第18話「衝撃の再会、憎しみと絶望と」
ラピュセーラーの登場が、
恐らくそれは、この地球上の人類ならば皆、一緒だ。どこからともなく現れ、無敵の力で
それが、一人の普通の女子高生の行いだとも知らずに。
そして、知ったからには尊はもう、放ってはおけなかった。
「よしっ、頼むぞ……あんたらも手を貸してくれ! あっちの車の人を助ける!」
尊は恐怖を忘れて走り出した。
その背は、おぞましい深界獣の絶叫にビリビリと
突如として内陸地に現れたことも含めて、謎は謎を呼んで結びつく。
それでも今は、自分ができるベストを尽くすべく尊は走った。
道を外れて森に突っ込んだ車に駆け寄れば、大きくフロントがひしゃげて煙を上げている。急いでドアをこじ開ければ、そこには以外な人物が座っていた。
「なっ……どうしてあんたがここに!? どういうことだっ!」
「う、うう……その声、は……尊か? ……女の子? タケル……じゃ、ない、な」
「俺の質問に答えろ、父さんっ!」
そう、そこには……膨らんだエアバックから顔をあげる、
最後に見た時から、随分老け込んでいる。髪は白いものが混じり、少し
一瞬、思考が停止する。
言葉が出てこない。
ただ、焦るあまりか荒雄を尊は父さんと呼んでいた。
「なにをしてた? どうしてここに!」
「尊……世界は、今……新たな時代へ、突入、し……」
「深界獣のことか? ……海から以外も、今後は深界獣は現れるということか!」
シートから降ろしてやると、荒雄は弱々しく
恐らく、この場にいたのは深界獣が出現したからだろう。まだ、この男は……尊の父親は、深界獣を研究しているようだ。
その証拠に、おぞましい獣の絶叫が響く中、ブルブル震える手で荒雄は空を指差す。
その先へと首をめぐらせれば、ラピュセーラーと組み合うサンプル零号が暴れていた。
「あれは……第八、世代……
「くっ、
すぐに尊は、訓練を受けた通りに救急救護を始める。
外傷はないようだが、恐らく事故のときに胸を強く打ったのだろう。内臓破裂の心配もあったが、呼吸と脈拍はまだ大丈夫なのようだ。
丁度その時、道路側から自分たちを見下ろす人影が一つ。
それは、
「ああ、あんたか! 丁度いい、手を貸して……おいっ、聞いているのか!」
尊が
その背後では、死闘が繰り広げられていた。
ややあって、ビクリを身を震わせ、光一が足早に近寄ってくる。
その目には、尋常ならざる眼光がギラついていた。
「猛疾荒雄……見つけたぞ、貴様ァ!」
「なっ……おい、あんたっ! 狭間光一、なにをする!」
「どけぇ! やっぱりな……息子やラピュセーラーを追ってれば、絶対に尻尾を掴めると思っていた! もう逃さんぞ!」
尊は、予想だにしなかった力で突き飛ばされた。
息子という支えを失った荒雄は、ふらふらとその場に崩れ落ちる。だが、光一はその
「さあ! 教えてもらうぞ! 12年前、なにがあったか!」
「う、ぐ……君、は……」
「俺は、狭間光一! わかりやすく言ってやろうか?
「……良子、君の……!?」
――狭間良子。
尊が初めて聞く名だ。
だが、その人が妻だったと、確かに光一は宣言していた。
「言え!
「そ、それは……」
「俺から言ってやろうか! 中東で調べはついてる……貴様っ、さる国の軍事政権、独裁者に世界を売ったな! 深海の超エネルギーなどというほら話を、お前は売り込みたかった!」
ようやく立ち上がった尊は、急いで光一を荒雄から引き剥がす。
まるで今の光一は、
今の会話で、少しは話しの流れがわかる。
ようするに、光一もまた12年前のブロークン・エイジに、人生を狂わされた男だったのだ。普段の
だが、父親を……それ以前に怪我人を、無下に扱うことは許せない。
「落ち着けって! 今はみんなでここを脱出する。父さんは……猛疾博士は負傷してるから、手当をする! 真実を聞き出すのは、そのあとでもいいだろう!」
「……そう、だな。すまん、いい大人が我を忘れた。そいつに人生を狂わされたのは、俺だけじゃないし、お前だってそうなのにな」
「俺の人生は狂っちゃいない! こんな馬鹿親父のことなんかで、狂ってやれるか!」
「ハ、ハハ……いいな、それ。やーるじゃないの? おじさん、教えられちゃった。もっとも? そーの格好じゃ説得力なーいけどねえ?」
尊は今、女装している。
見るも流麗なる、ドレスのように華美な制服を着ているのだ。将来の
そのことを指摘されて、尊も冷静さを取り戻す。
突然の父親との再会。
言いたいことは沢山ある。
だが、今は脱出してからだ。
「トレーラーに運ぶ、手を貸してくれ! あのデカいのは!」
「ああ、
「当然だ!」
二人で肩を貸し合って、荒雄を運ぶ。
その時にはもう、荒雄は気を失っていた。だが、苦悶の表情で
なにはともあれ、尊はどうにか車道の上へと三人で戻った。
そして、広がる光景に絶句した。
「なっ……
信じられない、網膜に反射する光が浮かべる風景を拒絶したい。
そこには、いつになく苦戦するラピュセーラーの姿があった。今まで、ラピュセーラーが深界獣に遅れを取ることはなかった。彼女が劣勢に立たされるのは、周囲に守るべき人々や、その暮らしがある時だけ。
ここは奥多摩の山中、周囲に人影も建造物もない。
だが、森の中での激闘はラピュセーラーを徐々に窮地へ追い込んでゆく。
今、サンプル零号の巨大な
まるで激痛に顔を歪めるように、清楚で可憐な表情が
「ラピュピュ……こんのぉ! はな、れな、さいっ! んぎぎぎ……なにこれ、ちょっと……いつもの深界獣とは違うの!?」
セーラー服にミニスカート、その腕は不思議な素材で覆われ二の腕だけが肌を露出している。そんなラピュセーラーの前腕部に、サンプル零号が歯を突き立てていた。
ラピュセーラーは全長50m前後、サンプル零号とは体格差があり過ぎる。
まるで、文字通りサンプル零号が巨大
だが、彼女は退くことも逃げることも知らない。
結果、予想だにせぬ状況に尊は目を見開いた。
「うっ、あああっ! こ、この……聖なる乙女は……こいつっ、乙女チョップ! チョップ、チョップ! って……嘘、なんか普段と、ぐっ、あ……ひぎいいいっ!」
突然、バシャリと路面に赤い液体がぶちまけられた。
大量の血液が撒き散らされたのだと気付くのに、尊は数秒の時間を必要とした。
ラピュセーラーは今まさに、サンプル零号に右腕を食いちぎられそうになっている。
初めて知った……ラピュセーラーは、人間と同じ赤い血が流れているのだ。
そしてそれは、尊にとっては
彼女を守る、それは任務である以上に尊の日常だったのに。それなのに……今、離れた場所からみているしかできない。
ラピュセーラーは、なんとか左手でサンプル零号の上顎を掴むや、右手を引き抜いた。
今や周囲は血の海……おびただしい流血にラピュセーラーは大きく肩を上下させている。
「クソッ! みんなは……あの
もしや、ラピュセーラーより先にこのサンプル零号と接敵して、やられてしまったのか? その答そのものが、ジャンプ飛行で突然近くに着地した。
激震に揺れる中で、尊は見た。
それは、仲間の
既に左腕が脱落して、肩から引きちぎられて失われている。
「流司さんっ!」
『おう、その声……尊か? こいつ、借りるぜ? へへ……ラピュセーラーは、よぉ……女の子は、女の子だけは! 助けなきゃなあ!』
「でも、その損傷じゃ」
『"羽々斬"は頑丈だけが取り柄だ、違うか? ……みんな、見ててくれよ……見てるとしたら、そこは天国か? 今……今っ、俺がぁ! みんなの
流司の一号機が、トレーラーの上のシートを片手で引っ
そこには、以外な秘密兵器が……尊にとっては忘れられない、必殺の最強武器が身を横たえているのだった。
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