第16話「なにかを守って戦うために」

 激震に格納庫ハンガーが軋む。

 高い天井で今、いくつもの照明器具がギシギシ音を立てて揺れていた。

 震度は4か5か……耐震性については問題がなくても、やはり地震は恐ろしい。咄嗟とっさ猛疾尊タケハヤミコトは周囲を見渡し、ケイジの安全を確認する。全高20mのギガント・アーマーは、ちゃんと安全対策のために固定されていた。

 ここにはもう2機しかないが、青い一号機と赤い二号機、閃桜警備保障せんおうけいびほしょうの保有する"羽々斬ハバキリ"は大丈夫である。そして、そのずんぐりとした姿とは全く違うスマートなシルエット、タケルが持ち込んだ"叢雲ムラクモ"も問題なさそうである。


「くっ……揺れが収まってきたか? だが、妙だ」

「うん、尊もそう思うかい? ……この揺れの感じは、震源が随分と浅いみたいだ」


 尊の隣には、同じゲオルギウス学園の制服を着たタケルが身を屈めている。

 周囲の混乱も、揺れが落ち着いてくると終息していった。すぐに整備班の面々が、機体の無事を確かめるために動き出す。

 ようやく揺れが収まり、気付けば尊はタケルに密着している自分に気付いた。

 思わず無意識に、彼女を抱き寄せかばっていたようである。

 幸い、天井からの落下物はなかった……慌てて飛び退くように離れる。


「ふう、尊は優しいね。ボク、そういうキミも嫌いじゃないよ」

「……たまたま、近くにいたからだ。誰でも俺は守るし、お前だって同じはずだ」

「ま、相手が地震ならそうかな? でも……フフ、ちょっと焼けるね」

「は? なにがだ?」

「いや……宮園華花ミヤゾノハナカをこういうふうに、キミはいつも守ってやってるんだなと思ってさ」


 タケルは、眼鏡の奥で目を細める。

 だが、一難去ってまた一難……突然、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。

 この八王子支社で、緊急事態といえば一つしかない。

 すぐに社内アナウンスのスピーカーが、逼迫した声を叫ばせる。


深界獣しんかいじゅう警報発令! 都内に深界獣が出現しました! 深界獣対策室、出動願います! 繰り返します――』


 一気に周囲の空気が、緊張感に包まれた。

 先程の地震の恐怖さえ、すぐにさらなる恐怖に塗り潰される。

 そして、この場に集った者たちはこれから、その恐怖に立ち向かってゆくのだ。たとえ深界獣を倒せずとも、その侵攻を遅らせることができる。一秒を稼ぐために命をかければ、それで一人でも多くの人間が避難できるのだ。

 それに、人類には勝利の聖乙女ラ・ピュセル、ラピュセーラーがいる。

 彼女がもたらす被害を防ぐこともまた、尊たちの大事な任務だった。


「全機、エンジンに火ィ入れろ! トレーラーを回せ! 野郎ども、出動だ!」

合点がってんでさあ、おやっさん!」

「一号機、二号機、アイドルアップ! 火器の装備、急げよ!」

「道路状況を確認しろ! さっきの地震で渋滞が予想されっからな!」


 整備班たちは、班長の飛ばす激にキビキビと動き始める。

 残念だが、尊にはやれることがない。

 なにせ、彼の乗る"羽々斬"三号機は、現在大破して修理中なのである。

 だが、乗れる機体はある。

 そのことを、タケルはまるで誇るように示してきた。


「尊、持ってきた"叢雲"の予備機、使わないかい? ボクからのプレゼントだから、もらってくれていいんだよ?」

「……タケル。しかし」

勿論もちろん、条件はある。ボクの特務騎士団とくむきしだんアスカロンで、キミにも一緒に戦ってほしい。さあ、どうする? キミは皆を守るんだろう? なら、迷う必要はない筈だ」


 尊はパイロットだ。

 乗る機体がなければ戦えないし、なにも守れない。

 そして、悲しいかな……タケルの持ってきた"叢雲"の性能は自分でもはっきりとわかっていた。フォトンリアクター搭載型の、最新鋭ギガント・アーマー。しかも、とびきりのチューンを施したスペシャルメイドだ。

 過敏過ぎるとさえ言える操縦性は、極限の運動性と機動性を実現している。

 普段乗ってる"羽々斬"とは、雲泥うんでいの差……そして今、尊が乗れる機体はこれしかない。


「……確かに、この"叢雲"があれば、沢山の人が救える。この機体は出撃するべきだ」

「決まりだね、じゃあ――」

「だが、俺が乗る必要はない」

「……へ? 尊、なにを」


 尊の答えは決まった。

 決まっていた。

 だから、タケルの手を取り、更に手を重ねる。


「タケル、この"叢雲"に乗って、俺たちを手伝ってくれ!」

「……随分と調子のいいことを言うなあ、キミは」

「俺よりお前の方が慣れてる分、この機体の性能をフルに引き出せる筈だ」

「当然さ。……キミはどうする? なにもせずにいるつもりかい?」

「俺は俺のできることをする。だが、使える機体には、一番ベストなパイロットが乗るべきだ。違うか?」


 タケルは面食らったように、目をしばたかせた。

 だが、いつもの自信満々な笑みを冷たく浮かべる。


「まあ……いいよ。なるほど、すじは通る。じゃあ、キミのために施したリミッターをカットして……そうだね、すぐ出られる。もともと、ボクの予備機だしね」

「助かる! 俺は他の職員とバックアップに回る!」

「ただ! 待って、尊。レディにものを頼むからには、ちゃんとしてくれないかな?」

「そ、それは……え? 俺になにをしろってんだよ」


 尊の手を振り払うと、タケルはそっと尊のほおに触れてきた。

 そのまま身を寄せてくる彼女との距離が、ゼロになる。

 気付けば密着されていた尊のくちびるに、柔らかななにかが触れた。周囲は自分の仕事で忙しくて、誰も二人を見ていなかった。

 初めてのキスは、一秒足らずでぬくもりと柔らかさを刻んで離れた。

 タケルは赤い舌でチロリと自分の唇を舐め、ニッコリと笑う。


「ごちそうさま、弟クン。じゃ、お姉ちゃんはいってくるからね。フフフ」

「なっ……誰がお姉ちゃんだ! あと、姉弟きょうだいじゃ普通はこんなことしないっ!」

「ボク、普通なつもりはないしね。特別なんだよ……ボクも尊も」


 それだけ言って、タケルは機体の方へ走り去ってしまった。

 それを見送れば、背中に殺意にも似た視線を感じて振り返る。

 そこには、パイロットスーツに着替えたルキア・ミナカタが腕組み仁王立ちしていた。その目が、不潔な汚物を見るかのように眼差しを尖らせている。


「……見てた、か?」

「べつにー? よかったじゃん」

「よくはない! けど、そうか、出撃だよな。気をつけろよ、ルキア」

「うっさいわねー、誰に言ってんの? 誰に。……チッ、先こされたかあ」

「え、なにを?」

「なんでもないわよ! アンタは指をくわえて見てなさい! あんな奴より、アタシの方が深界獣と上手く戦えるんだから! 機体の性能差なんていいハンデね、フンッ!」

「ああ、見てるよ。しっかり頼むぞ」


 ついつい、年下のルキアが突っ張るところも可愛く思えてしまう。気分屋でかわいくないことも多いが、わしわしと尊はツインテールの頭をでた。

 その手をルキアは振り払ってきたが、文句ばかり言う口はもごもごと言葉をかたどらない。


「ルキア、あいつの……タケルのフォローを頼む。あいつは深界獣の殲滅せんめつのためなら、手段を選ばない。けど、俺たちは違うだろう?」

「はいはーい、わかってますよーだ。アタシたちは、守るために戦ってるんでしょ? ミミタコでーす」

「おう、頼むな」


 ルキアは自分の二号機に駆けてってしまった。

 すでに"羽々斬"を積載するトレーラーが、格納庫の前に集合している。

 先に青い一号機が歩き出し、コクピットのある頭部から男が見下ろしてくる。十束流司トツカリュウイjは拳に親指を立ててサムズアップするので、同じポーズを尊も返してやった。

 仲間たちが今、戦いに出てゆく。

 そして、尊にもなにかができる筈だ。

 迷わず彼は、ギガント・アーマーが歩く振動の中で整備班に駆け寄った。


「おやっさん! 俺にもなにかできないですか! 人手が必要なとこに、なんでもいいんで放り込んでくださいよ!」

「その声……なんてこった、お前さん……尊か! やっぱり女じゃったか」

「違うけど、今は説明してるひまはないっ!」

「……その格好……うむ、疲れとるようじゃな? 今日は帰って休め、な?」

「変に優しくするなって! 扱いが痛からさあ」

「ふむ、しかし三号機は修理中だしのう……おお、そうじゃ! お前さん、大型免許も持っとるな?」


 尊は、あらゆる車両の免許を取得している。勿論、ギガント・アーマーのものもだ。

 見れば、外には本来三号機を乗せるためのトレーラーが到着してる。その荷台には今、なにかシートに包まれた荷物が搭載されている。

 それを指差し、班長は真剣な表情になった。


「あれを運んでくれんかのう……今日の現場は、ちと荒れる。ワシの勘がそう言うとる」

「わかった! 秘密兵器かなんかか?」

「おうよ! ま、流司のボウズなら使いこなすじゃろう」


 聞けば、三号機が修理中なので、それを運搬する運転手が有給を取得しているらしい。だが、班長の悪い予感というのは当たるし、老人の直感は馬鹿にできないものがある。

 急いで尊は、トレーラーへと向かった。

 その高い高い運転席へと、備え付けのタラップをよじ登って滑り込む。

 驚きに目を丸くしたのは、その瞬間だった。


「よ! お邪魔してまーっす、てか?」

「お前っ! 週刊サロメの!」

狭間光一ハザマコウイチ! そろそろ覚えてくれないかなあ? おーじさん、ちょーっと寂しいなあ!」

「連れのデカいのまで。今すぐ降りろ! これから戦場に行くんだぞ!」


 だが、光一の眼光が突然鋭くなった。彼は、バキボキ拳を鳴らし出す背後の巨艦、相棒の男を手で制する。そして、いつになく真剣な声で話し始めた。


「ラピュセーラーの正体は、ついでだ。俺は……オタクのお父さん、猛疾荒雄タケハヤスサオを追っている。近くに感じるんだよ……嫌でも乗せてもらうぜ? 俺は奴に、確かめたいことがあるんだ」


 しまいには、女装して学園に潜入していることを世間にばらすとまで言ってきた。

 先を急ぎたい尊は、考える余地を残したまま、黙ってトレーラーを発車させるしかなかった。

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