第13話「人を守り、暮らしを守り、守り手を守る」
シートに座ると、学園の制服を通じてタケルの残したぬくもりが感じられた。
最新鋭の
その恐るべき力を手にして、
「よしっ、あのタンカーを動かす……押し出すっ! 戦場から離脱させれば、ラピュセーラーだって戦いやすい筈だ!」
「おいおい、尊……キミは馬鹿かい? いや、それは知ってるけど」
「タケル、お前の"叢雲"は最強のギガント・アーマーじゃないのか?」
「当然! 今、計算してみたけど……フルパワーで押せばそれくらいは」
「よしっ! お前の機体を借りるぞ、タケルッ! ――ッ、おおっ!?」
この手の最新鋭ギガント・アーマーの操作は、知識では熟知しているし、何度か講習を受けて操縦したこともある。だが、両手で掴んだ操縦桿の、ほんのわずかな操作に機体は敏感に反応した。
岸壁に着地した"叢雲"は、そのままよろけて海へ片足を突っ込んでしまう。
幸い水深は浅く、どうにか倒れ込むことは避けられた。
だが、バランスを崩した"叢雲"は、その弾みで両手のブレードを落としてしまう。
「しまった、武器が!」
「いや、いい。尊、今のキミには必要ないだろう? それより……緊張し過ぎないで」
そっとタケルが、尊の手に手を重ねてくる。
柔らかな体温が
あまりに敏感な操作性、そして過敏故になめらかで柔軟な動きだった。
「す、すまない」
「違うよね、尊? こういう時は」
「あ、ああ……ありが、とう」
「そうそう。ふふ……じゃあ、好きにやってみてよ」
タケルはどこか楽しそうに笑っている。
そうしている間も、タンカーを背に
地球を守って戦うには、華花は優し過ぎた。
それを尊は、美点だと思っている。
地球を守る華花の気持ちを、尊は常に守りたいと思っていた。
「今、片足を突っ込んでみてわかった。そこまで深くはないな、タケル!」
「そりゃ、こっちは小型船が使う
「あっちは大型船専用か」
「"叢雲"は完全防水だし、水圧対策も万全だ。水に浸かったくらいじゃパワーは落ちないさ」
「頼もしいな……じゃあ、借りるぞ!」
尊は"叢雲"のパワーを解放した。
あっという間に、背のスラスターからフォトンの光が
フォトンリアクターを全開にしてジャンプすれば、すぐにラピュセーラーと深界獣の戦いが眼下に小さくなった。ジャンプ飛行一つ取っても、普段乗ってる36式"
10年という月日が、ギガント・アーマーの技術を驚異的に引き上げている。
そうせねば人類は生き残れなかったし、だからこそ他の分野は停滞していた。
それでも、生き残るための人の意思が、尊にはこの機体に感じられた。
「タケルッ、急降下で着地する! 衝撃に備えろ!」
「了解だよ。よしっ、と」
「お、おいっ! どうして俺に抱き付くっ!」
「耐ショック姿勢、でしょ? ボク、キミのこと少し気に入ってるし」
「意味がわからんっ!」
"叢雲"は瞬時に、戦場を跨いで停泊中のタンカー前に着地した。
すぐに船尾に回り込み、海へと入る。
大型船の接舷を可能にするため、岸壁に面する海は深い。あっという間に"叢雲"は、首下まで沈んで波に表れた。
メインカメラが頭部にあるため、コクピットの全周囲モニターが海面スレスレの映像を映し出す。それでも海底に脚が付くや、尊は気迫を叫んでフルスロットル。
「押せよ、"叢雲"ッ! こいつをどかして、
岸壁に係留されたタンカーは、陸とを結ぶケーブルやワイヤーが弾け飛んだ。海底に沈んだ錨さえも、"叢雲"のパワーで引っ張られてゆく。
ゆっくりと、タンカーの巨体が動き出した。
だが、あまりにも遅い。
重過ぎる質量に、尊は繊細な操作でパワーを押し当ててゆく。
静かに、徐々に、
「タケル、モニターの数値を見ててくれ!」
「ん、現在時速10km前後で移動中……このまま離脱できればいいけどね。よしっ! 騎士団各機! 防御の陣! ラピュセーラーの前面に出て彼女を守れ!」
タケルの声に、特務騎士団アスカロンの面々が『了解っ!』と気持ちのいい声を返してくれる。彼らは言うなれば、ラピュセーラーを守るために教会が組織した戦闘部隊である。
大きなシールドを構えて、"
その隙にと思うが、フルパワーの"叢雲"をもってしても、タンカーは重い。
これでは時間がと思った、その時だった。
聴き慣れた声が耳に響く。
『そこの
『なんでアタシがこんな……ラピュセーラーを助けるなんて!』
2機の"羽々斬"が、ホバー移動で海面を滑ってきた。
尊の専有、
一気に押す出力が増えて、タンカーが鈍い加速を膨らませた。そのスピードが増して、
「流司さん! ルキアも!」
『お? その声、尊かっ! どうしてそんな機体に乗ってる。そりゃ、"草薙"の開発母体になった、幻の試作実験機じゃねえか!』
「説明は後でです! タンカーがあるから、ラピュセーラーは攻撃できないんだ! なら!」
『オーライ、了解だぜ……俺たち3人で、このデカブツを安全圏へと逃がす!』
深界獣の襲来で乗員が避難してるため、タンカーは無人である。
そのため、タンカー自体が自力で動き出すことはない。
だが、そこに積み込まれた石油が引火すれば、あっという間に周囲は火の海になるだろう。それ以前に、この船には乗員の生活が詰まっている。このエネルギーに乏しい日本のために、あちこちを駆け回って石油を運んでくれる船である。
ラピュセーラーは、人類だけを守る
守るべき人の文化や文明、暮らしの
「よし……いける! このままなら、離脱できる!」
「ふふ、そう上手くはいかないみたいだよ? 尊」
「タケルッ! お前の部下たちも下がらせろ! もうラピュセーラーは……華花は戦えるっ!」
その時だった。
不意に、悪魔の
ロックオンされた時と同じ状態で、その怒りに燃える視線がコクピット内に警報を走らせる。けたたましい音と光に包まれながらも、尊は必死でタンカーを押した。
「尊、反撃だ。ここで"叢雲"を失うわけにはいかない! この機体はボクたちアスカロンの
「でも、今は借りた俺の機体だ! なあ、"叢雲"……このまま押してけ! 後ろなんて見なくていい!」
「おや、まあ……ハハッ! 本当に面白いなあ、尊は」
深界獣が、絶叫を張り上げ
波間を歩く重さを感じさせず、真っ直ぐに尊たちの背中に迫ってきた。
仲間たちの声も逼迫感を感じたが、やるべきことは変わらなかった。
さざなみが押し寄せる中、尊は前だけを見て"叢雲"を操る。
『ちょっと、流司! 奴が来る! アタシだけでも迎撃に……ううん、ダメ。3機全員でも、無理! ならっ!』
『そうだ、このままタンカーを押しつつ逃げるぞ! なぁに、敵は女神様に……俺たちの守護天使様に任せろ! ラピュセーラーはいつだって無敵だぜ!』
流司の言う通りだった。
今まさに、肉薄の距離に迫った深界獣の手が、尊たちの背に伸びてくる。
だが、
深界獣は苦しげな絶叫と共に、その動きを止めた。
『はあああっ! ラッピュ! 乙女キャーッチ! からの……乙女フルネルソン!』
気高き意思はラピュセーラー、人の世を守る無敵のヒロイン。
ラピュセーラーはこちらを向いた深界獣の背中に組み付いた。そのまま、
そして、ようやくタンカーを沖へと出して尊は振り向く。
視線の先で、ラピュセーラーは必死に深界獣を押し留め、拘束していた。
『よーしっ、これなら戦えます!
なんと、深界獣を羽交い締めにしたまま、ラピュセーラーは背後へ向かって投げを
だが、これはプロレスではないし、カウントを取るジャッジもいない。
巻き上げられた海水が
『トドメですっ! エンドッ! オブッ! クルセエエエエエエエイドッ!』
必殺光線が真下へと解き放たれ、あっという間に周囲が濃い霧に覆われる。恐るべき熱量が叩きつけられて、全てが白く煙ってゆく。
東京湾の一部を水蒸気に変えながら、エンド・オブ・クルセイドが放たれた。
それはラピュセーラーがここ一番で放つ、最も強い必殺技だ。
深界獣は、星さえ融解させる超好熱の光線を浴びて爆散した。
同時に尊は、飛び去るラピュセーラーの熱源がレーダーの外に消えて、ほっとする。そのままシートにずるずると沈めば、覗き込んでくるタケルの意味深な笑みが気になるのだった。
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