第14話「戦いは混迷へ」

 またしても深界獣しんかいじゅうは現れ、そしてラピュセーラーと人類によって撃退された。

 だが、猛疾尊タケハヤミコトの心は晴れない。

 謎の武装勢力、特務騎士団とくむきしだんアスカロンの存在が心を騒がせていた。強力な最新鋭ギガント・アーマーを配備した、エースパイロット集団……その目的は、ラピュセーラーの戦いの支援である。

 そして、そのためにはあらゆる障害を排除し、手段を選ばない。

 それは、人命は勿論もちろん、人々の暮らしや生活そのものを守る尊たちとは対局の立場だった。


「考えてもしかたないか……だが、それより俺は」


 今、尊は自宅のリビングでソファに沈み込んでいた。

 あのあと、タケルたちは何処どこかへと帰投し、消えた。恐らく、聖オオエド教会の広大な敷地内に、連中の秘密基地でもあるのだろう。

 この時代、キリスト真教しんきょうは世界に対して大きな影響力を持つ。

 ラピュセーラーを神の御使みつかいとしてたたえ、その救いの力をあがめているからだ。

 ふと、キッチンの方へと視線を放れば……天原照奈アマハラテリナ宮園華花ミヤゾノハナカの声がした。


「えっと、ころもはこんな感じでいいのかな」

「そそ! 上手じょうずよ、ハナハナ。やればできるじゃないのさ!」

「エヘヘ……ちょっと、もう少し料理、というか家事? 覚えようと思って」

「アタシならいつでも大歓迎だよ! なんでも教えたげるってんだ」


 何故なぜか、華花が来ている。

 今日の夕食は、天ぷらのようだ。

 彼女とは、先程まで戦場で一緒だった。

 ラピュセーラーに変身した華花は、今日も世界の平和を守ったのだ。少なくとも、深界獣が同時多発的に襲来する、日本の平和は守られた。

 世界各国でも深刻な被害が出てるが、何故か日本は深界獣に襲われやすい。

 その理由は不明だが、尊には心当たりがなくもなかった。

 だが、父のことを考えていると、目の前にエプロン姿がやってくる。


「みこっちゃん? あの、さ……説明してもらっていいかな?」

「ん? あ、ああ」

「女装、趣味なの? ああいうのが好きなんだ?」

「ちっ、ちち、違うっ! 俺は、お前をもっと身近な距離で警護するため、渋々」

「……なーんか、似合ってたんですけどー?」

「す、すまん……だが、それならそれで好都合だ」


 じっとりした目で、華花がすがめてくる。

 女装して、竹早美琴タケハヤミコトという偽名での潜入警護……普段よりも近い場所で、華花を守ることができる。

 だが、尊とて好きで女装している訳ではない。

 それに、タケルたち特務騎士団アスカロンの存在は気がかりだ。

 だが、目の前の華花にはそれらは全く気にならないらしい。

 彼女がご立腹りっぷくほおをプゥ! と膨らませてるのは、別の話なのだ。


「みこっちゃん、さあ……一言ひとこえかけてよぅ。えっと、うん……まあ、なんかわたしのこと、護衛してくれてるんだよね? 守ってくれるの、嬉しいけど……」

「あ、ああ! うむ! お前はごく普通の平々凡々な女子高生だが、俺は仕事は完璧にこなす人間だ。特に、妙な週刊誌の……確か、週刊サロメとかいういかがわしい――」

「それ! あの変な週刊誌! のっ、記者さん!」


 華花の怒りのベクトルが、わずかにかわった気配がした。

 だが、現実に真正面で彼女の憤りを受け止めるのは尊だ。

 正直、勘弁してほしい。

 だが、それだけ彼女を圧している日常のプレッシャーは強いのだ。今、彼女がラピュセーラーだという秘密は守られている。だが、一部の人間が秘密の臭いをぎつけているのも事実だ。


「とにかくっ! みこっちゃん!」

「ハ、ハイ……」

「なにかやるなら、言ってよね。わたし……みこっちゃんが頑張ってくれてるの、嬉しいし。でも、今日みたいなの、結構テンパっちゃうもん」

「……すまん。今度から、やらかすことはなるべく先に伝えることにする」

「本当はねー、やらかしてほしくないんですけどねー? ……ふふ、足長おじさんって心配性なんだね」


 華花は、とても素直で疑うことを知らない少女だ。

 自分の正体がラピュセーラーであるなどと、知られてるとは思いもしない。実際、彼女はそれなりに気を付けて秘密を守っているし、そのガバガバな素人しろうと考えを尊たちは常にフォローしてきた。

 フフンと鼻を鳴らして、笑顔で華花は尊をビシィ! と指差す。


「とにかくっ! ……あんま目立つの、めーっ! だよ?」

「お、おう……善処、する」

「あとっ! ……いつも守ってくれてありがと」

「えっ?」

「女装までして、わたしの身の回りを守ってくれてるの、さ……ありがとうって言ってるの」


 エプロン姿の華花が、まばゆい笑顔を見せてくれた。

 まさに、つぼみがほころぶような、という形容がピッタリの笑みだった。

 そして、彼女はキッチンで声をあげる照奈を振り向く。


「ほらほら、ハナハナ! 油もいい感じだし、げるよ!」

「はいっ! 今日はわたし、天ぷら揚げちゃいますっ!」

「よしきたぁ! その意気だよ、ハナハナッ! 料理は愛情! そして気合と根性さね!」

「……それはいいんですけど、えと……照奈さん」

「なんだい! わからないことはなんでもお姉さんに……もとい、お母さんに聞きなよっ!」

「ど、どうして……? わたし……ちょっと、その」

「はっはっは! ハナハナもやってみればわかるさ! さあ、やってみな!」

「そ、それは! ちょっと!」


 華花は、今夜のおかずになるであろう天ぷらのために、キッチンにスッ飛んでいった。それを迎える照奈は、全裸である。そう、全裸にエプロンだけを身に着けた、裸エプロンである。

 尊が驚かないのは、これが初めてではないからだ。

 むしろ、なにを勘違いしているのか、これが照奈の母親像、そのデフォルトなのである。良妻賢母は裸エプロン、彼女は心からそう思い込んでいるのだ。

 はなはだ迷惑である。


「ふう、やっと行ったか……さて、と。情報を整理し、現状を把握せねばなるまい」


 尊はぐったりとソファに身を委ねつつ、テーブルの上のタブレット端末を手にする。先程からつきっぱなしのテレビは、報道番組が今日の深界獣襲来をつぶさに報じていた。

 毎度のごとく現れた救世主、ラピュセーラーの意外な苦戦。

 その鈍い動きを助けた謎の組織……特務騎士団アスカロン。

 毎回出動してる閃桜警備保障せんおうけいびほしょうの活躍など、報道されもしない。

 ただただニュースキャスターは、無敵のウルトラヒロインを讃え、終わりなき脅威の襲来に恐怖して危険をささやく。ラピュセーラーがいてくれるだけ、日本はまだましだ……世界の各国は、人類が蓄えた軍備だけで深界獣と戦っているのだった。


「さて……ん、流司リュウジさんからメールが来てるな。それより、これ……ッ!」


 最新のニュースを伝えるポータルサイトには、今日の戦闘が報じられていた。その内容よりも、記事を書いた人間の名前がまず目に留まる。

 その名は、狭間光一ハザマコウイチ……あの時以来、ずっと華花につきまとっている記者だ。

 光一の記事はセンセーショナルで、それでいて妙な説得力を感じさせる文章だった。


「なになに……救世主ラピュセーラーの弱点? 彼女の手を抜いた戦い……そんな馬鹿な! なんだこの記事は!」


 微妙に持ち上げつつ、徐々に下げて、最後に蹴り落とす。

 ラピュセーラーは日本にとって救いの主であり、その一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくがニュースになる。まして、今日の戦いをていたらくと見る動きがあってもおかしくはない。彼女が守ろうとしたタンカーは、すでに乗組員の避難が完了していた。

 それでも、ラピュセーラーは……華花は守った。

 多くの人の暮らし、生活を守ったのだ。


「やはり、あの男……だが、まて。特務騎士団アスカロンについても記載が……いけすかない記者だが、その取材力は本物らしいな。ふむ……ッ!」


 意外なことだが、尊にとってネットニュースの記事はありがたかった。

 光一はラピュセーラーのもどかしい戦いをくさして批判しつつ、今回始めて現れた武装組織……最新鋭のギガント・アーマーを配備した特務騎士団アスカロンについても言及げんきゅうしていた。

 どこから得たのか、嘘やでっちあげとは思えぬ文字が踊っている。

 ――特務騎士団アスカロン。

 それは、キリスト真教が崇める救いの御使い、ラピュセーラーを支援するために生まれた聖導騎士せいどうきしの戦闘集団である。それはタケルの口ぶりからもうかがい知れたが、記事はそれ以上を物語っていた。


「やはり、教会が支持母体となった私設武装組織! い、いや……ネットの記事を鵜呑うのみにする訳にもいかんが。だが……やはり、宗教組織のたぐいか。その目的は――」


 その目的は、問うまでもない。

 今日、タケルと接して感じたことが全てだ。

 特務騎士団アスカロンは、その名の通り竜を断つ刃……深界獣を排除するための戦力だ。そして、自らを剣と定義した連中が想定する、剣を手にする勇者こそがラピュセーラーなのだ。

 聖なる乙女おとめ露払つゆはらいとして、聖剣そのものとなって戦いの障害を排除する。

 心優しきラピュセーラーが攻撃を躊躇ためらうなら、その理由を武力で消し飛ばす。

 まさに、聖なる教えの尖兵せんぺい……ラピュセーラーの気持ちや想いを無視して、その救世主としての権能を補佐して増幅する暴力装置だ。


「タケル……お前の背後にいるのか? あの男が……俺の父親が。っと、それもそうだが」


 尊はタケルの背負う背景に思いを馳せつつ、自分を現実に繋ぎ止める。

 上司である十束流司トツカリュウジからのメールを思い出し、早速タブレットのアプリケーションを切り替えて情報を解放した。コミカルなキャラクターのアイコンが動いて、受信していたメールを開封してくれる。

 その内容を見て、尊は絶句した。


「おいおい……なんだ、これは? ありえないだろ……わからん! 全く訳がわからん!」


 メールの内容は、いたってシンプルだった。

 閃桜安全保障の八王子支社、深界獣対策室しんかいじゅうたいさくしつは常に背水の陣でギリギリの叩きを強いられている。その原因が、今となっては旧式のギガント・アーマー、36式"羽々斬ハバキリ"を使わざるを得ない現状がある。

 だが、タケルが尊の頭上越しに、閃桜の本社に通達してきた内容は驚くべきものだった。


「ば、馬鹿な……閃桜を戦力として取り込みたいだと? そのために……47式"叢雲ムラクモ"の供与を示唆だと!?」


 ありえない話だった。

 だが、もう既に尊は知ってしまった……最新鋭のギガント・アーマー、"叢雲"の力を。それは、鈍重で取り回しの悪い"羽々斬"とは、まるで別物なのだった。

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