第12話「決起!特務騎士団アスカロン!」

 猛疾尊タケハヤミコトが転がり込んだコクピットは、狭いながらも普段の愛機とは全然違っていた。

 まず、

 そして、

 いやいや、待て待てこれは……そう想っていると、ガシリ! と髪をつかまれ引っ張り上げられた。それで尊は、


「キミ、大胆だね」

「いや、違う! そもそも、お前が乱暴にコクピットに放り込むから」

「怒っている訳ではない。けど、ボクにもタケルという名前がある。お前、はよしてくれ」

「す、すまない……タケル」

「ふふ、お利口な弟クンだ」

「いや、だから俺は」

「シートの後ろに回ってくれ」


 マイペースのタケルにうながされるまま、おずおずと背後に回り込む。

 改めて見渡せば、最新鋭機のコクピットは"羽々斬"とは全く違う。そして、タケルの"叢雲ムラクモ"は実験機らしい匂いに満ちていた。まだ真新しい、実戦をあまり経験していない素材の匂い。そして、全周囲モニターのアチコチには、実験データを書き留めた付箋ふせんが貼ってある。

 タケルの座るシートを中心に、まるで空の中にいるような解放感だ。

 シートに埋まるようにして固定され、キャノピーを通して肉眼で戦う"羽々斬ハバキリ"とはまるで違う。

 そんなことを思っていると、タケルが僅かに声を弾ませた。


「ああ、いたいた……さて、状況開始だね。聖導騎士テンプルナイトの諸君! 今こそ聖なる乙女に教会の加護を!」


 一緒に飛ぶ、周囲の"草薙クサナギ"改から了解の返事が届く。

 さり気なくタケルは、見た目は"草薙"だが、オーバーチューンしたカスタムタイプで性能は別物だと教えてくれる。名称はとりあえず、尊が想像した通り"草薙"改型だった。


「ん? 聖導騎士……それがタケルたちの組織名か?」

「そう、ボクたちは教会の聖導騎士。ラピュセーラーの戦いを見守り支える、さ」

「アスカロン……竜殺しの聖剣ドラゴンスレイヤーか」

「聖オオエド教会とゲオルギウス学園自体が、騎士団の拠点であり隠れみの。そして……機は熟した。いよいよボクたちの初陣ういじんって訳だ」


 わずかに、タケルの操作で機体が降下してゆく。

 周囲の僚機りょうきとは、一糸乱れぬ統率の取れた連携を感じさせた。"草薙"改は全部で12機、全員がハイチューンドのフォトンリアクターで稼働している。装備は十字架の描かれた大型シールドと、銃剣のついたロングバレルのフォトンライフルだ。

 そして、向けられる銃口の先で絶叫がほとばしった。

 ビリビリと空気が沸騰するのが、装甲越しに尊にも感じられた。


「あれは……華花ハナカっ! ――じゃない、ラピュセーラー!」

「ああ、尊。ボクたちもすでに彼女の正体には気付いている。しゅに祝福されし聖なる乙女……さあ、聖女の戦いを助ける時だ! 騎士団、やるぞっ!」


 周囲から『おうっ!』と、若い男たちの声が連鎖して響いた。

 そして、逃げ惑う人々の頭上を低空ですり抜け、特務騎士団アスカロンが展開する。周囲は開けた港で、既にコンテナがアチコチに散乱していた。

 ラピュセーラーは膝まで水に浸かって、深界獣しんかいじゅうに向き合っていた。


「見ないタイプだな……いよいよ悪魔じみてきた訳か。尊、見ろ……二足歩行型は珍しいが、尻尾を使わず自立している」

「……まるで、少しずつ人間に近づいているみたいな姿だな」

「ああ」


 CGコンピューターグラフィック補正された周囲の映像に、尊は息をむ。

 身構えるラピュセーラーと向き合う深界獣は、巨体に似合わぬしなやかな細い二本脚だ。その重心を安定させるために、僅かに人間とは逆関節のひざを屈めている。そして、逆三角形マッシブな肉体には両腕がまるで巨木のように広がっていた。

 タケルが言うように、尻尾がない。

 恐竜のような、尾でバランスを取るタイプの二足歩行ではなかった。

 ラピュセーラーと深界獣は、互いに向き合いにらみ合っていた。

 すぐにタケルが仲間へと指示を出す。


「2番機から4番機まで、周囲を警戒! 2匹目以降に備えろ。他はボクと目標を包囲!」


 着地した"叢雲"が、僅かに身を屈める。

 瞬間、全身がサスペンションになったかのような躍動が巨体を加速させた。

 対獣自衛隊たいじゅうじえいたいに配備された最新鋭機、"草薙"もかなり人間に近い挙動で動くが、この"叢雲"は全くの別物だ。もうすでに、スケールアップされた人間そのものと言っていい。

 それに比べたら、尊たちの"羽々斬"など大昔のギガント・アーマーである。

 あっという間にアスカロンのメンバーたちは、ラピュセーラーごと深界獣を囲んでしまった。

 そして尊は、妙な違和感を覚える。


「ん……どうしたんだ? 華花、お前……迷っているのか? 戸惑っているのか」

「ハッ、なにを馬鹿な」

「いや、俺にはわかる! 攻めあぐねている!」

「珍しいタイプといえども、ラピュセーラーは無敵だ。主の御使みつかいなのだからな」


 そうだろうか?

 その根拠となる信仰心を、尊は持ち合わせていない。

 ラピュセーラーが今まで常勝無敗じょうしょうむはいだったとしても、それが未来永劫そうだとは誰もわからないのだ。だが、タケルは自信に満ちて指揮をる。

 おぞましい咆吼ほうこうが響いたのは、そんな時だった。


『ラピュッ!?』


 ラピュセーラーが防御に身を固める。

 それは、神話の悪魔にも似た深界獣が攻撃を放つのと同時だった。毛むくじゃらの頭部に生えた、山羊やぎのような左右一対の角……そこに青いプラズマが集束して、バチバチと危険な温度を解き放つ。

 指向性を持った稲妻がとどろき、ラピュセーラーを直撃した。

 ラピュセーラーは、全く回避せずにそれを両手で受け止める。

 そう、華花は避けなかった。

 避ければ、背後の港湾施設が大きな被害を出してしまうからだ。


「華花っ!」

「静かに! 尊、耳元で怒鳴どならないでもらえるかな」

「早く援護してやってくれ、タケル! 華花は女の子なんだぞ!」

「ボクだってそうさ。確かめてみるかい? ……ふう」


 呑気のんきにタケルは、胸元のリボンを緩めてボタンを解く。

 胸元を盛り上げる豊かな実りが、その谷間を尊に見せつけてきた。

 思わず黙れば、自然とのどがゴクリと鳴る。

 だが、構わずタケルは愛機を動かす。


「各機、射撃開始……ボクが切り込む道をこじ開けて!」

『了解っ!』

『さあ、騎士団長の出陣だ! 我ら聖導騎士の力を示すぞ!』

『キリスト真教にほまれあれ! 我らの戦いにいさおしあれ!』


 一斉に、周囲の"草薙"改が射撃体勢に入った。

 フォトンライフルの銃口が、光を集めて矢を放つ。

 だが、次の瞬間……誰もが目を疑った。


「な……なにをやってるんだ、華花っ!」

「どういうことだ? 各機、射撃やめ! ラピュセーラーに当たる! というか、あれは」


 こちらに背を向けていたラピュセーラーは、振り向きざまに後ろ回し蹴りを放つ。

 その斬撃にも似た光の軌跡が、フォトンライフルの一斉射を全てしてしまった。

 だが、深界獣に背を向ける形になったので、青白いプラズマを浴びてしまう。


『キャアアアッ! いたた……えっと、自衛隊さん? かな? 攻撃は待って!』


 ラピュセーラーはやはり、戦うことを恐れているように見えた。

 そして、すぐに尊はその理由に気付く。

 勝ち誇ったように胸をドラミングで叩く深界獣は、先程から遠距離攻撃に徹して動かない。対してラピュセーラーも、防御に身を固めて踏み込もうとしなかった。

 尊はその訳を、深界獣の背に見出したのだった。


「タケルッ、奴の後ろだ! デカいタンカーが……あれに引火すれば、この辺りは火の海だ!」

「なるほど……それでラピュセーラーは攻めあぐねていたのか。……甘いね。甘い! 甘過ぎるっ!」


 身を乗り出すタケルの目が、闘志に燃えて見開かれる。

 レンズが周囲の光を反射させ、彼女の表情を冷徹さで塗り潰していった。

 "叢雲"は両腰のブレードを抜き放ち、二刀流に構えつつ周囲へタケルの声を伝える。


「全機、! この距離なら深界獣だけを爆発に巻き込める!」

「な、なにを……タケルッ、馬鹿はよせ!」

「耳元で怒鳴るなと言った! 見ただろう? あれがあってはラピュセーラーは戦えない。それに」


 タケルはすぐ、手元のコンソールに手をかざす。素早く指が動いて滑り、タッチパネルが操作された。空中に光学ウィンドが浮かんで、データが表示される。


「それに、避難は済んで誰も乗っていない。無人だ! なにを躊躇ためらう理由がある!」

「人の命は守って当然! それ以上のものを守るのが俺たちの仕事だろう! あのタンカーには、乗る人の生活、エネルギーを待つ国のいとなみがあるんだぞ!」

「だから甘いんだよ! 閃桜せんおうは所詮、民間の警備会社なんだよなあ! ……これは人類と深界獣の生存戦争なんだ。どちらかが絶滅するまで終わらない、そういう戦いなのさ」


 それだけ言って、タケルは突然シートのハーネスを外した。仲間たちへ、二手ふたてに分かれて左右からタンカーを攻撃するよう指示を出し、立ち上がる。

 眼鏡のブリッジを指でクイと上げて、タケルは挑発的な視線を尊へ送ってきた。


「キミならできるのかい? タンカーを守りつつ、深界獣を倒す、ラピュセーラーを援護する……そんなオペレーションが可能だろうか」

「可能か不可能かじゃない! まずややってみる! やると決めてかかるんだよ!」

「じゃあ、その無駄で無意味な理想論をボクに見せてよ。……ほら、"叢雲"を貸すからさ」


 このタイプのギガント・アーマーには、数えるほどしか乗ったことがない。だが、タケルの試すような視線に、尊は即座にシートへと腰掛けた。

 周囲を覆うモニターには、必死で攻撃に耐えるラピュセーラーの姿が映っていた。

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