第23話「神剣は朧月夜に舞い降りる」

 ルキア・ミナカタの"羽々斬ハバキリ"二号機が、激震を大地に走らせる。

 地下施設を走る猛疾尊タケハヤミコトは、不気味な縦揺れの中を宮園華花ミヤゾノハナカと共に駆け抜けた。

 周囲は混乱の渦中で、こちらを気にする者などもういない。

 だが、手を引かれて走る華花は辛そうだった。

 廊下の曲がり角に身を寄せ、向かう先を伺いながら尊は振り返る。


「苦しいか? 華花。傷が痛むか」

「みこっちゃん……ちょ、ちょっとね。しんどい……けど、大丈夫」


 華花は明らかに、疲弊している。

 こんな華奢きゃしゃで小さな……それでも尊よりはすらりと背の高い、ただの普通の女子高生が人類の命運を背負っている。深界獣しんかいじゅうという驚異がもたらす痛みを、全身で受け止めているのだ。

 現在、ギガント・アーマーを中心とした軍事力で、人類はかろうじて滅びに抗っている。

 そして、深界獣が集中するこの日本では、神装戦姫しんそうせんきラピュセーラーだけが頼りだ。

 日本中の誰もが、知らずに救世主を信じてる。

 キリスト真教にいたっては、あがまつりながらなにかをくわだてている。

 その誰もが、華花が必死で耐えてる苦しみを知らないのだ。

 尊さえ、気付かず知ろうともしなかった。


「行こう、みこっちゃん。わたしがここにいる限り、守る人と求める人が戦っちゃうんだよね? みこっちゃんのお仲間さんでしょ、上で暴れてるの」

「ああ、そうだ……が」

「わたしは平気! 痛いの、結構慣れてるし!」


 握ったままの手に、華花は力を込めてきた。

 汗ばんだ手は熱くて、それでもしっかり尊の手を握ってきた。

 もう、尊は迷う必要はなかった。

 そのまま腕を引っ張り、華花を抱き止め……そのまま抱き上げた。


「ちょ、ちょっと、みこっちゃん!?」

「時間がない、急ぐぞ!」

「は、恥ずかしいよ……お姫様って柄じゃないし」

「大丈夫だ、訓練で鍛えている。60kgキロ程度ならば担いだまま全速力で走れる」

「そこまで重くないです! 50kgしかないもん! ……六捨七入ろくしゃななにゅうして50kgだもん」


 真っ赤になって、華花は黙ってしまった。

 だが、構わず尊は走り出す。

 進路はクリア、このまま外へと向かう。勿論もちろん、エレベーターで敵兵と鉢合わせは避けたいので、階段を使う。あっという間に疲労が蓄積してきたが、構わない。両手が塞がったので、思い切ってショットガンは捨ててしまった。

 今はとにかく、この場を脱出するのが先決だ。

 最悪、トレーラーは乗り捨てることになるかもしれない。

 始末書どころじゃないが、それでも華花の無事にまさるものはなにもなかった。

 そして、先程の華花の言葉を思い出す。


「一番の秘密、か……」

「ん、どしたの? みこっちゃん」

「なんでもない! しっかり掴まっていろ!」

「うん……うんっ!」


 尊の首へと、華花が両腕を回してきた。

 密着する彼女から、消毒液の匂いがする。それと、甘やかなフルーツのような香り。温かな柔らかさを抱えたまま、尊は非常階段を駆け上がった。

 どうしても、先程の言葉が脳裏を過る。

 恐らく、一番の秘密とは……何故なぜ、宮園華花がラピュセーラーかということだ。

 それは以前から、閃桜警備保障せんおうけいびほしょうでも調査が進められていた。極秘に身辺を調べ上げ、過去から現在にいたる全てを精査した。だが、ごく普通の女の子と人類の救世主、その接点はわからなかった。

 そもそも、ラピュセーラーが何者なのかも、尊たち人間は知らないのだ。

 ただ、深界獣から人類を守ってくれる、光の救世主であることは確かだ。


「よしっ、外に出るぞ!」

「わわっ、じゃ、じゃあ……ちょっと、そのぉ……お、降ろして、くれる?」

「ん? 何故だ、どうして」

「人に見られるかもしれないし! ……ちょっと、恥ずかしい、から。あ、でも! でもね! 嫌じゃないんだよ? ただ、ちょっと、心の準備が」

「なんだかよくわからないが、わかった」


 そっと優しく、華花を降ろしてやる。

 そうして、再び彼女の手を取ると、尊は重々しい扉を開いた。

 そこは、セントオオエド教会の敷地内だ。外に出て振り返れば、階段の入口は貯水タンクに偽装されている。そして、周囲は森が広がっていた。

 好都合だ。

 このまま外へと抜け出て、ルキアに撤退を合図する。

 ルキアが多勢に無勢で負けるという考えは、ない。生意気でかわいくないチームメイトだが、その腕は仲間内でも一番である。あの鈍重で小回りが効かない"羽々斬"で、取り回しの悪い特殊武器を使った格闘戦をこなせる……間違いなく、エースの器だ。

 だから、信じられなかった。

 森を突っ切り、視界が開けた時……眼の前に広がった光景を。


「なっ……ルキア! クソッ、無茶をさせすぎた……俺のミスだ!」


 尊の目に、信じられない状況が飛び込んできた。

 真っ赤なルキアの"羽々斬"二号機が、片膝を突いて大破していた。その周囲には、特務騎士団とくむきしだんアスカロンが運用する"草薙クサナギ"改型かいがたが無数に残骸となって横たわっている。

 雑魚が相手ならば、数の不利などルキアにとってはハンデにならない。

 だが、沈黙した二号機の前に、紫色のギガント・アーマーが立っている。

 二刀流のブレードを両手に握った、タケルの"叢雲むらくも"である。

 ヒロイックなツインアイが闇夜に光れば、死神のような威圧感が周囲を覆っていた。対して、頭部がそのままガラス張りのコクピットである"羽々斬"は、完全にスクラップ直前のマシーンにしか見えなかった。

 たまらず尊は、無線機を取り出し呼びかける。


「ルキアッ! ルキア、応答しろ! ルキア・ミナカタッ!」

『……うっさいなあ、もぉ……生きてまーす。でも、ちょっち……しくじったかなーって感じ?』

「脱出しろ! 俺は華花の救出に成功した! お前も一緒に逃げるんだ!」

『はは、おめでとさん、っと。なら……援護、したげる。アタシは、さ……このまま……このまま、パパとママに会いに行っても、いいかなって』

「馬鹿を言うなっ! 逃げろって!」

『"羽々斬"のコクピット、目立つから……脱出装置を作動させても……あ、でも、そっちの方が周囲の目を向けさせられるかなあ? エヘヘ……尊、上手くやんなよ? ……あれ』


 嫌な沈黙の後に、ルキアは笑った。

 その声が、ノイズ混じりの中で僅かに涙を滲ませる。


『ポンコツ……これだから旧型機って、嫌い。脱出装置、動かない』

「待ってろ! ルキア! 俺が今、行くっ!」

『来ないで! 来んなっての……アタシより、華花を守ってあげてよ。天下の閃桜警備保障が、さ……守るべきものをほっぽって、仲間を救出とか……ダサいから、さ』

「そんなこと言ってられるか!」

『そうあってほしいの! アタシの尊は、格好悪かったら嫌だもん』


 タケルの"叢雲"が、手にするブレードの片方を振り上げる。

 斬撃が振り下ろされれば、間違いなくルキアは殺される。

 そして、タケルが目的のために躊躇ちゅうちょも容赦も知らないことは、明白だ。

 どうすれば、彼女を助けられる?

 だが、駆け出そうとする尊の手を、ギュムと握って華花が引き止めた。


「行かせてくれ、華花! 俺は……俺はっ!」

「待って、みこっちゃん! ……月。月が!」


 華花が指差す夜空に、今日は雲が低く垂れ込めている。

 その隙間に浮かぶ月が、巨大な影を映し出した。

 それが社の保有する古い古い輸送機だと思い出し、咄嗟とっさに尊は風圧から華花を庇う。

 超低空飛行で、C130輸送機が何かを投下した。

 それは、聞き覚えのある声が響くのと同時だった。


『よくいったさね、ルキア! それでこそアタシの見込んだ女の子だよ! ……さて!』


 信じられないものが、パラシュートを開いて降下してきた。

 それは、本来ありえない機体……五体満足な"羽々斬"だった。一号機と三号機は大破しているし、二号機も擱座した。それなのに、目の前にはフル装備の"羽々斬"が舞い降りる。

 即座に、残存する"草薙"の改型が銃を向ける。

 だが、フォトンライフルの光弾はパラシュートだけを撃ち抜いた。

 咄嗟にパラシュートを切り離した"羽々斬"は、着地と同時に大げさな見栄みえを切る。

 ずんぐりむっくりの低頭身な肥満体が、今は頼もしく思えた。


『こちらは安全第一がモットーの閃桜警備保障でーっす! キャッチコピーは……なんだっけ? はは、やだねえ……久々の現場で調子が狂っちまうよ』


 本来、コクピットにいない筈の女性の声が響く。

 だが、突然現れた天原照奈アマハラテリナの"羽々斬"は、よく見れば尊の三号機……かつて彼女が乗っていた機体だ。そして、ところどころの装甲が青い。

 緑と青のパッチワークで、その上に荷重積載と思えるほどの武装を満載している。


「そうか、! にしたのか!」

「みこっちゃん、ニコイチって?」

「俺の三号機と、流司さんの一号機! 相互に無事なパーツを寄せ集めて、一機にしたんだ。そして、乗ってるのは……義母かあさんっ! なにやってんだよ!」


 崩れ落ちた二号機を足蹴あしげにして、タケルの"叢雲"は動かない。

 代わりに、"草薙"改が3機、照奈の"羽々斬"へと突っ込んでゆく。

 フォトンリアクターを装備した最新鋭のギガント・アーマーは、その手に光の剣を抜刀していた。エネルギーを馬鹿みたいに食うので、短時間しか使えないが……輝く粒子の刃、フォトンソードだ。

 だが、不格好な"羽々斬"は、両手を左右に伸ばして身体を伸ばす。


『最新鋭機はねえ、フォトン科学に頼り過ぎさね……必殺ぅ! アンチフォトンジャマー! かーらーのっ! ミサイル全弾発射! ただし、弱装弾じゃくそうだんさね! くーっ、実弾最高! むせるぅぅぅぅ!』


 信じられないことに、"羽々斬"が見えない空間を広げてゆく。その制空権内で、フォトンの剣が次々と消えていった。閃桜は、こんな装備まで開発してたのかと驚く。

 同時に、実用的じゃないと思えた。

 背に装備している装置らしく、ミサイル発射の反動で"羽々斬"は大きくよろけていた。重過ぎるのだ。

 それでも、鋼の防人さきもりは"草薙"改を排除すると……雄々おおしくこちらへ向かって歩き出すのだった。

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