第15話「突きつけられたもの」

 一夜明けて、朝。

 早朝の八王子支社へと、猛疾尊タケハヤミコトは愛車を飛ばしていた。

 東京でも僻地へきちと呼ばれるこのあたりは、総じてのどかな片田舎かたいなかといった印象を与える。深界獣しんかいじゅうの襲来で再開発が停止し、まるで昭和の町並みがそのまま残っているかのようである。

 一時よりも都市機能は低下しているが、移住してくる者は多く活気に満ちている。

 内陸部には深界獣は現れないからだ。


「タケルの奴め、なにを考えているんだ?」


 閃桜警備保障せんおうけいびほしょうのゲートで一時停止し、窓を開けて守衛にIDカードを差し出す。

 その間もずっと、尊はチリチリと爆ぜるような苛立いらだちを感じていた。

 だが、壮年の守衛しゅえいは何度もIDカードを見ては、ゲートを開けようとしない。


「あのう……猛疾尊、さん? 所属は、深界獣対策室」

「そうだ」

「写真が、その」

「写真? ……はっ! し、しまった!」


 IDカードの写真とは違って、今の尊は……可憐な美少女、竹早美琴タケハヤミコトなのだった。このあとマンションに一度戻って、宮園華花ミヤゾノハナカとゲオルギウス学園に登校する予定だ。だから、先に着替えていただが、それが仇となった。

 気まずい。

 非常に、気まずい。

 老人も、目を瞬かせて対応に苦慮している。

 やれやれと大きな溜息をついて、尊は窓から身を乗り出す。


「……現在、特殊任務中だ。よく見ろ……髪型が違うが、顔は同じはず

「え、ええ、と……はあ、まあ、そう言われてみると、そんな気もしますなあ」

「まあ、セキュリティが厳重なのは好ましいことだ。深界獣対策室しんかいじゅうたいさくしつに繋いでみてくれ。そっちから事情の説明があると思う」


 こうして、守衛の男に内線電話で確認してもらい、どうにか八王子支社の敷地内に入ることができた。なんだか、朝からどっと疲れた気がする。

 だが、ようやく空が白みかけた中で、尊は急いで駐車場に愛車を止めた。

 そのまま支社の社屋を迂回して、直接ギガント・アーマーのハンガーへ向かう。

 オイルのにおいと共に、整備員たちの威勢のいい声が今日も響き渡っていた。

 スタッフを示すジャンパーを着た十束流司トツカリュウジが、尊に気付いて振り返る。


「おっ、来たな! ……いやあ、化けたもんだなあ。お前さん、今後はそっち路線で行くか?」

「からかわないでくださいよ。……あれ? ルキアは」

「まだ寝てらあ。昨日から待機任務で宿直室」

「……俺が三号機を壊したから、ローテも大変ですよ、ね」

「まーな。でも、ほら、そこをカバーし合うのがチームっしょ」


 流司はそう言って笑う。

 つられて尊も笑ったが、その表情を見て流司は鼻の下を伸ばした。

 とても、微妙な気持ちになる。


「そ、それより! あの話、本当なんですか?」

「本当もなにも、ほれ。あと、あのカワイコちゃん、知り合い?」

「昨日報告したやつですよ。……嘘だろ、オイオイ」


 ハンガーの奥の人だかりと、誰もが見上げる巨神の姿。

 最新鋭のギガント・アーマー、47式"叢雲ムラクモ"がそこにはあった。昨日、タケルが乗っていた機体ではなく、塗装もされていない白無垢しろむくの状態である。

 そして、それを運び込んだであろうタケルの姿が、少し離れたコンテナの上にあった。

 彼女はこちらの視線に気付くと、眼鏡めがねの奥で切れ長の目を細めて笑う。


「おはよう、尊。今日もかわいいね」

「……タケル。なにをたくらんでいる? 俺になにをさせるつもりだ」

「うーん、リアクションなし、スルーかあ。残念……本当にかわいいのに」

「質問に答えろ!」


 タケルは腰掛けたコンテナから、飛び降りた。

 ふわりとプリーツスカートが舞い上がる。

 尊と同じ制服姿で、彼女はツイと眼鏡のブリッジを指で押し上げる。


「尊。ボクと来て、ボクと一緒に戦って。猛疾博士もそう望んでいるよ?」

「父さんが? ……いや、あんな男、父親なものか! それに、お前と俺とは目的も手段も違う!」

「ラピュセーラーの戦いを援護することに変わりはないさ」

「お前達のやり方は、ラピュセーラーが……華花が望んでいるものじゃない!」


 そう、華花は優しい少女だ。

 自分が巨大ヒロインとなって戦う、その痛みと羞恥心に耐えている。そして、たとえ人類を守る使命を帯びた戦いでも、被害が出ることに心を痛めているのだ。

 だから、尊たち深界獣対策室が存在する。

 深界獣は勿論もちろん、ラピュセーラーからも人々の暮らしを守るのだ。

 だが、タケルたち特務騎士団とくむきしだんアスカロンは違う。

 思わずヒートアップする尊だったが、ポンと肩を流司が叩いた。


「お嬢ちゃん、うちのエースをヘッドハンティングかい? そういう強引な引き抜き、困るねえ」

「キミは……十束流司。元、対獣自衛隊ギガント・アーマー部隊の、あの? へえ、今は閃桜にいるんだね。あの時の戦いが原因かな?」

「……昔の話さ。それより、だ」


 一瞬、流司が表情を陰らせた。

 だが、すぐにいつもの飄々ひょうひょうとした締まらない笑みを浮かべる。


「お嬢ちゃんたち、あれだろう? キリスト真教の私設武装集団……深界獣を倒すためなら、あらゆる犠牲を払ってもいいと思ってる連中だ」

御明察ごめいさつ。どうかな? 流司もボクたちに合流すればいい。もう一人、小さな女の子がいたと思うけど……みんな、もう"羽々斬ハバキリ"での戦闘には限界を感じてるんじゃないかな?」


 タケルは、こちらを見透かすかのような笑みを浮かべている。

 怜悧れいりな表情が一際冴え冴えとして、どこか妖精や女神のような印象を与えてくる。だが、その微笑みは冷たく、見る者全てを寒からしめる刃を秘めていた。

 尊は、そんな彼女を真っ直ぐ見据えて言葉を選んだ。


照奈テリナさんが……かあ、さん、が……言ってた」

「うん? いや、尊。キミの母親は確か」

「俺の母さんをやってくれてる人が、言ってた! 今ある機材で戦ってくしかない……その中で俺たちは、ベストを尽くす。……まだ、"羽々斬"でやれることが、あるっ!」


 周囲の整備員が、息をむ気配が伝わった。

 皆、愛着を込めて、我が子のように"羽々斬"を大事にしている。それは、単なるセンチメンタル、ロマンチシズムではない。旧式だからこそ、どのパーツも信頼性は高く、どこがどう壊れるか、どこまで耐えれるかを熟知できるのだ。

 "羽々斬"が戦ってきた歴史は、共に歩んだ人々の叡智えいちの結晶でもあるのだ。

 目的が暮らしごと人々を守ることだから、より強い機体というのは拒む理由がない。

 だが、強い機体のために目的を見失ったら、本末転倒である。


「タケル、帰ってあの男に……父さんに伝えろ。俺はまだ、ここで"羽々斬"で戦う」

「……ロートルのポンコツでかい?」

「そうだ。昨日乗ってわかった……"叢雲"はあらゆる面で"羽々斬"を凌駕りょうがする性能を持っている。ピーキーだが、乗りこなせばかなりの人を救えるし、施設だって守れる」

「そういうことに使うつもりはないよ? ボクの使命は、ラピュセーラーを使っての深界獣殲滅せんめつだからさ」

「なら、俺とお前の行く道は交わらない。俺は、お前とは一緒に戦えない」


 重苦しい沈黙が広がった。

 だが、尊は言うべきことを言い終えた。

 だから、黙ってタケルの言葉を待つ。

 タケルもまた、少し信じられないといった顔で目をまたたかせる。

 そんな時、突然ハンガーの隅で怒号が響き渡った。


「おいっ! お前、こらっ!」

「逃げるなって……そっちのデカいのも押さえつけとけ! 侵入者だ!」


 誰もが振り返る先を見て、尊は驚きに目を見張る。

 そこには、絶対にこの場にいてはいけない、部外者の姿があった。

 くたびれたスーツ姿は、黒い上着に黒いネクタイ。どこか神経質そうな顔をした中年の男に、尊は見覚えが会った。勿論、一緒にいる巨漢にもだ。


「あれは……週刊サロメの!」


 思わず駆け寄れば、周囲が慌ただしくなる。

 どうやら、特ダネを求めてか敷地内に潜入、あろうことかこのハンガーにまで忍び込んできたようだ。尊の姿を見て、その男は悪びれるどころか、ヒュー! と冷やかしの口笛を吹く。

 男の名は、狭間光一ハザマコウイチ

 胡散臭うさんくさい経歴を持つ、たちの悪いジャーナリスト崩れである。


「おやおや……猛疾尊君、だよね? 前にもちょっと会ったけど、やっぱり女の子なんじゃなあい?」

「これは事情がある! 俺は男だ!」

「まあ、いいやぁ。ねね、そっちのギガント・アーマー……対獣自衛隊の"草薙クサナギ"とは違うよねーえ? 昨日のアスカロンとかいう部隊の……そう、確か"叢雲"だ、ははっ!」


 整備員たちに拘束されたまま、光一は鋭い眼光を投げかけてくる。口調こそおどけているが、目元は笑ってはいない。そして、ギラついた瞳には、スクープを求める獣のような激情が燃えていた。

 そして、次の一言が尊を凍りつかせる。


「ラピュセーラーの正体……は、追ってるんだけどなかなかねえ? でも、おーもしろいネタつかんじゃったんだよなあ。オタクのお父さん……猛疾荒雄博士、生きてるよね?」

「……ずっと会っていない」

「そっちの眼鏡の女の子、さ。昨日のアスカロンとやらの関係者でしょー? なにか、こぉ……尻尾が掴めそうなんだよねえ。……人類を脅かし、世界を破滅に導く犯罪の尻尾をネ」


 その言葉は、ギザギザの刃となって尊の胸に突き刺さった。

 父親の秘密を知られた……華花に嘘を吐き、自分を偽って働く尊の、一番の秘密。彼の父親は、この世界に深界獣という災いを呼び込んだ張本人かもしれないのだ。

 思考も呼吸も止まる中で、なんとか尊が言葉を絞り出そうとした、その時。


「お? おい……なんか、揺れてねえか?」

「地震か! この縦揺れ……でかいぞ!」

「整備班各員! 作業やめ、安全に留意! 火元を消して衝撃に備えろ!」


 突然、足元がグラグラと揺れ始めた。

 それもあってか、尊は現実感を失ったままその場に崩れ落ちてしまうのだった。

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