち立ち込める煙幕の中へと、尊は意を決して飛び出すのだった。

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