第19話「鮮血に塗れた絶望」
12年前の、同時多発的な
10年前の、深界獣生け捕り作戦……サンプル
そして今、
唯一、
『よし……すぐに電源を、入れ……』
「こ、これは……流司さんっ! こいつを使うんですか!」
『あたぼうよ! こいつはな……スーパー、ロボットの……必殺技、って、やつ、だ……ぜ』
「……トレーラー側の電力で起動します! 流司さんは砲身の固定を!」
"羽々斬"一号機は
細かな損傷は数え切れず、全身に火花がスパークしていた。
間違いなく、一号機はもうすぐ機能停止してしまう。同じ機体に乗ってきた尊には、それがわかる。そして恐らく、パイロットの流司も手傷を負っているのだろう。
もう、時間は残されていない。
その、最後のチャンスに賭けるしかないのか?
父の
「よしっ、ケーブルは接続されてるな……トレーラーの全電源を、投入っ!」
『おっしゃあ! ……サンキュ、な……尊。こいつで……フォールディング・リニア・カノンッ!』
"羽々斬"一号機が、身を
本来、"羽々斬"の背にマウントされるもので、完全な固定武装の
それでも、冷却の白い煙を吹き上げながら、折りたたまれていた砲身が展開する。
全長30mを超える、超巨大な超電磁砲……いわゆるレールガンである。
フォトン兵器が主流となったギガント・アーマーでも、このフォールディング・リニア・カノンを超える射撃武器は、数える程しかないだろう。
「電圧安定……流司さんっ!」
『おう……もう長くはもたねえ、から、よ……一発で決めてやるぜ』
だが、砲口が
既にもう、ラピュセーラーは
容赦のないサンプル零号の攻撃が、可憐な乙女を
奇妙な違和感を感じるくらい、ラピュセーラーの攻撃は効果がなかった。
だとすれば、フォールディング・リニア・カノンを持ってしても……
「い、いや、弱気は禁物だ。待ってろ、華花……流司さんは百発百中だ。って、流司さん!?」
『へへ……俺もコイツも限界みたいだな。だが、よ……この一発は! 外さねえっ!』
なんとか機体を安定させて、流司が
超電導の甲高い起動音が響いて、冷却装置がフル稼働……発砲と同時に、フォールディング・リニア・カノン本体は氷に包まれ凍結した。
それは、小さな爆発を連鎖させながら、一号機がその場に崩れ落ちるのと同時だった。
「流司さんっ! クソッ、どうだ! この距離でも直撃すれば――!?」
無情にも、放たれた砲弾は……サンプル零号の硬い甲殻に弾かれた。
傷一つつけられない。
だが、無駄ではない。
確かに尊は見たのだ。
砲弾が弾かれたその瞬間、奇妙な光が着弾点を中心に広がっていた。そしてよく見れば、ラピュセーラーが打撃を与える
なにかしらの防御機構があるのでは? そんな疑念が脳裏を過ぎった。
「あれだけの防御力、もしかして……だが、どうやって伝える! 華花にどうやって!」
迷っている時間はなかった。
だが、戸惑い
その横を、突然巨漢の男が通り過ぎる。
「えっ? あ、あんた……」
「ここは俺と山ちゃんに任せな! 猛荒博士は応急処置してきた。肋骨を2、3本持ってかれてる……最悪、肺に刺さってるかもしれない。けど、ここで死なせる訳にはいかねえよな」
「狭間、さん……いや、でも」
「いいから行けっ! ……その、華花ちゃんてのが、ラピュセーラーなんだろう? いいさ、誰にも言わねえ……今はお前は、華花ちゃんのために行けっ!」
光一は山ちゃんに指示して、倒れた"羽々斬"のコクピットから流司を引っ張り出す。
それを見届け、意を決して尊は走り出した。
自分の声が届く距離まで近付けば、あるいは……敵が一種のバリアを持っている、そのことが伝われば、ラピュセーラーに逆転の目がある。
しかし、全力疾走する尊の
それでも立ち向かう彼女が、尊をさらに加速させる。
「はぁ、はぁ……こんな、
ラピュセーラーが、ついに
その
サンプル零号は、その首の力だけでラピュエーラーをブン投げた。
その巨体が、影となって尊を覆う。
直後、激震。
大きく倒れ込んだラピュセーラーの巨体が、猛烈な砂煙と熱風を巻き上げた。走る尊は、そのまま吹き飛ばされて大地へ転がる。
視界が奪われる中、なんとか立ち上がるが……サンプル零号の
「くっ、ラピュセーラーは……華花はっ!」
周囲は血の海だった。
森の木々も、その枝葉から粘度の高い血液を滴らせている。
そして……尊の願いを吸い上げるように、ラピュセーラーは自力で立ち上がった。その姿は、見ているだけで痛みと苦しみを伝えてくる。
無敵の巨体も、その姿はただの女の子なのだ。
神の
ただの女子高生、宮園華花が守ってきた平和……それが今、崩れ去ろうとしていた。
それでも、地響きを立てて迫りくるサンプル零号に、ラピュセーラーはファイティングポーズを取る。その
「ラピュピュッ! こうなったら……必殺技! 必ず殺すと書いて、必殺技なんだからっ!」
ポニーテイルに結ったラピュセーラーの金髪が、ふわりと逆立つ。そのまま頭上で円を描けば、光り輝く天使の輪が生み出された。
今の今まで、この必殺技で倒せなかった深界獣は存在しない。
今はその力を信じて、思わず尊も拳を握った。
「エンジェリイイイイイック! スライサアアアアアアアッ!」
邪悪を両断する光輪が、ラピュセーラーの伸ばした手から放たれた。
しかし、結果は今までと同じ。
先程にもましてはっきりと、サンプル零号を覆う光の
勝ち誇ったような絶叫を張り上げ、今度はサンプル零号の口が天地に大きく開く。
「やばいっ、避けろ! 華花!」
「えっ? その声……みこっちゃん!? どうしてここに! ……っていうか、今」
「話はあとだ! あの深界獣は……サンプル零号は、なにかしらの特殊な防御能力を持っている! 攻撃を受けた時、見えない壁が光るのがわかった。つまり――」
ラピュセーラーの声は、返ってはこなかった。
おぞましい声と共に、サンプル零号の口から苛烈な光が
全てが通り過ぎた時、そこに地球を守る救世主の姿はなかったのだった。
「華花……おいっ、華花っ! 嘘だ……お前が負けるなんて! いや、負けてもいい! けど、けどっ!」
尊は再び走り出す。
その頭上を、スマートなギガント・アーマーが通り過ぎた。完全な飛行能力を持つ、タケルの"
すぐ近くへ、尊が走る先へとその機体は着陸した。
風圧に逆らい、茂みをかき分けて森を進む尊。
視界が開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「なっ……お前たち、なにをやってる!」
そこには、倒れた宮園華花の姿があった。恐らく、朝早く出てきたからだろう……
なにより驚いたのは、謎の一団が彼女を連れ去ろうとしている。
特殊なスーツを着た男たちで、とても医者や救護班といった雰囲気ではない。
ようするに、まともじゃない不審者集団が、華花を連れ去ろうとしていた。
「……お前たち、聖オオエド教会の人間だな!? そうだろ、タケル! そこにいるなら説明しろ! 華花をどうするつもりだ!」
見下ろす"叢雲"から言葉はない。
そして、男たちは
慌てて尊は、スカートの中から拳銃を取り出した。
その時ようやく、スピーカーを通したタケルの声が響く。
『よそう、尊。今はそんなことをしてる場合じゃないよね? ここはボクたちに任せて』
それだけ言うと、連中は撤収していった。
あとを追おうにも、尊は"叢雲"が飛び立つ風圧で今にも吹き飛ばされそうだ。
そして……振り向けば背後で、勝利の雄叫びをあげたサンプル零号が、背中の巨大なヒレを震わせている。そして、その姿は土砂を巻き上げ地中へと消えてゆく。
そう、サンプル零号は地の底を通って現れ、今再び地底へと去ったのだった。
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